『疑うべきは』
< 寝台列車 >
夜行列車で東京に戻らなければならなくなった。
列車に飛び乗り、指定の席へと向かった。
車内はすでに寝静まっているようだ。
私の席にたどり着いたのだが、
なぜか見知らぬおじさんが寝ているではないか。
私は思わずムッとして、
「おじさん、ここは私の席だよ」
大声で叩き起こした。
すると、おじさんは、
「あぁ、ごめんな、ごめんな」
そう言って、そそくさとベッドを出て行った。
去っていくおじさんとすれ違うように
相方が入ってきて、
「おいおい、間違って
1本早いのに乗っちゃったみたいだよ。
今、車掌さんに
空いてる席を探してもらってるからね」
どうやら私は、
ちゃんと自分のベッドで眠っている
罪のないおじさんを追い出してしまったらしい。
「おじさん、ごめんね」
いつまで経っても戻ってこないおじさんに
心の中で深くお詫び申し上げつつ、眠りに落ちた。
< オータニかオークラか >
仕事のため、ニューオータニに向かった。
ホテルの玄関で若いホテルマンに、
「今日の◯◯パーティの会場は、
どこだっけ?」
そう訊いた。
若いホテルマンは少し頭をかしげて、
「はぁ、◯◯パーティ、でしょうか?
そのようなパーティは、
本日、予定されておりませんが、
少々、お待ち下さい」
私は心の中で、
「まったく、近頃の若いもんは
ロクなもんじゃないねぇ。
◯◯パーティだよ、良く調べてごらんよ」
そう、若者を諌めた。
若いホテルマンは小走りにフロントに行き、
すぐに戻ってきて、
「はい、◯◯パーティは、本日、
オークラホテルにて
開催されているようでございます」
< 大御所も >
モノマネの大御所が我々の楽屋に来て、
ソファーに座った。
なにかご用でもあるのかと思うものの、
大御所はただ黙っている。
ともかく、まずはお茶でも煎れてと
湯呑みをお出しした。
大御所はお茶をすすり、黙って座り続けた。
しばらくすると、ついに大御所が口を開いて、
「君たちは、なぜ私の楽屋にいるのかね」
我々は大いに驚いて、
「あのぉ、
師匠の楽屋はお隣りですが‥‥」
「そうだったかね、こりゃ失敬」
大御所はそう言い残して去っていった。
あの大御所も、
決して自分を疑わぬ御仁なのであった。
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