荒俣 |
人の持っているしわの部分や白髪の部分とかを
みんなで持ち寄って集めているうちに、
何かとんでもない一個の人間ができちゃう。
それをネットで見たので、
「もしかして、総体としての人間を
一度バラバラにして『いいとこどり』をすれば、
結構おもしろいものできるんじゃないか」
とぼくは思うようになりました。
だからもう、人の見たいものは
今は、人格じゃないかもしれないです。
合成的に作ったり育てたり教養をつけたり
いろいろなものを身につけて、
地位も名誉もつけてひとつの人格のセットとして
ある人間を見るのではなくて、
「ある人間の鼻毛」というように
ものをバラバラにして見るんでしょうね。 |
糸井 |
そうですよね。 |
荒俣 |
トータルとしてはあまり好ましくないものも、
その鼻毛だけはいい、ということがある。 |
糸井 |
経験を除いてはすべて再現できることになって、
だから足りなくなるのは、経験ですよね。 |
荒俣 |
はい。
糸
経験にこめられるものっていうのは、
純粋に「ソフト」ってことでしょう?
ソフトはソフトで、ある部分は移植できますが、
移植できるほど選別はできないものもあるから、
経験から来るソフトの部分というのが、
無限に足りなくなると思うんです。
ばらばらに何かを要素として扱えても、
それでも経験が、足りなくなると感じます。 |
荒俣 |
ものごとがバラバラになったことには、
ふたつの意味があると思います。
一つは、総体としての人格が使えなくなる・・・
つまり人間個人としてのいちばん大切な部分が
拒否されるってことになりますよね?
だから倫理的には悪い方向に
向いているかもしれません。
倫理や道徳や生きるうえの基本的なやりとりは、
人格をベースにしているはずなのに、
それが古くて使いものにならないのだから。
そういう意味では、倫理的には、我々は
だめな人間になっているのかもしれないけれど、
その代わりとしてとても重要なことが
もうひとつあると思うんです。
さきほど言ったような鼻毛やホクロのような
以前は何かの一部だったものが、
一部であるという切り離され方をできたおかげで、
誰かが別の使いかたをできるようになりますよね?
ある価値を持った「いち部分」を、
それぞれが好きなように使ったり
移植をして育てたりできるという意味で、
所有権や版権のなくなる自由さが出る。
そのよさは、あると思います。
パーツを寄せ集めて育てられるという、
そういう知の枠組みが出てきつつあるというか。
全体の人格がなくなったわけだから、
ある意味では自由にもなって、
使えるパーツが残せながら、
そのパーツを各人が自由に使えるという
余地が広がったかのように見えます。 |
糸井 |
だから、かたちだけなら
おんなじものがコストをあまりかけずに
いくらでも作れますよね?
いま、ないのは「市場」だけなんですよ。
作ることができるのに、売るところがない。
必要なのは、かたちというメディアに
封じこめてある謎は何なのかということで。
「謎」というか、かたちに封じこめてある
「価値」が何かということになるのでしょう。
インターネットという
とんでもなく大きな道具をもらっている中で、
保存や運搬がしにくい、各個人に属する情報が
これから価値を持ってくるんじゃないか・・・。
それは経験でもあるだろうと思います。
B.C.とA.D.のあいだの線引きにあたるものが、
もしかしたら、このへんでひけるのかもしれない。 |
荒俣 |
そうかもしれないなあ。
バブルが崩壊したり、出版社が壊れたり
書店もほとんど崩壊しかけていますし、
それだけではなくて、いろいろなものごとにとって
けっこういい区切りの時期なのかもしれないです。
ネットにいろいろなものが載るといううねりは
短期的に見れば困る人がいるかもしれないですし、
フェチの人にとっては
ものに感情移入できなくなるから、
オモチャを取り上げられるような気持ちを
させられるものかもしれませんが、
長い目で見れば、案外、新陳代謝の
ひとつのプロセスかもしれないです。
我々がもう一回おもしろいことを発見したり、
刺激的な生活を送るための、
休憩機関とは言わないまでも、準備期間のような。 |
糸井 |
胎内にいる感じですよね・・・。 |
荒俣 |
そうですね。
だから今は、まだ何やってるんだか
みんなわからない。胎内にいるわけで、
まだリングにあがってないのだから。 |
糸井 |
胎内にいる時は、新しい個体でいるよりも
母親の内臓の状態に近いものだから、
基本的には「過去」に属していますよね。
最初に肺呼吸をして、
オギャーとおたけびをあげるのが、
インターネットによって、というか。
そこで「痛い」という叫びが出るのは、
生まれてしまったからしかたがないわけで。
胎内の状態では、生まれたあとに
どういうものが出るのかは、まだ、見えない。
・・・そういう言いかたをすれば、
IT革命という言葉も今持たれている
イメージほどにはいかがわしくないと思う。 |
荒俣 |
うん。 |
糸井 |
ごく自然のことですよ、みたいな。
(つづきます)
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