坂本美雨のシベリア日記。
一日一日が、かけがえのない一日。



1/5/2002
シベリア鉄道の旅 DAY 10
旅は折り返し、アンガラ川のほとり。



ちょうど、旅の半分まできた。
今日はバイカルの周辺で細々と撮影をして、
夕方にはリストリビヤンカから
イルクーツクまで戻るという予定。
昨晩上野さんが
「明日は晴れるねぇ」
と言っていたのとは全く正反対の天気になった。
もんのすごい吹雪!
とてつもない、暴力的な風。
バイカルホテルはかなり上のほうにあるので
よけいに風が凶暴だ。
ダウンジャケットを着ていると、
風を含んでかえって吹き飛ばされそう。
でもすっごく楽しくて、
わざわざ外に出て、
一歩を踏み出すのも重すぎるくらいの
向かい風に逆らって立って、
飛ばされて、踏み止まって、滑って、
子供にまじってキャアキャア遊んでしまう。
皆はロビーで待っていたけれど
藤井君も一緒に外に出てきてわーわー遊ぶ。





その中で、事件その1。
ニシノビッチお父さんの毛皮の帽子が吹き飛ばされて、
柵を飛び込え崖の下に落ちてしまったらしい。
雨宮さんの荷物をバスに運び込もうとしていたところ
帽子がピュ〜っと行ってしまって、
そのまま雨宮さんの大きい鞄を片手に持ったまま
転がっていく帽子を追いかけて行ったけれど
すんでのところで落ちてしまったらしい。
とても降りて探しに行けるような所じゃない、
とがっかりしてロビーに戻ってきたけれど、
サーシャが掃除のおじさんに頼んで
探しに行ってもらったようだ。
数分のうちに掃除のおじさんが
帽子を見つけて戻って来た!
さ、さすが地元のヒト‥‥。

バイカルは灰色に浮かび上がっていて、
木々が折れそうなくらいしなっていて、
幻想的な世界。
こんなに、人間の手におえない大自然の力を
自分の体で体験できるなんて。
抵抗できないくらいのこの風と遊べるなんて!

ロケバスに乗り込み、バイカル沿いの道を走り、
バイカルに触れてみることになった。
ちょっとした階段を降りて、岸辺に立つ。
背油みたいな氷が浮いている‥‥!



まだ凍っていない湖は、
最初岸のほうで小さな氷が浮き始め、
それがだんだんと固まって広がっていくのだそう。
ちょうどその凍り始めの氷は、
日本を離れて10日経つ私の目には
“ラーメンの背油”にしか見えなかった‥‥。
あぁぁぁラーメン食べたぁぁぁい。



バイカルと同じ目線のところに立ち、
水面に近付くと、
曇り空を映して灰色に揺れていたバイカルの水は
やはり透き通っていた。
おそるおそる手を触れたバイカルは、
冷た過ぎて、痛い。
即座に指の感覚が消えてしまった。
だけどつい余裕の顔をしてしまう。
透き通った水の底に散らばった石は
色とりどりで美しい。
一つ持って帰りたいけれど‥‥やめておこう。



バスの近くに一匹の犬が寄ってきた。
なんだか行く先々で犬を呼んでいる感じがするなぁ‥‥。
やっぱり動物を呼ぶ体質なのでしょうか。
いちいちうれしいな。
犬達が、異国から来た動物好きの匂いを察して
わざわざ風の中挨拶に出て来てくれている感じで。
このコは黒くて、うちのプーちゃんのように
首もとと足だけが白い。
耳の先もちょっと垂れててすごく好み★。
賢こそうで可愛いなぁ。
先頭に立ってソリ引いてそう。
近付いても逃げないので、
非常食として買ってあったハニー味のナッツを
ためしにあげてみる。
すると、手から直接食べてくれて、すっごくうれしい。
人間よりもずっとホッとする出会いだったりして。
心通じる気がするな‥‥。
(写真の3枚目の前髪に突風の効果が見られます…)





別れを惜しみつつまたバスで少し移動し、
バイカル湖からシャーマンロックを境に流れだす
アンガラ川のほとりに降りていく。
列車から見えたような、小さな集落がある。
とても小さな木の家が並んでいる。
いつのまにか曇り空の隙間から、
夕方のオレンジを帯びた太陽の光が水面に反射して、
目がくらむくらい美しい。
積み上げられた雪が、
サハラ砂漠を空から見渡した形のように、
サラサラと美しい曲線を描いている。
一粒一粒の雪に、光が反射する。
キラキラ流れていく。
あまりに美しさにほんのすこし涙。



今思い返しても、
この日のこの場面が
最も記憶に深く残っている光景の一つだ。
静かに人を圧倒する景色と、
この時の自分の感情の静けさとが、
絶妙なバランスを保っていた。
昨晩上野さんと話してから、
一晩眠ったらなんだかふっきれる部分があって、
もっと樋口さんにもカメラにも歩み寄れるように、
「どうしてほしいんですか?」
という受け身の被写体ではなく
「好きに撮ってて。」
という気持ちで居られるように、
少しなってきた。
旅の半分でやっとこうなれるなんて遅すぎるけど、
ずっとずっと楽になった。




水辺には、水を汲みに来たおじいちゃんと、
孫のような小さい男の子が立っていた。
おじいちゃんが持っている竿のような棒と、
にぶい銀色のバケツは
ぼこぼことへこんでいて年季を感じさせる。
子供も同じバケツを二つ持っている。
それぞれに水が半分くらい入っている。
湖の水を汲んで、そのまま飲料水にしているらしく、
料理やお風呂など、生活に使う水はほとんど
バイカルの水をそのまま使用しているそうだ。
そのまま飲めるの?
とびっくりして聞くと、
「当り前じゃないか、
 今日は天気が悪かったから、
 波があるせいで砂が若干混ざっているけれど、
 水自体はものすごくキレイで美味しいんだ」
と言われる。
少しバケツをそのまま置いておけば、
砂が沈んで透明な水だけが残る。
おじいちゃんが目の前で汲んで飲むので、
私も一口飲んでみる。
冷たくて味がよくわからないけれど、
透き通っていてピュアな水だった。
「お茶飲みに来るかい?」
とのお誘いを受け、おじいちゃんの家へ。
小さい男の子がバケツを二つ持っていたので、
一つ私も持たせてもらうが、
これが意外に重くて、
この小さい子が軽々と持っていたことに少しびっくり。
そしてよく分からないけれど
このマックスという男の子は
おじいちゃんの孫ではないらしい。
だけどこの一つの村はみな親戚同志のように
手伝ったり遊びに行ったりして暮らしているのだろう。



木の門をギギギと開け、ドアを開けると、
カメラのレンズが曇って撮れなくなってしまうくらい
一瞬にして暖かい空気が包んでくれる。
家に迎え入れてくれたおばあちゃんはとっても可愛い。
あったかいチャイをごちそうになる。
シベリアでいただくチャイは、
どんなカフェで飲むどんな飲み物よりも美味しい。
そして部屋に入ったとたん私を
何百倍も幸せにしてしまう二匹の動物が!
すっっごく可愛い猫がちらちら姿を見せ、
おじいちゃんが外から小さな犬も連れてきてくれる。
子犬と猫がじゃれあっていて、
体中の力が抜けてしまうくらいでれでれしてしまう。

子犬と猫に心をうばわれたまま、
おじいちゃんとおばあちゃんと色々とお話。
バイカルに住んでいることの意味や、
暮らしの亊を。
若い頃は他の町に暮らしていても、
ここに帰ってきてしまうという。
<故郷>と呼べる場所が
いまいち無いような気がする私には、
“どうしても帰ってきてしまう”
という心に憧れのようなものすらある。
そこさえあれば、自分は大丈夫だ、という場所。
この老夫婦がこの場所に帰ってくるのは、
“自分の死に場所”という意識もあるような気が、
話していて直感的にした。

おじいちゃんは
バイカルに住人のほとんどがそうであるように、
職業は漁師。
漁師の間に伝わる歌があるという。
ブリャート民族の人が
馬に乗っている時に自然に歌うように、
ここの漁師達もそうなのだ。
お願いすると、照れながらも2、3曲
短い歌をかすれた声で歌ってくれる。
おばあちゃんは
“わたしはいいわよ〜”
と本気で照れまくるのが乙女でかわいいっ。
おじいちゃんが歌い終わると、
今度は私に唄えという。
うろたえながら、必死で断るが勘弁してもらえず、
しょうがなくTHE BOOM の『からたちの道』を歌う。
けれど、何度も歌った大好きなこの曲を、
なんと最初の一行で間違えてしまい、
ヘンだなヘンだなと思いながらそのまま
ワンコーラス歌ったのだけど、
大好きな曲ですらまともに披露できない自分が
恥ずかしすぎて、顔から火が出そうだった。
(後で出来上がった番組を見たら
 この間違えてるところがしっかり使われていて、
 二度恥ずかしい上、
 ブームの宮沢さんに申し訳なかった。
 番組のナレーションまでしてもらったのに‥‥。)
でも、ウランウデのアヨーシャさんのお宅で
歌えなかった自分よりは、
ちょっとマシだったかもしれない。

エネルギーがありあまっている子犬は
家中を駆ずりまわって猫を困らせていた。
ずっと遊んでいたかったけれど、
夕陽を撮影しに場所を移動しなければいけなかったので、
ばたばたとお別れの時間。
アンガラ川のほとりに暮らすこの村の人々。
自給自足の生活で、
バイカル湖とアンガラ川と共に生き、
湖と川が死んでは生きられない。
このおじいちゃん達がアンガラ川の澄んだ水を
直接汲んで口にすることが、
いつまでもできるようにと願う。
これ以上汚れないように。
大昔からの流れが決して途絶えることのないように。

とうとうバイカル湖とさようなら。
来た時よりはシャーマンロックも
ちゃんと顔を出している。
またバスに揺られ一時間、
イルクーツクのインツーリストホテルへ帰る。
ここで、初めてアンドレイさんに逢う。
アンドレイさんは、これから旅の後半、
サーシャの代わりに
コーディネイトと通訳を担当してくれる。
今日でサーシャとはお別れで、
彼は自宅があるハバロフスクに帰っていく。
ホテルの4階にある韓国料理屋さんで
最後のグッバイディナー、
アンドレイさんにとってはウェルカムディナーをする。
本当に久々にロシア料理ではない御飯。
辛い食べ物を体がすっごく欲していた。
ロシアに辛いものが無いのは何故?
体あったまりそうなのに。
いつも二人だけで寂しそうなよっぱらいロシアチームが
今夜だけは一人増えて3人になり、
そこに片足つっこんでる人が一人。
呑めないチームもなんとかがんばる。
ウォッカを、本当に呑めない藤井くんと
二人でシェアしてなんとかごまかしながらグラス2杯。
でもビールとかワインよりは
ウォッカのほうが呑めるかもしれないなぁ‥‥
って、オカシイ??

純粋に楽しかったな、今日は。
きちんと笑えて、ちゃんと感動できて、
素直に戻れた気がした。


坂本美雨オフィシャルホームページ
「stellerscape」
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『フェリシダージ・トリビュート・トゥ・
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東芝EMI/TOCT−25177/
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9月に初来日が決まっているボサノヴァの神様、
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ジョアンのカヴァーを中心に、
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オリジナル曲も収録予定です.

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小野リサ・THE BOOM・
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Ann Sally・青柳拓次・
saigenji・CHORO AZUL・
ナオミ&ゴロー・Dois Mapas・
中村善郎・AURORA・
So Aegria(順不同・敬略)

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坂本美雨さんプロデュースのアクセサリー
“aquadrops”が誕生しました。
aquadrops(アクアドロップス)は、
坂本美雨さんがデザイン・製作、
トータルプロデュースを手がける
オリジナル・アクセサリーです。
美雨さんからのメッセージをどうぞ!
aqua drops...

揺れる水の粒。
したたる、春の慈雨。
冷たい水に触れる、指先。

透明感のある繊細なエレガンス、
毅然としたハードさ、フェミニンな揺らぎ。
耳から首筋、鎖骨へのしなやかなラインは
女性の美しさの象徴のような気がします。
そこを、水滴が一粒流れ落ちるような...。
そんなイメージを抱いています。

幼い頃から、母親や友人や自分のために
ビーズでアクセサリーを作るのが
好きでたまりませんでした。
最近、人を綺麗に見せるラインの洋服が
どんどん消えていき、
女性がドレスアップして行く場所も少なくなった。
そんな中で、おもわず背筋がピンと延びるような、
髪をキュッとアップにして出かけたくなるような。
生活の中で愛しい人や物を
真っすぐに見つめられるような。
自分が大切に作ったピアスを
耳にかける時に感じる、そんな気持ちを、
身につける一人一人にも感じてもらいたいと思い、
一つ一つ作り始めました。

坂本美雨

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12時〜20時

坂本美雨さんへの激励や感想などは、
メールの表題に「坂本美雨さんへ」と書いて
postman@1101.comに送ってください。

2003-09-05-FRI
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