『幻想・幻想・夢のあと』
かの大師匠がおっしゃいました。
「落語はイリュージョンなんだよ」
「そうですよね! イリュージョンですよね!」
さすが大師匠と喜びつつ、
私はイリュージョンを求めて
各地をさまようのでありました。
< 幻想 >
私はラスベガスにたどり着き、
昼間のショーをハシゴ見物する日々を過ごしていた。
昼間のショーは、夜のショー出演を夢見る若手の
エンターティナーの出し物が観られるのだった。
昼間のショーはチケットが安かった。
それゆえ毎日観続けたのだが、
さすがに飽き始めてもいた。
そんなある日、私はボックス席にちんまりと座り、
あまり期待もせずステージを眺めていた。
ステージ上に男がひとり、
座布団に座り三味線を弾いている。
突然、男が立ち上がると同時に紙吹雪が舞い上がった。
大量の紙吹雪が舞い降りた先に、
赤いドレスの女が見えてきた。
着物姿の三味線弾きの男が、
一瞬にして赤いドレスの女に変身したのだ。
予期せぬ変身、まさにイリュージョン、美しい幻想だった。
< 瞬間移動 >
若手の落語家さんが、
袖で一心にスマホ画面を見つめている。
なにか、SNSでもやっているのだろうか。
ここが落語会の会場でなかったら、
この若者が落語家と気づく人はいないだろう。
若者はスマホをテーブルに置き、いきなり着物姿に変身。
袖で再びスマホ画面をなぞり、出囃子の音楽を鳴らして
高座に上がる。
「おやおや、熊さんじゃぁないか、
さぁさ、こっちへお上がり」
一気に江戸の時分へとワープしていった。
私は高座を見つめながら、
さっきまでスマホ画面をいじっていた平成の若者が、
一気に江戸時代へと瞬間移動したように
感じていたのだった。
< 夢のあと >
ピエロ姿のマジシャンが登場した。
白いハンカチの裏表を見せ、何もないのを確認させる。
羽一枚だって入っていないハンカチを丸めると、
中から純白のハトが出現した。
隣の子供が思わず叫ぶ。
「ハンカチがハトになったよ」
本当はハンカチからハトが出現したのだが、
ハトを出現させた後、
ハンカチは小さく丸めて手の中に隠してしまうので、
ハンカチがハトに変わってしまったように見えるのだろう。
今度は、ピエロが黒いハンカチを手にしている。
白いハンカチと同様に裏表を見せ、ハンカチを丸めた。
純白のハトが羽ばたくと思いきや、
丸めたハンカチの下からポトリ、ポトリと蛇が落ちてくる。
ピエロが叫び声を上げると同時に、
客席から悲鳴が聞こえてくる。
もう一枚の黒いハンカチを丸めると、
やはり蛇が何匹も出てきてしまう。
平和な光景をうっとりと見ていたのに、
一瞬にして地獄絵図を見せられたかのような衝撃。
ピエロがそのうちの一匹を捕まえ、
なんと客席に放ったではないか。
観客は悲鳴をあげ、パニック状態になった。
もちろん、この蛇はゴム製のオモチャ。
だが、恐ろしいことに、
ステージ上の何匹もの蛇の中に
本物の蛇が紛れ込んでいて、
今にもウネウネと客席に
向かってくるのではないか。
美しい夢のあと、
そんな悪夢のような幻想を抱いて、
私は震えた。
 
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