宮村 |
たまたま藤原さんには
四谷の頃から来ていただいていたので、
青山に開店する頃から
徐々に藤原さんものびていって。
「紀香ヘアと紀香メイクで
日本中をいっぱいにしよう」
とぼくらは考えていたんですけど。 |
糸井 |
それは髪切りながら考えてるの。 |
宮村 |
そうですね。けっこう髪を切りながら。
彼女は自分なりに
すごいコンプレックスがあると言ってたんです。
顔だちとか、首が短いとか顔がまるいとか。
そういうのを克服しながら、
でも、ファッションリーダーでも
ありたいじゃないですか。
スタイルはもう抜群のものを持っているので、
そしたらもうあとはヘア&メイクですよね。
それで、何かないかなあというところで
ああいう紀香ヘアが生まれて。
そのきっかけになるのは、まず、
彼女の欠点をカバーするところから
はじまったんですけど。 |
糸井 |
モデルになるひとが欠点があったということは、
宮村さんからすると、
チャンスでもあるわけですよね、逆に言えば。 |
宮村 |
はいそうです。それを克服して髪型変えて。
よくなったときに藤原さんもどんどん伸びて。
便乗と言うと便乗になってしまうけど。 |
糸井 |
馬とひととの関係みたいなもんだよね。
どっちが馬だかよくわからないけど、
おたがいに一緒に考えてた売れない時期があって、
走れるようになって走ったら、
ばーっと行っちゃったわけだ。 |
宮村 |
そうですね。けっこう戦いというか・・・。
藤原さんは芸能界との戦いで。
ぼくは美容で一般のひとに
受け入れられるかの戦いで。
それでおたがいに戦ってきた戦友というか。 |
糸井 |
戦友か!
「克服しよう」っていうようなことは、
夢がちっちゃい頃にはあまりないじゃないですか。
「四谷で楽しくやってるし」
という子も、いることはいたでしょ? |
宮村 |
はい。 |
糸井 |
そういうのを見るとどう思ってたの? |
宮村 |
それはぼくは、
ぜんぜん相手にしないというか土俵が違うなあと。
青山に出店したときも、やっぱり
四谷で安定してやりたいというひとが
けっこういたんですよね。
青山でお店はじめたときは
がらがらだったんですけどね。
だけどいろいろ手を考えて
お客さんがいっぱいになったときには
青山がすごい忙しいじゃないですか。
で、四谷はがらがらでひまになっちゃって。
でも、アシスタントのなかでは、
そのとき青山に行きたくないというひとが
すごい多かったんですよ。忙しくてやだって。
「おなじ給料もらうんだったら、
四谷にいたほうがいい」
とか。 |
糸井 |
そういうひともいるんだー。 |
宮村 |
最初はそういうひとばっかりでしたけど、
どんどん青山志向のひとが増えてきて、
今ではもう「四谷にはいたくない」
というのが9割がたで。 |
糸井 |
そういう、
「楽に仕事をこなしていきたい」
みたいな思考が、この業界でもあるんですね。 |
宮村 |
それはあったと思います。
そこから徐々に美容ブームというようなのに
だんだんなってきて、若いやつには、
「俺もいつかはそういうふうに
なれるんじゃないかなあ」
という感じのひとが増えてきたので。 |
糸井 |
青山を繁盛させてゆくうえで
考えたことって、
今思うとどんなことがありますか? |
宮村 |
1番はじめにしたことは、やっぱり
雑誌社のひととのつながりだと思うんですけど。
「撮影を今度やってみる?」
と雑誌のひとに言われて、
ほんとにヘアのスナップだけなんですけど、
そこで大きな写真を撮ってみると、
それを見たお客さんが
「それにしたい」とお店に来るわけです。
今ではヘアスナップって当たり前になっているけど
ぼくたちのやっていた4〜5年前には
まだ、簡単に仕事がもらえなかったんです。
だから、1作品つくるのにも
写真1枚撮るのにも命がけでやろう、
そこから徐々に広げていこうということになって。
やっぱりいいものには反応があるし、
だめなものにはこんなちっちゃな写真になって。 |
糸井 |
モデルさんたちは
プロもいたり素人さんも混じるわけですか? |
宮村 |
ぜんぶ素人さんですよ。
常に、今もそうですけど、
街に出て、モデルハントというのがあるんですよ。
やっぱりかわいくないと写真って大きくならないので、
原宿の表参道とかで、
常にポラロイド持ち歩いたりとか。
その頃、まだ休みがあったので
休みの日にはとりあえず街に出て、
かわいい子を探すとか。
そういうことをみんなでやってましたね。 |
糸井 |
それ、そんなに昔の話じゃないよね? |
宮村 |
そうですね、4年前くらい。 |
糸井 |
主に、どこ歩いてたんですか? |
宮村 |
ラフォーレ前です。 |
糸井 |
うち、前にかみさんが紀伊国屋で
「髪切らせてもらえないですか」
って言われてた。 |
宮村 |
「ビューティフルライフ」でも
そういう場面があったじゃないですか、
まさにそうでしたね。 |
糸井 |
そうやって撮ろうと考えたのは、
自分たちでなんですか? |
宮村 |
いや、けっこうそういう流れに
なっていました。美容師では。 |
糸井 |
長いこと広告業界にいると、
モデルヘアをやるひとは決まったひとで、
素人は、やらなかったじゃないですか。
素人をやるひとはヘア専門だったり。
分かれてましたよね?
それが、だんだん素人モデルみたいなのが
ばーっと出る時期と、重なってますね。
街の子のほうがかわいいじゃん、とか。 |
宮村 |
ええ、それはありますね。 |