『へへへと笑って』
子供が泣いている。
何がそんなに悲しいのかと思えば、
「ようちえん、いやぁ~」
お母さんは子供の横にしゃがみこんで、
必死になだめようとするのだが、子供は、
「ようちえん、いやぁ~」
そんなに幼稚園が嫌なのか。
私は急に切なくなった。
子供が何歳だか知らないけれど、
あんなに小さいのに早くも人生の試練か。
試練なんて言葉も知らないうちの試練。
人生って、小さいうちから切ないものなのだろうか。
まだたくさんの言葉も知らないだろうから、ただ、
「ようちえん、いやぁ~」
だけが何度も聞こえてくる。
お母さんは立ち上がり、子供の手を引こうとする。
しかし、
「ようちえん、いやぁ~」
すると突然、母子の横にいた赤ら顔のおじさんが大声で、
「もっと大きな声で言わねぇと、お母ちゃんに聞こえ
ねぇぞ、坊主」
昼間から酔っているのか、
はたまた春の暖気に脳みそが温まってしまったのか。
今度は子供が、
「へんなおじさん、いやぁ~」
と反撃すればいいのだが、
子供にはおじさんの声など届かないようで、
相変わらず、
「ようちえん、いやぁ~」
あぁ、切ない。
子供は早すぎる試練に呑まれ、
おじさんは昼酒に呑まれたか、
はたまた大人の試練に呑みこまれたか。
私だって、いつもお気楽に人生を生きているが、
ほんのたまに、
「しごと、いやぁ~」
と泣き叫びたい時もある。
けれど、私は大人なので、
まぁ、へへへ、へへへと笑って仕事先に向かう。
以前に教わったのだ。
「小石さん、緊張をほぐすのに良い方法があります。
へへへ、へへへとだらしなく笑うのです。
それだけで心身ともにリラックスできますよ」
緊張のあまり、
「でばん、いやぁ~」
と叫びたくなったら、へへへ、へへへ。
これで不思議なくらい穏やかな気持ちで
ステージに向かえるのだ。
あの子供にも、
「ようちえん、へへへ、へへへとわらってごらん。
ようちえん、へっちゃらになるよ」
いつの日か、そう伝えたいと思う。
 
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