弱い僕。 元気のない松尾スズキさんが、すごいエネルギーで弱々しく。
その6 嫌な僕。
松尾 僕らはもう、本当、若い頃は
公演をめちゃくちゃ打ってたんで、
瞬発力のことしか考えてなかったっていうか。
降りてくるのを待ってる場合じゃないっていう。
会場に着いたらもう、
「はい、出て」って言われたら
バッと変わるみたいな。
なんかやっぱりちょっと
コメディアンに対する憧れみたいなものが
あるかもしれない。
瞬時にして場を作って、
また、解体していくっていう。
拘らないっていうかね。

糸井 瞬時といえば阿部(サダヲ)さんの普段の表情と
芝居の時の表情との違いとか、
ものすごいですよね。
普段、ああなんですか。
松尾 普段は、ただうつむいて
ボソボソ言うだけの人だから(笑)。
糸井 温泉に行ってもああですか。
松尾 温泉に行ったことないから
分かんないですけど(笑)。
糸井 そうか。いや、その差って、
ものすごいじゃないですか。
ウォームアップ要らないみたいな。
すごいですよね。
松尾 前、阿部が客演した時に、
そこの劇団の人が驚いたことがあって。
本番だと、自分の出番の前に
舞台袖に行って出番を待つのに、
阿部は待たないっていうんです。
楽屋からすうっと来て、
止まらずにそのまま舞台に出て行くって(笑)。
糸井 ああ~。儀式がない。
松尾 ないの。
糸井 ああ~。

松尾 それ聞いて、
「こいつ、すげえな」って思いましたね。
僕、すごい緊張しぃだから。
いろんなところに保険かけておくんですよ。
自分の出番の。
糸井 松尾さんが?
松尾 台詞貼ったりとか(笑)。
糸井 松尾さんはそうなんですか。
瞬発力じゃないんですか。
松尾 瞬発力はあるとは思うんですけど、
台詞が飛びやすいという(笑)。
糸井 そういえば、前に
欽ちゃんと仲代達矢さんが共演した時の話を
仲代さんに聞いたことがあって。
出番の前に仲代さんが、
「さあ」と思って準備してると、
萩本さんが、出番の直前まで話しかけるんだって。
いろんな面白いことを。
本当に直前までしゃべってる(笑)。
松尾 それはちょっと困りますね。
糸井 本当に困ったことがあるんだって。
ものすごく素晴らしい人なんだけど、
それはもう、育ち方が違うんです。
きっと欽ちゃんは、
そういう育ち方なんでしょうね。
それはお笑い系の人たちの瞬発力ですよね。
松尾 もう半端じゃないなと思いますよね、
一緒に共演したりすると。
でも、深いところには行かないんですけどね。
お笑いの人って、シリアスな芝居をすると、
すごく語弊がありますけど、薄いというか。
糸井 本当に深いところで出る台詞とかに関して
真剣になったら、
普段のお笑いが、やりにくいでしょうね。
松尾 そういうことかもしれないですね。

糸井 お笑いの人の宿命なんじゃないかな。
松尾 でも、たけしさんの演技は、
ちょっとほかのお笑いの人とは違うなと
思いますけどね。
糸井 両方に足が掛かってますよね。
松尾 やっぱり、なんか独特の暗さがあるというか。
ほかのお笑いの人は、
暗い人っていうステレオタイプを
やってるようにしか見えない人が
やっぱり多いですよね。
糸井 松尾さんが、面白い動きと同じように
暗さを要求するっていうのは、
それはもう性質(たち)みたいなもんですか。
松尾 うーん、やっぱり自分が
そういうの好きなんでしょうね。
糸井 自分を脅かしてるみたいなところ、
あるじゃないですか、全体的に。
松尾 自分を脅かしてる?
糸井 自分を嫌な気にさせるみたいな。
松尾 それは考えたことないです。
糸井 これやったら嫌な気になるだろう、
みたいなところが、僕にはちょっとあって。
今はそういうのを出す機会はないんですけど、
これやったら嫌だろうなっていうことを考える時に、
ものすごい嬉しいんですよね。
面白いだろうなって考えるのと、
嫌だろうなって考えるのが、ものすごい好きで。
松尾さんの芝居、いつも入ってますよね、
それがたっぷり?
松尾 ああ、嫌な感じですか。
うーん・・・・、やっぱりそういうものを
見るのが好きなんでしょうね。
ファレリー兄弟っていう監督がいるのって、
ご存知ですか?
糸井 ファレリー兄弟?
松尾 ジム・キャリーとかと組んだりして、
コメディ映画撮る人。
それから『メリーに首ったけ』。
糸井 あ、知ってます。
松尾 あの人の作るものがすごい好きで。
あの人も必ず、嫌なことをね、やるんですよ。
嫌がらせ的な。
糸井 笑わせてるだけじゃない。
うん、うん、うん。

松尾 それが、なんか最終的には嫌にならないぐらい、
どこか違うところに愛が注がれてるというか。
すごい追いかけてますね、彼の作品は。
ふたりにクギづけ』っていう映画があって、
すごくそれは観て欲しいんですけど。
結合双生児で、一人は俳優になりたいんですよ。
で、一人はハンバーガー屋やりたいんです。
一人が舞台に立つ時に、そいつは黒い幕で覆って、
半分隠してるっていう。
そっちは上がり性だから、その間ずうっと
汗をボタボタかいてる。
糸井 それは、日本でも
公開されてる映画ですよね。
松尾 そうですね。
糸井 フリークス』って、昔の映画、観てますよね?
あれなんかでも、あれは嫌な気にさせるというよりは、
作った人の気持ちは、
ああ、応援してるんだなあと思って観てたけど。
どこかのところで、
人が触らないようにしてるおかげで、
かえって変なことになっちゃってるものに対して、
置いてみようよ、みたいなことは多いですよね。
松尾 そうですね。だから、昔はそれを、
直接的に出してたんですけど、
最近はちょっとそういう直接的なのは
もういいかなとか思って、
裏に隠すようにしてるから、
ちょっと分かりにくい感じで、
嫌な部分が出てるのかもしれない。

糸井 心のほうにも、そういう形したものっていうのは
いっぱいあるわけで。
心の中の双生児だとか、いっぱい入ってるわけで。
この間の「女教師は二度抱かれた」の
大竹しのぶさんなんかは、
ものすごい上手にそれ、見えてましたよね。
本当にピタッとはまられちゃった。
外見じゃなくて、ハートの問題ですよね。
松尾 大竹さんは、やっぱりすごい女優だなと思うのが、
役柄の説明をしている時に、聞きながら
その役の目になってくるんですよね。
だから、怖い女優だなと思いますよね。
「これでこれでね」って言うと、
「うん、うん」って聞きながら、
どんどん入り込んで行きますよ。
もう役作り始まってるの、みたいな。
糸井 「降りてくる」とか言わないで。
松尾 そう、そう、そう。
その速さがいいですよね。
糸井 そういう人はまれにいるっていうことなんですね。
松尾 うーん・・・・。それで、ちゃんと
山田洋次さんにも愛されてるわけでしょう?
糸井 「女教師は二度抱かれた」は、
僕は、もしかしたら今までの中で
特にすごいと思ったな。
圧倒的に面白かったですね。
逃げようがないというか。
  つづきます。
2008-10-15-WED