坂本美雨のシベリア日記。
一日一日が、かけがえのない一日。




1/12/2002
シベリア鉄道の旅 DAY 17 PART 2
オクジャワ夫人に会う。



地下のライブハウスから上がり外に出ると、
冷たい雨が頬にあたる。
ついに、オクジャワ夫人に会う時間。
97年に亡くなられた、
ロシアを代表する吟遊詩人
ブラート・オクジャワ氏の奥さまは、
今も一人で暮らしている。
団地みたいに同じ設計の建物が並ぶ、
13階か14階建てくらいのアパートメントの
上にほうにある、オクジャワ宅へ向かう。

まず、以下は、旅の最中に書き留めていた、
オクジャワ夫人と話したいこと(別メモより)。

ーxーxーxーxーxーxーxーxーxーxーxーxーxーxー
*都会の中の自然が好きだったのは何故?
 何故大自然ではなかったのか。
*自分の小ささ、人間の儚さ。
 自然を目の当たりにして、
 人間はいかに取るに足らないかということ。
*彼の聞いていた音ーどんな音?
 それは他の人にも聞こえたのか?
 貴方にも聞こえた?
*どうやったらそれは聞けるのか?
*気難しい人だったのか?
 神経質? センシティブ?
*有名になることについての反応
*「沈黙の中に善意が満ちているんだ」
 ──孤独。都市の中の孤独。
*すべての人が同じ孤独を感じているということ。
 だからこそ、優しくなれる?
*人々の中にいる方が自分を見つめられる。
*彼と同じ風景を見ていながら、
 「彼には何が見えているんだろう?」
 と彼を遠く感じたことはないか。
ーxーxーxーxーxーxーxーxーxーxーxー
xーxーxー

このメモにある質問は、形を変えて
結局一つのことに向かっているような気がする。
その一つのことが、まだ漠然としていて解らない。
だけど鍵がそこにある。

エレベーターが開くと、
小さく開いた奥のドアの隙間から
オレンジ色の光が漏れ、
私達を招いている。
そのドアを開けたオクジャワ婦人は、
人懐っこい黒いプードルと、大量の本と、
ブラートさんの面影と一緒に暮らしている。
ふわふわの真っ白い髪、
真っ白い肌のオクジャワ夫人は、
やわらかいけれど眼光は鋭い。
彼女は煙草を吸う。
身体のために禁煙してくださいよ、と言えなくなるくらい、
なんだか似合っている。
そして決して無駄に笑わない。
彼女と話し始めたら、
アンドレイさんが通訳に必死になっていたけれど、
通訳がいらないくらいわたしたちは会話していた。
目で分かる。



オクジャワ夫人は、私と同じ種類の
ダークサイドを持っていると、
会った瞬間に直感でわかった。
言葉ではうまく表せない、同じ種族のにおい。
そして‘アーティスト’や‘天才’の人を
身近に持つ人間のにおいがする。
“天才”という言葉はあまりに
物事や人々を簡略化しすぎるから好きじゃないけれど、
そういう特別な種類の人間がいるということは
小さい頃からわかっていた。

私は、アーティストの家庭に育った。
ラッキーなことに、アーティストである私の親は
別に奇人変人ではないし、
本人達は“天才”と呼ばれることに何の興味もない。
普通の環境で育てられ、普通の親、普通の子供。
それでも私は子供として、
ステージに立った途端に豹変する自分の親をみて、
独特の距離を感じていた。
そして、家族以外に出会ってきた人々の中でも、
ある種の秀でた部分を持つ人に惹き付けられてきたし、
その部分に強力に反応するような感覚を持つように
成長してしまった。

人同志はどこまで分かち合えるものなのかな?
解りたい、そう思っても、
“人を理解している”だなんて、誰が言えるだろうか?
そばにいたって何も理解していないことだってあるし、
理解しているように思えても
深層に触れていないんじゃないか。
自分自身のことだって見たいことしか見えていない
人間の意識が持つ他人への“理解”は、
結局のところ“ゴカイ”のかたまり?
そんな風にひねくれてしまった部分もあった。

そのような特殊な力を先天的に持っている人は、
絶対に他人には手の届かない部屋が
身体の中にある気がする。
その人にしかない小宇宙。
アーティストは、自分の世界を持っているから
アーティストになるわけで、
当り前といえば当り前だけれど‥‥
でも身近な人や好きな人のことは
すべて理解したいと思うのが素直な感情で、
当然その小宇宙も理解したいと思う。
だけどそこに触れた時、
その部屋には入れてもらえない、
あるいは垣間見えたとしても
理解したくても理解しきれないことがある。
夫人も私も、そんな切なさを
日常の積み重ねから感じてきた。
それはお互いすぐに解った。



真っ黒いプードルは人懐っこくて、
いつまででも遊んでいられそう。
「すばらしい冒険旅行」などの絵本を創った
オクジャワさんのにおいがまだ感じられる部屋。
壁のいたるところにオクジャワさんの絵や
ポートレートが飾られ、
彼が読んでいたであろう本が積み上げられている。
棚のガラスの中にも写真がたくさん。
若い頃の2人の写真は本当に美しい。
夫人は花のように可愛くて、
なんて美男美女カップル!
思い出すだけで微笑みがこみあげるくらい幸せな、
日溜まりのような写真。
彼女は大きなチェアーに深く腰掛け、
煙草を特別なフィルターで吸う。
私はその手前の椅子に座り、背筋を伸ばす。

彼のような、
ほんとうの「詩人」であるということについて話す。
アーティストには、目を見開いて、
すべてを見なくてはいけないという使命がある、
ということ。
そしてオクジャワさんにとってはすべてが
‘音楽’だった。
普通の人には聞こえない音を聞くことができた。
たとえば、植物の芽吹く音、雪の降る音、天体の音など。
何もかもを、彼は見て、聞いて、吸収していた。

「彼は特別だった。
 彼だけが持ってる特別な‘秘密’を持っていた」
と言う。私の‘宇宙’と彼女の言う‘秘密’は同義語だ。
そしてその‘秘密’があるからこそ
‘孤独’だったということ、
それを私はずっと聞きたいと思っていた。
そしてそれを聞いた時、ちょっと驚いた顔をして
「そこまで理解してくれてうれしい」
というような事を言ってくれた。
小宇宙は決して寂しい場所ではないけれど、
ただただ一人で、孤独だ。
でもその孤独を知っているからこそ、
真に優しい人であった、と彼女は言う。
彼がモスクワの都会の中にある小さな自然を愛したのは、
その孤独からくる優しさのゆえ。
周りにクラクションが鳴り響く並木通りを
散歩しながら出会った小鳥の足音を、
彼はなにより愛しく感じていたに違いない。
そして都会の中に生まれる小さな温かさを、
彼は決して見逃さなかった。
「真夜中のトロリーバス」の詩の中に満ちる、
慈しみのように、
彼は丁重にそれを包み、詩に注ぎ込み、
メロディーにし、唄にし、絵にし、物語にして、
ロシアの人々へ送った。

そして、夫人に一番聞きたかったことを、
おそるおそる聞いてみる。
そんな大きな能力を持ったオクジャワさんの、
その“秘密”あるいは孤独に、
触れたくても触れられなかった事はないのですか?
同じ景色が見たいのに、同じ音が聞きたいのに、
すぐ隣にいるのに、
とても遠かったことはないのですか?
それを聞くと、
彼女の目にうっすら涙が浮かんだ気がした。
そして話しながら私も泣きそうになった。
このことについて、多くは語らなかった。
確認しあえるだけで、出会えた意味があったと思った。


おはなしタイムが終わって、
夫人は案の定ウォッカを出してきてくれて、
スタッフも含め皆で出会いを感謝し合う。
家中に溢れかえっている、オクジャワさんの
歴史の欠片達の中には、あまり秩序は見られない。
これを整理するのはとてつもなく大変な作業だろう。
物理的にも、精神的にも。

棚に積み上げられた本の間にも、
古い写真がたくさんはさまっていた。
モノクロプリントのオクジャワ氏の歌っている姿。
本にもたくさん載っていたものだ。
まだ亡くなって3年しか経っていない
オクジャワさんの存在を痛いほど感じる。

帰りの時間が近付くと、
彼女の‘生き返った奇跡の薔薇’を一緒に鉢に植えた。
生き返った薔薇、とは、オクジャワさんが残していった
薔薇の鉢植のことだ。
一度枯れてしまったのだが、
彼が亡くなった後に生き返ったのだそうだ。
一緒に別の鉢に入れ変えて、栄養剤を撒いた。
同じ言語を話せたならもっともっと貴方と話したい、
と言ってくれた。
これだけ歳が離れていても、
私達は親子ではなく、女友達。
そんな気がする。



オクジャワ夫人と別れた時、へとへとになってた。
身体がというよりも頭が。
彼女との会話に、
言葉を超えたコミュニケーションを使い過ぎた。
何か輪郭はまだ掴めないけど、どこか核心に触れた。
何かが溶けだした気がした。

Crewはその後天文台へ撮影に行く。
天文台に行ってみたいな‥‥と迷ったけれど、
テンションを張り過ぎて疲れてしまったのでパスし、
先にホテルに帰らせていただいた。
10時半頃、最後の晩餐。
(アンドレイさんは近くに住んでいるので先に帰った。)
ホテル内のレストランで。
ラストオーダーぎりぎりになってから
交渉して入れてもらったので、店員がソワソワしている。
突然、ウェイターから手渡された、
バスケットにアレンジされた花束のプレゼント!
西野お父さんからの素晴らしいはからい!
さっきロケ中に、バスに大きな袋をかかえて
帰ってきた西野さんに笑って
何ソレ? と聞いたら
「娘に人形。二十歳になったし。」
と早口で言って言葉を濁した。
その時は「?」だったけどそれ以上聞かなかった。
それが、これだったのか‥‥!

すっごくうれしい。
そして、「もうこれでほんとうに旅はおしまい?」
信じられない気持ち。
みんなでごはん食べるのもこれで最後だなんて
ちょっと想像できない。
毎日一緒にいたのに。
何食一緒に食べたんでしょう。
でもその気持ちが空回りしているのか、
ただただみんな疲れているのか、
そして早く食べてレストランを出て行って〜という
店員のあからさまなプレッシャーのせいもあって、
(それでも閉店して一時間以上居座っていたんだけど)、
なんとなく空気が沈黙したまま
すんなりディナーが終わってしまい、
すこしさみしいセレモニー的なディナーだった。
明日、帰国前に最後の撮影。
この旅の、何か結論を出さないといけないんだろうか?
まだ出せない。結論なんてない。

愛に溢れていて、謙虚で、
厳しい時代のなかで常にユーモアを忘れず、
恐れず、素直で、本当に素敵な男の人だった
ブラート・オクジャワ。
大好きな、ロシアのみんなのおじさん。

オクジャワさん、会いたかったな。

BOULAT OKOUDJAVA (Bulat Okudzhava)
1924ー1997

坂本美雨オフィシャルホームページ
「stellerscape」
「ACCESSORY BOX」展示即売会!
10月末よりギャラリー・ROCKETで開催される
アクセサリーEXHIBITIONに
坂本美雨の「aquadrops」も参加します。
アクセサリーデザインを専門としない
国内外のアーティスト達による
エキシビジョンですが、
展示作品はその場で購入可能!
この場でしか買えない1点ものや、
未発表・未発売のアイテムばかりです。
開催は一週間ですので、
お早めに覗いてみてください!

参加アーティスト:
Michael Hall, Romy Derman, Cindy Greene,
Jess Holzworth, Simone Shubuck, Tess Giverson,
macarero, MIHO, Nibroll about Street,
内田経久, 坂本美雨, LICA(20471120),
and more...

10月31日(金)〜11月5日(水)
12:00〜20:00
(11/5は18:00まで)
会場:gallery ROCKET
地下鉄表参道下車・徒歩3分
*表参道交差点より青山通りを渋谷方向に向かい、
 SHOP「KID BLUE」の角を
 右に入った右側
詳細: http://www.rocket-jp.com/gallery/
詩画集『aqua』
長年書きためてきた詩や散文と、
山口由起子さんの絵がいっしょになり
詩画集『aqua』ができました。
リトルモアより刊行です。
(定価1,400円)


ジョアン・ジルベルトの
トリビュートアルバムに
参加しました!

『フェリシダージ・トリビュート・トゥ・
 ジョアン・ジルベルト』


9月3日発売!!
東芝EMI/TOCT−25177/
¥3,000(税込)



9月に初来日したボサノヴァの神様、
ジョアン・ジルベルト初来日記念アルバムに
ナタリーワイズと一緒に1曲参加しました。
ジョアンのカヴァーを中心に、
ジョアンの歌声にインスパイアされた
オリジナル曲も収録予定です.

<参加アーティスト>
宮沢和史・畠山美由紀+Cholo Club・
小野リサ・THE BOOM・
Nathalie Wise&坂本美雨・
Ann Sally・青柳拓次・
saigenji・CHORO AZUL・
ナオミ&ゴロー・Dois Mapas・
中村善郎・AURORA・
So Aegria(順不同・敬略)

くわしくはこちらのサイトへ

坂本美雨さんプロデュースのアクセサリー
“aquadrops”が誕生しました。
aquadrops(アクアドロップス)は、
坂本美雨さんがデザイン・製作、
トータルプロデュースを手がける
オリジナル・アクセサリーです。
美雨さんからのメッセージをどうぞ!
aqua drops...

揺れる水の粒。
したたる、春の慈雨。
冷たい水に触れる、指先。

透明感のある繊細なエレガンス、
毅然としたハードさ、フェミニンな揺らぎ。
耳から首筋、鎖骨へのしなやかなラインは
女性の美しさの象徴のような気がします。
そこを、水滴が一粒流れ落ちるような...。
そんなイメージを抱いています。

幼い頃から、母親や友人や自分のために
ビーズでアクセサリーを作るのが
好きでたまりませんでした。
最近、人を綺麗に見せるラインの洋服が
どんどん消えていき、
女性がドレスアップして行く場所も少なくなった。
そんな中で、おもわず背筋がピンと延びるような、
髪をキュッとアップにして出かけたくなるような。
生活の中で愛しい人や物を
真っすぐに見つめられるような。
自分が大切に作ったピアスを
耳にかける時に感じる、そんな気持ちを、
身につける一人一人にも感じてもらいたいと思い、
一つ一つ作り始めました。

坂本美雨

http://www.miuskmt.com/
 
限定通信販売もスタート!

aquadrops取り扱い店
<20471120>
東京都渋谷区神宮前3ー29ー11 
03ー5410ー2015
12時〜20時
<RICO>
渋谷区恵比寿西2ー10ー8 
03ー5456ー8577
12時〜20時

坂本美雨さんへの激励や感想などは、
メールの表題に「坂本美雨さんへ」と書いて
postman@1101.comに送ってください。

2003-11-06-THU

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