カリスマの名、
返します。

宮村浩気の「はじめの一歩」。

第2回 四谷のお店のときの話


宮村 たまたま藤原さんには
四谷の頃から来ていただいていたので、
青山に開店する頃から
徐々に藤原さんものびていって。
「紀香ヘアと紀香メイクで
 日本中をいっぱいにしよう」
とぼくらは考えていたんですけど。
糸井 それは髪切りながら考えてるの。
宮村 そうですね。けっこう髪を切りながら。

彼女は自分なりに
すごいコンプレックスがあると言ってたんです。
顔だちとか、首が短いとか顔がまるいとか。
そういうのを克服しながら、
でも、ファッションリーダーでも
ありたいじゃないですか。
スタイルはもう抜群のものを持っているので、
そしたらもうあとはヘア&メイクですよね。
それで、何かないかなあというところで
ああいう紀香ヘアが生まれて。
そのきっかけになるのは、まず、
彼女の欠点をカバーするところから
はじまったんですけど。
糸井 モデルになるひとが欠点があったということは、
宮村さんからすると、
チャンスでもあるわけですよね、逆に言えば。
宮村 はいそうです。それを克服して髪型変えて。
よくなったときに藤原さんもどんどん伸びて。
便乗と言うと便乗になってしまうけど。
糸井 馬とひととの関係みたいなもんだよね。
どっちが馬だかよくわからないけど、
おたがいに一緒に考えてた売れない時期があって、
走れるようになって走ったら、
ばーっと行っちゃったわけだ。
宮村 そうですね。けっこう戦いというか・・・。
藤原さんは芸能界との戦いで。
ぼくは美容で一般のひとに
受け入れられるかの戦いで。
それでおたがいに戦ってきた戦友というか。
糸井 戦友か!
「克服しよう」っていうようなことは、
夢がちっちゃい頃にはあまりないじゃないですか。
「四谷で楽しくやってるし」
という子も、いることはいたでしょ?
宮村 はい。
糸井 そういうのを見るとどう思ってたの?
宮村 それはぼくは、
ぜんぜん相手にしないというか土俵が違うなあと。
青山に出店したときも、やっぱり
四谷で安定してやりたいというひとが
けっこういたんですよね。

青山でお店はじめたときは
がらがらだったんですけどね。
だけどいろいろ手を考えて
お客さんがいっぱいになったときには
青山がすごい忙しいじゃないですか。
で、四谷はがらがらでひまになっちゃって。
でも、アシスタントのなかでは、
そのとき青山に行きたくないというひとが
すごい多かったんですよ。忙しくてやだって。
「おなじ給料もらうんだったら、
 四谷にいたほうがいい」
とか。
糸井 そういうひともいるんだー。
宮村 最初はそういうひとばっかりでしたけど、
どんどん青山志向のひとが増えてきて、
今ではもう「四谷にはいたくない」
というのが9割がたで。
糸井 そういう、
「楽に仕事をこなしていきたい」
みたいな思考が、この業界でもあるんですね。
宮村 それはあったと思います。
そこから徐々に美容ブームというようなのに
だんだんなってきて、若いやつには、
「俺もいつかはそういうふうに
 なれるんじゃないかなあ」
という感じのひとが増えてきたので。
糸井 青山を繁盛させてゆくうえで
考えたことって、
今思うとどんなことがありますか?
宮村 1番はじめにしたことは、やっぱり
雑誌社のひととのつながりだと思うんですけど。

「撮影を今度やってみる?」
と雑誌のひとに言われて、
ほんとにヘアのスナップだけなんですけど、
そこで大きな写真を撮ってみると、
それを見たお客さんが
「それにしたい」とお店に来るわけです。
今ではヘアスナップって当たり前になっているけど
ぼくたちのやっていた4〜5年前には
まだ、簡単に仕事がもらえなかったんです。

だから、1作品つくるのにも
写真1枚撮るのにも命がけでやろう、
そこから徐々に広げていこうということになって。
やっぱりいいものには反応があるし、
だめなものにはこんなちっちゃな写真になって。
糸井 モデルさんたちは
プロもいたり素人さんも混じるわけですか?
宮村 ぜんぶ素人さんですよ。
常に、今もそうですけど、
街に出て、モデルハントというのがあるんですよ。
やっぱりかわいくないと写真って大きくならないので、
原宿の表参道とかで、
常にポラロイド持ち歩いたりとか。
その頃、まだ休みがあったので
休みの日にはとりあえず街に出て、
かわいい子を探すとか。
そういうことをみんなでやってましたね。
糸井 それ、そんなに昔の話じゃないよね?
宮村 そうですね、4年前くらい。
糸井 主に、どこ歩いてたんですか?
宮村 ラフォーレ前です。
糸井 うち、前にかみさんが紀伊国屋で
「髪切らせてもらえないですか」
って言われてた。
宮村 「ビューティフルライフ」でも
そういう場面があったじゃないですか、
まさにそうでしたね。
糸井 そうやって撮ろうと考えたのは、
自分たちでなんですか?
宮村 いや、けっこうそういう流れに
なっていました。美容師では。
糸井 長いこと広告業界にいると、
モデルヘアをやるひとは決まったひとで、
素人は、やらなかったじゃないですか。
素人をやるひとはヘア専門だったり。
分かれてましたよね?
それが、だんだん素人モデルみたいなのが
ばーっと出る時期と、重なってますね。
街の子のほうがかわいいじゃん、とか。
宮村 ええ、それはありますね。

2000-04-06-THU

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