坂本美雨のシベリア日記。 一日一日が、かけがえのない一日。 |
12/29/2001 シベリア鉄道の旅 DAY 3 ハバロフスク着。 早朝、ハバロフスク着。 お世話になった車掌さんと記念写真。 最初はクールで厳しい人かと思ったけれど、 最後には照れやさんだと分かった。握手をしてバイバイ。 クルーがまだ暗いハバ駅の撮影をする間、 雨宮さんと二人で待っていた薄暗い待ち合い室は ものすごく寒く、 ウラジオでは感じなかった‘シベリアの寒さ”に いよいよご挨拶..。 かろうじて開いていたキオスクでコーヒーを買う。 雨宮さんが飲みかけのコーヒーをちょっと置いた瞬間、 ホームレスのお兄ちゃんの手が伸びてきて、 堂々と飲まれてしまうので、ビックリ。 少し残してテーブルに置いておくと すぐに“吸収”される。 西野さんに聞くと、少し残したら ホームレスの人のためにそのまま置いておく、 それが暗黙の了解なんだそうだ。 隣のおばちゃんも魚のフライ? のようなものの 食べかけを置いて行き、 同じお兄ちゃんにすぐに“吸収”されていた。 壁にある古い大きなシベリア鉄道の路線図を見ながら、 まだまだ全然先は長い...と実感する。 シベリア鉄道はロシアの下のほうを 通っているみたいなので、 シベリアの北のほうの途方もない 未開の土地を想像して気が遠くなる。 ロケバスで駅からホテルへ移動。 バスから見た町並みは、 黄色がかった街灯の色で雪がぼやけて綺麗。 15分ほどでホテルに到着。 9時の朝御飯まで仮眠をとるはずだったのに、 だんだん白んでいく空を見ながらボーッとしていたら 8時くらいになってしまい、 2、30分しか眠れなかった。 ボーッとしながらの朝御飯。 知らないうちにカメラクルーはもう出動していた。 だだっぴろいレストランはすきま風が入るのか、 薄着では鳥肌が立つ。出てきた料理もヘンで、 コーンフレークのミルクが生暖かかったり、 コーヒーはぬるく、 すべてが微妙でちょっと悲しかったが、 全体的なビミョーさがだんだん可笑しくなってきて、 雨宮さんとずっと半笑いのままの朝御飯だった。 11時LOBBY CALL。 先に早朝の実景を撮りに出ていたクルーが帰ってきて、 「寒い!!!! ヤバイっっすよ!!」 とおどかす。 ためしにコートなしで外に出てみようとして、 ドアを開けた途端あまりの寒さに 反射的に室内へUターン。 部屋に帰り、さらに着込んで、ダルマ状態。 今日はNational Standardのワカ (デザイナー若林さん)から頂いた ベージュのダウンを着てみる。 20471120のみふー(御船さん)にもらった ムートン帽子も持って。 皆、シベリアに行く私を心配して、くれたもの。 みんなに守られて歩いている感じがする。 絶対に履きたくなかった巨大な雪靴にも、 早速お世話になる。 スキー靴を履いている時のように うまく歩けないモコモコ姿で、 意を決してガラスの重いドアを開けると、 その瞬間、身体の内部がキュンと冷たくなる。 これがあの有名な「鼻が凍る」現象か! 鼻の中が、パリッというかサクッというか、 霜がおりてるなーという感触。 気温、マイナス15度。 ロケバスが坂を上がっていくと、 真っ白い展望台が見えてくる。 ドキドキしながらバルコニーのようになっている 展望台の中に入ると、 目に飛び込んできたのは、アムール河。 視界の隅々にまで広がる、広大な氷の大河に、 圧倒されてしまう。 向こう岸までテクテク歩いている人もいるし (対岸に別荘を持っている人々らしい!)、 なんと車も走っているし(危ないってば!)、 氷の上で工事までしている(なんのだよー!)。 唖然。これがシベリアの規模..。 ふと、鳥の鳴き声が響く。 下を見ると、白黒の鳥が何羽か飛び交っている。 再度ロケバスに乗って、下の河のところまで降りて行く。 まるでビーチみたい。 眩しくてたまらない。 サーシャによると、 通常50センチほどの氷が張っているが 今年は暖かい(!)のでそれより薄いかもとのこと。 いよいよ、河の氷の上へ。 おそるおそる、足を踏み出すと、 砂利の上に積もった雪とは少し違う音がする。 ホントに落ちない? 割れない? びくびくしながら、一歩一歩。 でもすぐに、びくともしない氷を足が "地面"と認識し、慣れてしまう。 ディレクター上野さんに 「音を見つけられるまで」 と言われたので、好きに歩いて行く。 ハイになる。 ずぅっと歩いて対岸まで行けそうな気がする。 方向を見失いそうだけれど。 しばらく歩くと、氷が平たんではなくて 波のような形になっていることに気付いて、感動する。 風の形か、波の形か。 でも氷の下は、いつも通り川が流れている...。 ずっと耳をすましていると、 風の音が、まるで波の音のように まるく、甘く、流れてくる。 それがアムール河でみつけた音、 ただの風の音じゃない、 氷の大河の上でしか聞けない、 感じられない、風の声だ。 その後、同じ河の別の場所へ移動する。 もう河の上を歩くのも慣れたものだ。 釣りをしているおじさんの所へ歩いて行く。 よく写真で見るように、 氷に穴を開けて糸をたらしている。 おじさんの足元に小さい魚が4匹、転がっている。 「年金暮らしなので、これは趣味」 と言う。おじさんは 「冷たくないよ、外より水のほうがあったかいよ」 と言って穴の中でじゃぶじゃぶ手を洗うので、 試しに水に触れてみたら、嘘だ! 全然冷たいじゃん!!! おじさんの手は分厚くて、ゴワゴワだ。 糸を手渡されたので私も穴にたらしてみるが、 なんと糸には餌がついていない。 当り前だが全然釣れない。 おじさんには何十年かの経験で得たコツがあるのだろう (しかし餌無しで釣られる魚もどうなんでしょうか)。 寒さが限界なので、一旦ロケバスに戻る途中、 モッコモコの犬が散歩されてた。 もちろん裸足。ニクキュウは凍傷にならないのか心配。 だけど、釣りのおじさんの分厚い手のように、 ニクキュウもしっかり適応しているのだろう。 少なくとも私の役に立たないグローブよりは。 河の端の、氷の薄いあたりは水蒸気が上がっていて、 綺麗だった。 それにしても、氷の上を 「このくらいなら歩けるな」 って誰がどうやって判断するんだろう? 地元の人達は絶対に落ちたりしないのだろうか? 今日は、とても晴れていて、 両腕を伸ばして溶けてしまいたいくらい青空で、 茫然とする寒さ。体感温度はいったい何度なんだろう。 「死にそう」 とか軽く言いたくないけど 思わず口に出てしまうくらい、寒い。 鼻は凍り、口で息を吸えば、 肺に直接冷気が入ってきて苦しい。 ジーンズの下にタイツを履いていても、 まるで何も履いていないかのように冷たい。 スノーブーツの中にカイロを入れて、 タイツに靴下でも、 足の指が無くなっちゃったみたいに何も感じない。 顔面がとにかく痛くて、ほっぺと鼻はすぐに真っ赤っ赤。 目の中のコンタクトが凍ってしまわないかと心配だ。 鼻水が出ていても涙が出ていても気付かなくて、 麻痺している。 今ならどこをピアスしても痛くないだろう。 すぐそばの、日本人流刑者の墓地を訪れる。 日本人墓地はとても静かで、何一つ動かない無音の場所。 シベリア送りになって強制労働を強いられ死に至った 日本人達がたくさん、眠っている。 おじいちゃんと同世代の人達も。 木の柱に何かが書いてある。 上のほうの字が薄れて読めなくなっている。 「..没日本人平和祈願追悼」。 長居はできない妙な静けさで満ちている。 墓石に掘られた名前が 上手とは言えない漢字だった事だけが、 強烈にリアリティーがあった。 午後の光が木々の間から射し込んで雪に影を落とす、 その中で鳥達が遊んでいて、ピースフルだった。 この場所で、常にカメラを向けられ、 どう反応したら良いのか戸惑っていた。 それまでその歴史について詳しくは知らなかったし、 こういう場所で何を感じるべきなのかも よくわからなかった (正確には、 「どう感じているところを撮られたらいいのか」 分からなかった)。 旅そのもの以上に、 終始自分に向けられたカメラの存在に慣れていない。 それが深い場所であればあるほど、混乱は増す。 ところで、私たちが日本人墓地にいる間も、 藤井君と西野さんだけは、 さっきのおじさんの魚が釣れるまで (魚が釣れる映像を撮るために)、 置いてけぼりになっていた。 あの尋常ではない寒さの中、 皆より短い間しか外に居なかった私が 死にそうになっているのに、 じっと待っているのがどれだけ辛いかを考えたら、 すっっごくかわいそうになってしまった。 求めている絵が撮れるまで、 どれほどまでがんばらなくてはいけないのか、 どれほど追求するのか。 私が知らなかった映像のプロの人達の価値観に少し触れる。 私と雨宮さんは、撮影の合間ちょっとでも時間があると すぐにロケバスの中に避難させてもらっている。 しかしロケバスの中も、もちろん寒い。 隙間風と、底冷え。 外で一度冷えきった足は簡単にはあたたまらない。 寒さは、人をイッパイイッパイにしてしまう。 他のことに全く頭がまわらなくなる。 次のロケーション、 流刑にされた日本人が建てた建物を見に行く頃には、 もう夕方近くで、お昼を食べていなかったので腹ぺこで、 トイレにも行きたくて、でも外にいるカメラクルーは 自分なんかよりもっともっとキツいだろう、 と考えたらどんどん悲しくなって、 自分に腹がたってしょうがなかった。 「ロケっつーのはこういうもんだ! 甘えるな!」 と言われるかもしれないけれど、 こんな悲しい気持ちで良い表情は出来ないと思った。 だけど、自分だけがあったかいのとか、 楽をしているのも絶対にイヤだ。 自分のことで精一杯になった険しい表情のまま、 建物の前に立つ。 その建物はアパートのようで、 道に面している一階の開いている窓から フワフワの黒猫が覗きに来てくれて、 「まぁがんばんなさいよ」 と言われているようで、やっと笑うことができる。 窓から湯気が立ちのぼっていて、中はとてもあたたかそう。 「カメラに撮られること」 についてもう一つ持ち上がった難点。 初めて訪れる場所に行って少し歩いてみただけで、 いきなり 「何を感じるか、どんな音が聞こえるか」 をうまく伝えることはなかなか私には出来ない。 消化する時間も必要だから。 それを正直にディレクター上野さんに伝える。 リアルな表情、 リアルなリアクション、 リアルな感想。 自分にとってリアルって何なのか。 少しでも「やらされてる」と思うと どんどん自分がMISERABLEになっていくので、 ズレは全てその時々に解消していきたい。 出会って間もないスタッフとのコミュニケーション。 いきなり万事スムースに行くわけはないけれど、 関わっている全員が これを素晴らしい作品にしたいと 思っているのだけは確かだから。 そのためにとことん話し合わなければ。 やっとホテルに戻って、 雨宮さんの部屋であったかい日本茶を飲んで、 しばらく放心する。 身体が芯まで冷えて、なかなか解凍されないけれど、 徐々に指先の感覚が戻ってくると、 撮影中に感じた様々な複雑な感情も糸がほどけていく。 そういえばあの釣りをしていたおじさんは、 釣れたのだろうか。 夜御飯はホテルのレストラン。 扉のところに猫が一匹たたずんで、 じっとこちらを見ている。 幾つかあるレストランは どれも年末の大パーティーをやっていたらしく 最初は断られたけれど、 交渉して何とかステージ裏の暗ーいデッドスポットに 席を用意してくれた。 ぞろぞろと入って行く時 「なんなんだ..」という目で 一斉に見られたのが可笑しかった。 サーシャはメニューの読めない皆を代表して 料理を頼むだけで大変だ。 パーティーで演奏するバンドが盛り上がってくると、 お客さんがみんな一斉に席を立って踊りに行く。 ロシアでは 「踊らなくちゃ人間じゃない」(by サーシャ)。 私達が座る場所は暗いし、異常に音楽はラウド。 盛大なパーティーの陰で ゾンビのように疲れた顔をした日本人達が 口数も少なく料理をひたすら待っている姿を 客観的に見たら、なんとシュールなことでしょう。 明日は早朝の出発になるので、早々と就寝。
|
2003-07-17-THU
戻る |