坂本美雨のシベリア日記。
一日一日が、かけがえのない一日。



1/1/2002
シベリア鉄道の旅 DAY 6
元旦、ウラン・ウデで。




2002年1月1日、朝7時、ウラン・ウデ駅到着。
この二日間ですっかり仲良くなった
車掌さんともお別れ。
日本からのおみやげを手渡す。
すこし目が潤んでたように見えた。



ウラン・ウデはブリャート自治共和国の首都。
まだ薄暗いウラン・ウデ駅はかなり現代的で、
綺麗なので少しホッとする。
駅舎の中に、ブリャートの若者が男女で集まっている。
ブリャートの人々はモンゴル系の民族で、
オリエンタルな顔立ちをしている。
私達、溶け込んでいるだろうか?

コーディネーターの女性にご挨拶。
ちょっとルーシー・リゥみたい
(注:チェーリーズ・エンジェル/笑)。
駅から比較的近いホテルは、
ソファーが置いてあるロビーを囲んで
螺旋階段になっているのがスキーロッジのようで、
少し懐かしい雰囲気。
不安定な列車の電圧のせいで
壊れてしまった機材の修理? にかり出された
サーシャと藤井君を残して、
早速近くのレーニン広場へ撮影に行く。
やっと陽の温かさを感じ始めた頃、
人気の少ない広場でロケバスのドアを開けると..
目の前には、レーニンの頭の巨大な銅像!!
そしてそれを取り囲む氷の滑り台と馬の像。



ありとあらゆるものが氷の巨大な塊で出来ていて、
興奮を抑えきれない。
子供達が立ったまま滑ったり、
腹這いで滑ったりして遊んでいる。
なんだかわからないけどすごい。
スケールが違う。
シベリアの子供達にとって、
滑ることなんて全く怖くないのだなぁ。
ローラースケート等含め、
“滑るもの”全般が苦手な私は、
ちょっと怖くて滑れないけれど、
氷の上に寝っ転がったりしてはしゃぐ。
レーニンをバックに雨宮さんとピースして
写真を撮っていたら
見知らぬ男が走ってきて勝手に肩を組んでピース!
とかしていて、珍しくハイテンションな場だった。
実は寒さで耳が痛くてしょうがなかったけれど、
楽しさのほうが圧倒的に勝った。



今日は、この旅のハイライトの
一つと言ってもいいのかもしれない。
ブリャート人のおじいちゃん、
アヨーシャさんのお宅を訪れる。
アヨーシャおじさんは、
古くから伝わるブリャート民謡を
ずっと歌い続けている人。
その歌声に、触れに行く。

ホテルから車で20分くらい走った所に、
クリアな青空の下、小さな家があった。



まず、外の犬小屋に繋がれた犬の元気な鳴き声と
白い息に迎えられ、
次にアヨーシャおじさんの笑顔が飛び込んでくる。



「よくいらっしゃいました!」

暖かい手を握る。
おじさんの後に続いて家のドアをくぐると、
入ってすぐがキッチンになっている。
全身の力が抜けてしまうくらい、ものすごく暖かい。
せっかくのいいシーンなのに、
一瞬にしてカメラのレンズが曇ってしまうという
トラブル発生。
ストーブのような、
しっくいのオーブンの上はとても暖かくて、
そこに皆しばらく手をおいて解凍する。

いいにおいに包まれて、
奥にはぞろぞろとたくさん親戚がいて、
「幸せな家族」の象徴みたいな家だ。
ご家族を一人一人紹介してくれるアヨーシャさんは
とってもかわいいおじいちゃん。
そこに居たのは、アヨーシャさんの奥様と、
娘さん二人と旦那様と、その親戚。
もう一人不在の娘さんはモスクワで
女優と歌手をしているそうだ。
テーブルには、乗り切らないくらいのお皿が並んでいて、
さらにまだ女性陣が料理を続けている。
娘さん達はシャイで、白い
肌にピンクのほっぺたがとても「クラシーバ」☆



ご家族に、環境や、歌について、色々と聞く。
でもまずはアヨーシャさんに得意の歌を聞かせてもらう。
安心する声と、短くシンプルな歌。
もうこの民謡を覚える若い子供達は少なくなってしまい、
歌い継いでいく人もあまり居ない、と寂しそうに言う。
昔の人は、この歌を馬に乗りながら歌ったのだそうだ。
馬での長距離の旅。
昔の人は、真っ白い雪原を走りながら、
歌声を馬にだけ聞かせていたのかもしれない。

それからアヨーシャおじさんが、
モンゴルの‘ステップ’にそっくりな場所に
連れていってくれるという。
車で40分くらい走り、しばらく車の中で待っていると、
横の小屋から馬が二頭歩いてきて、
お利口さんの犬と、それから羊と山羊が
2、300頭くらいワサワサワサワサ・・・
と出て来た! うそー!
と一気にテンションが上がって、
ロケバスから飛び出る。
と、その景色..
突然映画のセットの中に迷い込んだようだった。



ステップは、広大な草原、
遠くの方で山に囲まれている他は、360度何もない。
今は雪原になっているその原っぱで、
羊達は犬と羊飼いに見守られて、
少ない草を探して食べている。
アヨーシャさんと、ゆっくりと羊達に近付いてみる。
知らない人間が近付くと、
みんなして逃げてしまう。
動きはゆっくりだけれど、団結している。
犬が羊の群れをまとめ上げるとこを初めて実際に見るが、
犬も羊も両方、本当にとても賢いのだなぁ。

ここで、忘れられない音に出会った。
羊達が移動する時と、草を食べている時の、
サワサワサワサワ・・・という心地よい音が耳に残る。
遠くの山からにじみ出てくるような音。
そして、今まで聞いたことのないような風の音。
普通の風の音よりもっともっと広大な、
何もぶつかるものがない、どんどん空へ広がってゆく風。
もっと高い場所で常に流れている気流が
頭上で弧を描いているような風の音。
もう一生聞くことはないかもしれない。
記憶しておく。

そしてオヨーシャさんのお友達の
おじさんに助けてもらって馬にも乗せてもらう。
赤茶色のすべすべした毛の、可愛い顔の子。
初体験なのでびくびくだったけれど、
もっと高くて揺れて怖いのかと思っていたら、
そうでもなく、意外と安定している。
見晴しがよく、すっごく気持ちがいい。
この風の音と共に、雪原を駆け回りたい!



アヨーシャさんの家に帰って、
すっかり冷えた身体を再度解凍し、
待ちに待った御馳走を頂く。
お正月には必ず食べるんだという、
ショウロンポウのような肉まんが、
気絶しそうなくらい美味しい!!
ふわっとしたカワの中に、ジュワッと広がるお肉、
ポタポタとこぼれ落ちる汁。
さっき娘さん達が一生懸命コネていたのは
これだったんだなぁ。
愛が練り込まれている。
次々と蒸し上がったおまんじゅうが運ばれてきて、
「ほら、あったかいの、食べなさい」
と手渡されるので幾つも食べてしまう。
自家製ピクルスもとても美味しいし、
食べ切れないくらいのごちそう!
一口飲めばすぐ注ぎ、
常に溢れるくらいいっぱいに注いでくれるチャイが
泣きそうなくらい暖まる。
この食事中、わたしいったい何回
「フクースナ!」「オーチンフクースナ!」
(「美味しい!」「とっても美味しいです!」)
って言ったかなぁ..。
アヨーシャさんは、私のこの美味しい表情を
カメラに収めるのが仕事の撮影隊にも
「まぁまぁそのくらいでいいから、
 早くこっちに来て一緒に食べなさい」
と強く勧め、私もこの肉まんの感動を
熱いうちに味わって欲しくて、
そのうちCrew全員でテーブルに着き、
歓迎会のようになる。

全く酒が呑めない私。
容赦なく注がれたウォッカを一口飲む。
それだけでカオが真っ赤になって
目がホワンとしてきてしまうので、
やっぱり飲まなきゃよかった、と思ったが、
しきたりの一部なので拒めない雰囲気だった。

そのうち、演奏会が始まった。
音楽家である眉毛キリリのお兄さんが
ホーミーや民族楽器の演奏をしてくれる。
高いオクターブの声を出す独特の発声方法ホーミーは
教授の<オペラ>などで見たことはあるけれど、
彼の低ーい声のホーミーは初めてで、
ちょっとギョッとする。
なんと描写したらいいか解らないが、
本当に頭がい骨に反響させているような、
声というよりは音だ。
彼が演奏する民族楽器は、
細いチェロのような弦楽器で、
トップの部分に馬の頭が美しく掘られている。
彼はプロとしてモスクワなど様々な場所で
演奏しているらしい。

アヨーシャさんは歌をいっぱい歌ってくれて、
ブリヤート民族はステップで馬に乗っている時に
歌を思い付き、歌うんだよ、と教えてもらう。
他に娯楽もあまりないので、
歌というのは生活に必要不可欠だと言う。
私なんかよりもずっと、
歌が生活に染み込んでいる生活だと思う。
歌は、私の本能が求めているもの、
今までそう感じていたけれど..
本当の<うたいびと>たちはここにいて、
なんで私が小さな日本で一応歌手といわれているのか、
申し訳なくなるくらいだった。
こういう人々の前で自然に歌えるという事が
本当の歌手なんじゃないか。
私にはそんな歌が無くて、
恥ずかしくなってきてしまった。

アヨーシャさんは私を、
家族のように想うと言ってくれた。
バイカル湖の写真集にメッセージを添えて
プレゼントしてくれた。
終始笑顔で、手を握っていてくれた。
別れがたく、「途中まで一緒に」と、
ロケバスにまで乗ってきてくれた。
私は、同じくらいの誠実な気持ちで返せるんだろうか?
と自問自答し、自分の気持ちに対して
半信半疑になってしまった。
同じくらいピュアな目で、全身で、
彼らを好きになりたいのに。
そういう<100>ではない微妙な気持ちでお別れをし、
ホテルに帰った。

夜、ホテルのロビーで、
小腹が空いたとレストランへ向かうCrewに出くわす。
一緒に行こうと思ったら
廊下でブリャートの男性につかまってしまう。
しょうがなく話していたら、
Crewが薄情にもそのまま私を置いて行ってしまい、
そのうちその男性の奥さんも来て、
そのまま廊下で夫婦と色々話し込む。
奥さんは日本語と英語が少し話せる。
昔はカンフーの選手&
バレリーナだったと言う旦那さんは
ちょっとメイワクなくらいエンターテイナーで、
私の事を褒めちぎる。
その後、何を気に入られたのか、
その夫婦の友達が呑んでいる
ある別室に連れて行かれてしまう。
そういえば正月だったんだ、今日は。
ほぼ強制的にウォッカを飲まされて、
そのブリャート夫婦のペースにのみこまれる。
終始逃げ腰だがなかなかチャンスが無く、
一時間近く経ってから「みんなが待ってるから」と、
Crewのいるレストランへと逃げてゆく。

そこはレストランというよりは小さなカフェテリアで、
みんなはすっかり食べ終わっていた。
「なんで置いてくのよー!」
とみんなを責め、事を説明するが、
「なんなんだ、その酔っ払い達は!」
と怒る西野さん・サーシャのロシアチームも
そうとう酔っ払っている。
でもCrewが楽しいと、うれしい。
その後何故か自分の部屋ではなく
雨宮さんの部屋に帰ってしまい、
人のベッドで勝手にパタンと寝てしま う。
一時間くらい、眠ってしまった。
私がベッドを占領してしまったので、
その間雨宮さんはまたレストランへ行って、
よっぱらいロシアチームと一緒にいたらしい。
おつかれさまでした・・・。
波瀾万丈な2002年の幕開けでした。




坂本美雨オフィシャルホームページ
「stellerscape」
坂本美雨さんプロデュースのアクセサリー
“aquadrops”が誕生しました。
aquadrops(アクアドロップス)は、
坂本美雨さんがデザイン・製作、
トータルプロデュースを手がける
オリジナル・アクセサリーです。
美雨さんからのメッセージをどうぞ!
aqua drops...

揺れる水の粒。
したたる、春の慈雨。
冷たい水に触れる、指先。

透明感のある繊細なエレガンス、
毅然としたハードさ、フェミニンな揺らぎ。
耳から首筋、鎖骨へのしなやかなラインは
女性の美しさの象徴のような気がします。
そこを、水滴が一粒流れ落ちるような...。
そんなイメージを抱いています。

幼い頃から、母親や友人や自分のために
ビーズでアクセサリーを作るのが
好きでたまりませんでした。
最近、人を綺麗に見せるラインの洋服が
どんどん消えていき、
女性がドレスアップして行く場所も少なくなった。
そんな中で、おもわず背筋がピンと延びるような、
髪をキュッとアップにして出かけたくなるような。
生活の中で愛しい人や物を
真っすぐに見つめられるような。
自分が大切に作ったピアスを
耳にかける時に感じる、そんな気持ちを、
身につける一人一人にも感じてもらいたいと思い、
一つ一つ作り始めました。

坂本美雨

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12時〜20時

2003-08-07-THU

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