三宅 | 糸井さんは、ご経歴を拝見したら 学生時代から広告のお仕事をはじめられていますよね。 不思議でしょうがないのは それまでに「商い」や「モノづくり」のご経験が そんなにあるはずがないのに、 最初からすごく業績をあげてらっしゃる。 どうしてそんなことができたんだろう? と思ったんですが。 |
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糸井 | 昨日ちょうど、若い人たちに、 ぼくがどうしてこういう立場になったかを 話す機会があったんです。 そのときは、 ぼくはおそらく「超しろうと」だったのがよかった、 と言ったんです。 |
三宅 | 「超しろうと」ですか。 |
糸井 | ええ。 たとえば、広告と消費者の関係を 舞台とそれを観るお客さんに例えると、 それまでの広告屋さんは、 舞台の上にメーカーの方と一緒に立って、 そこから観客席のお客さんに 商品やメッセージを伝えていたんですね。 でも、ぼくは観客席のいちばん前に座っていて、 ちょっとだけ舞台に飛び出ていたんです。 だから、そのときどきで、 舞台に立って喋ることも 下りて観客でいることもできたんです。 |
三宅 | つまり舞台の上にも立つことができる、 ふつうの人。 |
糸井 | そうなんです。 そしてぼくは舞台の上にいるときには 観客席の人たちに得をさせたいんです。 自分も観客のひとりだから。 そして、製品を作っている人たちとの やりとりも対等にできる。 だから舞台の上で お客さんにとって何がメリットなのかをわかって 「おーい、この商品はこう言ってるけど、 あれは嘘だと思うよ。 けど、ここは本当だよ」 と言うことができる。 だから、そこがうまく作用したんだと思うんです。 |
三宅 | あ、なるほど。 |
糸井 | そして、このことは「ほぼ日」も同じなんです。 つまり「ほぼ日」も、 舞台に上ることも下りることもできる位置にあって、 観客席の視点で、あったらいいなと思うものを作ってる。 だから昨日はその若い人たちに むかしも今も基本的なスタンスは変わっていないんです、 と、そんな話をしたんです。 |
三宅 | なるほど。 |
糸井 | もともとぼくはむかしから、 メーカーなどの「製品を作るほう」を川上、 消費者のいる側の「市場」を川下だと考えたときに、 川下側からのアプローチに興味があるんですね。 |
三宅 | そうなんですか。 |
糸井 | 実際に1980年代に、そうした 「川下の側から商品をつくる」というのを 飲み物の会社とふたつ、やったんです。 これは、 みんながすごく「いいな」と思う広告があったとき、 その商品はどんなものだろうという発想で、 商品を作る、というもので。 |
三宅 | つまりそれは 「商品のコンセプト」のほうを先に作って、 そこから実際の商品を作った‥‥ということですか? |
糸井 | そうなんです。 それでひとつは 「変わった味だけど、愉快な飲み物」。 最初は変わった味だなあ、と思いながら飲んでると だんだん気になって、好きになってくる。 コーラも、登場した最初の頃は 「不思議な味だな」とみんな思ったけれど、 飲んでいるうち、だんだん好きになっていきましたよね。 そんな飲み物が、できないかなと思ったんです。 みんなで 「まだおいしすぎる‥‥もっと変な味のほうが」 とか言い合って(笑)。 売上としては、うまくいかなかったんですけど。 もうひとつは、ペンギンのキャラクターの ノンアルコールビールをやりました。 広告は素敵なものができたんだけど、 市場ができていなかったのか、味がよくなかったのか、 こちらも、うまくいかなかったです。 でも、どちらも うまくいったわけではないけれど、 ぼくは、その「川下のほうからモノをつくる」という 発想自体は捨てられなくて。 その考え方が成熟していったものが、 今の「ほぼ日」の商品の考え方なんです。 |
三宅 | と‥‥いいますと? |
糸井 | たとえば、よく例に出すのは、 「洗うだけでなく、干して畳んでくれる洗濯機」。 そんなキャッチコピーがあったら、誰でも読むし、 本当にそんな商品があったら コピーが下手でも、みんな買いますよね。 ただ、ないんですよ、その商品が。 「そういった発想で モノをつくったらいいんじゃない?」 というのが、 「ほぼ日」の商品づくりの発想なんです。 |
三宅 | ああ‥‥なるほど。 ぼくはモノづくりの人たちとつき合いが多いのですが、 いろんな企業が 「作るほう」と「市場から求められているニーズ」の 「作るほう」の視点だけで 頑張っちゃうことがよくあるんです。 で、うまくいかない。 そんなときにぼくは 「もっとニーズ側の発想も取り込んだほうがいいですよ」 とお伝えすることがよくあるんですけど、 糸井さんはその問題を 逆側からアプローチされてきた、ということですよね。 |
糸井 | そうなんでしょうね。 「モノを作るほう」と「求められているニーズ」の 両方が大事だと思っているのはぼくも同じなんだけど、 ぼくは基本的にニーズの側、 さきほどの例で言えば観客側から考えるんです。 だから商品を作るというときでも ぼくは商品自体がまだできてなくても、 「やりたいことや欲しいものがはっきりわかれば、 たぶん大丈夫」 と、考えるんです。 つまり「空を飛べたらいいな」と本気で思えたら、 飛べるようにするのは簡単だと。 ‥‥難しいですよ、もちろん。 でも、ゴールは見えているわけだから、 そのやりかたを見つけてしまえばいい。 「もっとスピードを出したい」と本気で思うなら、 考えようはあるじゃないですか。 望みがはっきりすれば、そこに向かっていくだけだから。 |
三宅 | なるほど、なるほど。 いま話をお聞きしながら思ったのが、 これからは、いま糸井さんがおっしゃられた 市場側からのアプローチのほうが 有利になると思うんです。 というのはやっぱり、 「技術余り」の時代に入ってきましたから。 今は「時間をかけて高い技術を手に入れた」 「特許をとるのにも、お金をかけた」 「維持にもお金をかけている」 ‥‥なのに、何故かそれがお金にかわらない。 で、「ウーン‥‥」と困っている人たちが いっぱいいる状態なんだと思うんです。 |
糸井 | ああー。 でも、何かを目指して作られたわけではない ただただ高い技術を、 うまくニーズとつなげて製品にしていくのは、 なかなか難しそうですね‥‥。 |
三宅 | だと思います。 ただ、どうしてこんなことになっているかといえば、 これまでずっと、 「生産の側」と「市場の側」が分離しすぎて、 「生産の側」にばかり力が入れられてきたからだと 思うんですよ。 なんだか「生産の側」自体が神々しくなって、 「専門家にはこんなに見事な技術がある」 というストーリーばかりが、 テレビ番組などで語られすぎていて。 |
糸井 | 話としては、面白いですからね。 |
三宅 | ただ、やっぱり、市場のニーズを考えに入れないで 技術だけをつきつめていくのは、 やりすぎると自殺行為になりやすいんですよ。 |
糸井 | そうなんでしょうね。 やっぱり、ちょっとでもいいから 「作るほうの側」も「ニーズの側」も、 どちらも観る視点が要るんですよね。 いまはそれぞれの仕事が すごく分業している時代ですけど。 |
三宅 | 本当にそうですよ。 いまは過剰分業ですから、どう考えたって。 |
2013-09-18-WED |