坂本美雨のシベリア日記。
一日一日が、かけがえのない一日。



1/2/2001 
シベリア鉄道の旅 DAY 7
バイカル湖を見ながら、イルクーツクへ。


ウラン・ウデからイルクーツクへの移動日。
8時〜15時くらいまでの7時間、列車の中。
7時間が短く感じるなんて、
もうすっかりシベリア時間に順応している!
微妙すぎる歓び。
時間が伸び縮みしている。
一日が3日分くらいの濃さ。



この列車の車掌さんは、初めての男性。
一見冷淡な印象だけれどシャイな、
色白でロングコートが素敵な車掌さん。
ステキ。
このウラン・ウデ→イルクーツクの間に
バイカル湖が見えるという。
その広大さをまず列車から実感すると、
ガイドブックには書いてあるので楽しみ。

乗ってから最初の2時間くらい、
みんな少しボーッとして、
それぞれのコンパートメントでうたた寝したり
まどろんだりしていた。
その間に、いきなりバイカル湖が現れてしまった。
見える瞬間を撮ろう、と予定していたのに。
私は、雨宮さんがコンパートメントを開け、
「美雨ちゃん、これってバイカルだよねぇ..?」
と起こされて、ミイラ状態のまま
夢遊病のようにムクッと起き、
自動的にカメラをつかんでパシッと一枚撮って、
またバタッと寝てしまったようだ。



もう少しして再度起こされ、
改めてちゃんと見てみたら、
目の前には‘海’が広がっていた。
水平線まで何も無い、真っ青な海。
ボーゼンとしてしまう。
口があきっぱなし。
表現する言葉が見つからない。
母なる海、と呼ばれているのがよく解る。
列車は、湖の形をしばらくなぞるように走り、
水面ギリギリのところを走ったりもする。
最初はうっすらと月も浮かんでいて、
だんだんと向こう岸の山が浮かび上がる。
雲がダイナミック! うねって動き出しそうだ。
空が晴れ渡っているから、湖も青い。
水は、鏡。
水そのものに色はなく、
ただただ、そこにあるものを映し出す。
海のように、波がある。全然凍っていない。
よく見ればアザラシも居るというが、
見つけられなかった。
本当に、ウットリとする光景。
こういった、思わず無言になってしまうような光景は、
撮影する時どうしたら良いのかわからなくなる。
素直にリアルに見とれているだけでは、
リアクションとしては足りないのだろう。
だけど、バイカルを前に、
リアクションを演技することはできない。



西野さんは、曝睡していたのに
急に夢遊病のように
「スチールタイム・・・」
なんて呟きながら起き出して私の所まで来て、
湖バックに写真を撮って、
気付いたらまた同じ体勢で曝睡していた。
私と同じだ(笑)。
それからしばらく、みんな何もせずに、
撮影でバタバタせずに、
ボーッとバイカルに見とれている時間があった。
それぞれが自分の世界の中で、
自分の中にこのバイカルの景色
を染み込ませているようだった。
何を考えているんだろう..。
見とれている皆の横顔は無心で素敵だったし、
その空気は幸せなもの。
こんな光景を目にしたら、
‘無’にならないはずがない。
‘有’を含んだ‘空’。
その静かな車内が、平穏だった。



途中の駅で降りてみると、
オームリの燻製が売っている。
バイカルにしか居ない魚らしい。
冷たいのと暖かいのが、
そのままベロッと積まれて売っているので、
ちょっと引くが、あったかいのを買って、つまんでみる。
味は...燻製の味としかいいようがない。
想像していたようなクセもなく美味しいけど、
手が匂う..。。
また犬がいて、ぬいぐるみみたいでほんとかわいい。



雨宮さんが駅で声をかけられた、
小池くんという日本人が車内にいるというので、
彼のコンパートメントまで皆で会いに行くことにする。



話してみると、小池くんは偶然私と同い年で、
一人旅をしている。こんな年末年始に一人旅。
彼は大学でロシア語を勉強していて、
それを試しに来たと言う。
地元の人と交流をするために。
彼は卒業したら自衛隊に入るらしい。
彼のルートはウラジオからイルクーツクまでで、
そこでUターンして帰るとのこと。
珍しいほど素朴な、かわいい人だと思った。
イルクーツク駅に着いて、小池君とはここでバイバイ。
後ろ姿を見送り、同志よ..と呟きたくなっちゃう。



駅員さんがカンカンカン・・・と音をたてて
列車のブレーキを調べている。
おじさんは細い金属の棒で叩いて音を調べながら、
ブレーキの上にシャベルで雪をかけ、点検していく。
もしブレーキが熱すぎれば
雪がすぐ溶けてしまうので分かるらしい。
なるほど!
その後、撮影隊はいろいろと撮るものがあるらしく
走り回っているので、
その間しばらく周りの景色や冷たい空気や
粒子のようなものを吸い込むように
ホームに立ったままでいる。
ホームとはいっても、線路との段差も屋根もなく、
ただの歩道という感じ。
だから列車の走り去った後のホームはとても広く、
静かで、カラスが鳴いていて、
色々な事が頭をよぎるが
つかみどころがなく通り過ぎていく。
遠くから、音の割れた
ダンスミュージックが聞こえてくるのが
少しノスタルジック。
アナウンスの音がとてもいい。
日本の駅にたまにあるような耳障りな音ではなくて、
古く、あたたかい音。
そのアナウンスがプツッと切れる
蓄音機の音もすごく良くて、クセになる。

誰も居ないホームでそのままずっと立っていたら、
遠くで列車が走り去る景色を撮っていたはずの樋口さんが
知らないうちにこっちを撮っていた。
いつから撮ってたんだろう、
まぁいいや、と、そのままずっと立ち続けて
自分の世界に入ったままにしていたら、
終わって樋口さんが
「いや〜、おじさんナミダ出ちゃったよ〜」
と言いながら歩いて来た。
「え?寒くて?」と言ったら
「いやいやいや。」って。
今のカットが良かった、という意味らしい。
すごくうれしい。
たまーに樋口さんが、明らかにキャラじゃないんだな、
と解る感じでテレながら
「今のすごくいい」
などと言ってくれるのが本当にうれしいし、
それだけのためにがんばろうとすら思う。
自分が綺麗に撮られるためではなく、
樋口さんに「撮りたい」と思われるために。
撮る人と被写体には
そういう種類のコミュニケーションが存在すると思う。
ファインダーを通して人を見る人は
(本当のカメラマンは)
その人の全てが見えてしまうから。
隠したいものもすべてそこに見えてしまうから。
だからその人に対して心を閉ざしていたら
いい表情は絶対にうまれない。
もっと歩み寄りたいと思う。
樋口さんに、スタッフに。
見透かされるのはおそろしいことだけれども。
もっと心開けたらと思う。

ロケバスに乗って、アンガラ川にかかる橋を渡り、
川岸にあるインツーリストホテルへ。
12階建てでとても大きく、施設も整っているようだ。
荷物を置いたらすぐに橋の上に撮影に行くと言うので、
撮影隊に付いて行くことにする。
今までのシベリアの風景とは全く違うので、
少し街を見てみたい。
まずは、アンガラ川にご挨拶。



橋を渡ったところにロケバスを停め、
シンプルな形の市電が走る
ステバン・ラージン通りを
あうんの呼吸で渡り、
市電に乗る人々と度々目を合わせ、
橋の真ん中で改めて周りを見渡すと、
パリやロンドンのように街の真ん中に
このアンガラが流れているのが見渡せる。





アンガラは、端のほうこそ
白い雪がかぶさっているものの、
凍ることなくゆっくりと流れている。
釣り竿をたらした小さなボートが
鳥の家族のように浮かんでいる。
右側には、さっき降り立った駅に
新しい列車が到着しているのが見える。



ホテルの前は川に沿って散歩道になっていて、
ぶらぶらして来たいけれども
明日にとっておくことにする。
今日の部屋は、アンガラ川が目の前に広がる南向き。
古い壁の色や赤いベッドが
どことなくヨーロッパの田舎風。
少しびっくりしたのは洗面所。
一角にシャワーカーテンがかかっているだけで、
シャワーにバスタブがない。
床が少し傾いていて、
シャワーの水が排水溝に流れていくようになっているが、
もちろん洗面所中びしょびしょになる。

やがて、白い縁の窓から見渡せる空は、
身体がざわめくような、
美しいグラデーションのショーを繰り広げ始める。
ピンク、水色、紫、オレンジ...
水彩画のようにじょじょに色は混ざり合い、
雲は溶け合い、アンガラは空と一体化する。
筆を動かすのは誰なのだろう。
ただ見つめる私はどこにいるのだろう。
何故ここに居られたのだろう。





ふぅ、と一息ついたところで、
シベリアに来て初めて
ニューヨークにいる母親に電話し、
久々に声を聞く。
15分くらいお互い近況を話し合う。
NYのみんなは
「美雨太って4倍くらいになって
 帰って来るかもねーー!」
と言って笑いあっているらしい・・・
4倍にはなっていませんが、
環境にうまく順応して
既に2キロくらいは確実に肥えたと思います(泣)。
NYも今はマイナス5度くらいで
ニューヨークらしい寒さとのこと。
猫達に会いたいな・・・。

その後、雨宮さんのちょっとした幽霊騒動あり。
電源を切っている日本の携帯電話が、
突然トランクの中で鳴り出すという。
思いっきり半信半疑だが、
もし本当だったら怖いな・・・。

夕食は、ホテル内のpectopah(=レストラン)が
閉まっているので、初めて外に食べに出ることにする。
ちょっとしたおでかけ気分でロビー集合すると、
西野さんがなんとスーツ姿! 何故シベリアに
スーツを持って来ているのだろう・・・(笑)。
でも本当に皆をまとめるお父さんにふさわしい。
西野さんセレクションで、
訳すと“ノスタルジー”という名のレストランへ。
広々とした店内の奥で暖炉の灯がゆらゆら揺れている。
バイカル名物のオームリなどの料理を試してみる。



樋口さんは、疲れきって、
少しお酒が入った瞬間に落ちてしまった。
上野さんの色々な話が興味深い。
奥様の話などなど喋っている間にも、
なつかしめのダンスミュージックが
大音量でかかっていて、
何故か東京の友達の事を思い出して無性に切なくなり、
泣きそうになるのを必死にこらえた。
何故こんな時に・・・。
“ノスタルジー”という場所のせいかしら。


坂本美雨オフィシャルホームページ
「stellerscape」
坂本美雨さんプロデュースのアクセサリー
“aquadrops”が誕生しました。
aquadrops(アクアドロップス)は、
坂本美雨さんがデザイン・製作、
トータルプロデュースを手がける
オリジナル・アクセサリーです。
美雨さんからのメッセージをどうぞ!
aqua drops...

揺れる水の粒。
したたる、春の慈雨。
冷たい水に触れる、指先。

透明感のある繊細なエレガンス、
毅然としたハードさ、フェミニンな揺らぎ。
耳から首筋、鎖骨へのしなやかなラインは
女性の美しさの象徴のような気がします。
そこを、水滴が一粒流れ落ちるような...。
そんなイメージを抱いています。

幼い頃から、母親や友人や自分のために
ビーズでアクセサリーを作るのが
好きでたまりませんでした。
最近、人を綺麗に見せるラインの洋服が
どんどん消えていき、
女性がドレスアップして行く場所も少なくなった。
そんな中で、おもわず背筋がピンと延びるような、
髪をキュッとアップにして出かけたくなるような。
生活の中で愛しい人や物を
真っすぐに見つめられるような。
自分が大切に作ったピアスを
耳にかける時に感じる、そんな気持ちを、
身につける一人一人にも感じてもらいたいと思い、
一つ一つ作り始めました。

坂本美雨

http://www.miuskmt.com/
 
限定通信販売もスタート!

aquadrops取り扱い店
<20471120>
東京都渋谷区神宮前3ー29ー11 
03ー5410ー2015
12時〜20時
<RICO>
渋谷区恵比寿西2ー10ー8 
03ー5456ー8577
12時〜20時

坂本美雨さんへの激励や感想などは、
メールの表題に「坂本美雨さんへ」と書いて
postman@1101.comに送ってください。

2003-08-14-THU

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