傘をひらけば
< 日傘 >
傘をプレゼントされた。
とても高級そうな、イギリス製の傘。
大きくてしっかりとした作り。
強い風にも反り返ったり折れたりしない。
なのに、細身。
ただ、レストランとかに入って、
傘立てに置くのをためらってしまう。
あまりに美しい姿ゆえ、ついつい、
自分の傘と取り替えて立ち去る人がいないとも限らない。
だから、傘立てに置くにしても、
傘立てが目に入る位置の席でないと、落ち着かないのだ。
でも、傘を気にしながら食べるのは味気ないもの。
それで、私は雨の日にはこの傘を利用せず、
晴れた日の日傘として使用することにした。
レストランでも、濡れていないので
席まで持ち込めるのだ。
今日も快晴、さぁ、美しい日傘と一緒に出かけよう。
< マジシャンの傘 >
マジックの世界大会に参加した。
同じく日本からコンテストに参加している
マジシャンの得意技は、傘のプロダクション。
とにかく、大量の傘が出現するマジック。
コンテストが終わり、会場を出ようとすると
外は予想外の大雨。
誰も傘なんて持ってなくて、立ち尽くすマジシャンたち。
そこに彼が、大量の傘を出すマジシャンが現れたので、
誰もが彼の助けを、傘を出してくれるのを思わず願う。
「ねぇ、今、傘を出してほしいんだけど」
傘マジシャンは何も応えず、大きなカバンを転がしながら
びしょ濡れになって去っていった。
< 老俳優の傘 >
蕎麦屋さんに入った。
店の奥の席に、とても有名だった老俳優が座っていた。
昔、映画やテレビで観た、素敵な俳優。
お年を召され、頭髪も薄くなっているが、
やはり風格というかオーラというか、人間力を感じさせる。
だから、私もすぐに気づいたのだろう。
栄華を極めたであろう老俳優が、今はひとり、
冷酒をチビチビしつつ、蕎麦をすすっている。
周りの客たちは若く、誰も老俳優に気づいてはいない。
私だけが、勝手に老俳優の来し方を想像しながら、
蕎麦をすする音に耳をそばだてている。
私は鴨せいろを腹に収め、席を立った。
店の入り口の傘立てから、自分の傘を探そうと
数本の傘に手をかけた。
「おい、君、傘を間違えんでくれよ。
それは私のだよ」
その声は、間違いなく老俳優のものだった。
昔に聞いた、あの野太い声。
声だけは昔のまま。
私は感慨に耽りながら老俳優の顔をかえりみ、
ペコリと頭を下げた。
老俳優は、懐かしい映画のワンシーンのような、
シワの美しい笑みを返してくれた。
 
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