『骨が折れるよ』
右手の小指を骨折してしまった。
ベランダで水やりをしようと、
左手にジョウロを持って歩き出した途端、
小さな鉢につまずいて前のめりに倒れてしまったのだ。
その際、右手を床についた。
小指を少し、ひねったような気がした。
しばらくして、右手が痛くなった。
だが、まさか折れているとは思わなかった。
どこかの筋を痛めたのだろうと、自己診断していた。
翌日、腫れてきたので念のため診てもらうと、
「残念ですが、折れてますねぇ」
先生はレントゲンを眺めつつ、きっぱりと宣告。
続けて妙なことを言う。
「誰かを殴ったりしましたかねぇ」
どうやら、人を殴ったりすると折れる部位らしい。
私は慌てて、
「いやいや、殴ったりしませんよ。
転んだんです」
そう説明するのだが、先生は疑わしい目つきで
私を見つめるのだった。
とにもかくにも、
私は人生初の骨折を経験することとなった。
子供の頃、骨折した友人が多くいた。
皆、石膏で骨折箇所を固められていた。
もう、治るまで数ヶ月、石膏は外せない。
途中で痒くなるらしく、
腕と石膏の隙間に木の棒なんかを入れて、
「あ~、痒い痒い」
なんて言っていた。
「ギブスを作りましょう」
先生は、白いネットのようなものにお湯をかけた。
ネットは柔らかくなり、
私の右手の形にフィットし、すぐに硬くなった。
「風呂に入る時は外してください」
医療も進化著しく、
私は棒を差し込んで掻かなくてもいいらしい。
テレビのCMだったか、不老不死の男がぼやいていた。
「石器時代から生きてるからさ、
数え切れないくらい怪我したり病気したり。
不老不死も大変なんだよ」
私の父は95歳、元気でなによりと思っていたが、
寿命が長い分、怪我や病気で苦労したのだろうか。
戦争にも駆り出されたので、
とんでもない経験も重ねたに違いない。
一度も戦争や病気の苦労話を聞いたことがないので、
父は平々凡々と齢を重ねたと思っていたが、
「長生きも大変なんだよ」
と、心の中でぼやいているのかもしれない。
「だいたい、4週間かかりますよ。
その後、また1ヶ月くらいで、
しっかり拳にチカラが入って、
また殴れるようになります」
いやいや先生、私は誰も殴ってないですから。
仕事先で、
「マジシャンだから、
右手が動かせないとなると困るでしょう」
などと同情されるのだが、実は私は大丈夫。
指先を器用に動かす技が必要なマジックは、
もともとやったことがない。
指先でこちょこちょするマジックは、
初めから苦手だった。
そんな事情で、主にしゃべり部門を担当してきたので
右手はマイクを持てれば大丈夫だし、
もし痛かったら左手にマイクを持ち替えればOK。
これが指先の細かい技を駆使するマジシャンだったら、
骨折が治るまで1ヶ月は休養、それからリハビリして
テクニックが蘇るまで更に1ヶ月はかかるだろう。
友人が連絡してきて、
「小石さん、手の骨折だけで良かったですね。
顔から落ちてたりしたら、小石さんの唯一のマジック
『あったま・ぐるぐる』で
包帯だらけの顔が回ったら怖いですもんね、
あっはっは」
イテテテテ、右手が急に痛み出した。
 
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