- ──
- 望月さんが版画をはじめたきっかけって
何だったんですか?
- 望月
- ほんとうの話をすりゃ、
まんぞくに年金も払ってなかったからさ、
仕事引退してから
油絵の絵の具を買う金がなかったんだよ。
でも、だからといって何もしねえんじゃ、
つまんねえから、町田でさ‥‥。
- ──
- 町田?
- 望月
- 町田の国際版画美術館。
美術館なんだけど1階に工房があって、
木版・シルクスクリーン・リトグラフ・銅版画、
それぞれの制作スペースがあって、
予約すりゃあ、みんなで使っていいんだ。
- ──
- なるほど。
- 望月
- 俺、28年か29年くらい前から通ってんだ。
稲城の家から1時間半かけてね。
で、あるときに
俺も銅版画やってみてえんだっつったらさ、
町田の役人が、
「腐食がわかんねえんなら
あんたには、やらせてあげねえ」って。
- ──
- え、そうなんですか。
- 望月
- でも、俺が何年もシルクやってたって言うと
そこの学芸員の人が来てさ、
「なんだ、あんたね、
それだけシルクやってきたんなら、大丈夫。
あんた、来なさいよ。
私がなんとかしてあげますから」って。
- ──
- それで‥‥入れ込んじゃって。
- 望月
- そうそう、入れ込んじゃって、
あるときに
銅版に使うプレス機を買おうとしてたら
材料屋が来てよ、
「おめえ、もう老い先みじけえんだから、
やめとけ、やめとけ。
死んでから機械を片付けるつったら、
娘に怒られるぞ、親父。
葬式出すだけでも大変なのに
デカい機械まで片づけさせられちゃあ
たまったもんじゃねえだろ」って。
- ──
- 大きいんですか、その機械。
- 望月
- デカいというか、重たいんだよ。
友だちが安く売るよって言ったんだけど
そのハギワラって材料屋が
「おい、悪いこと言わねえ。
やめたほうがいいぞ、おめえ」って。
- ──
- 何でそこまで止めるんですかね(笑)。
- 望月
- 材料屋が言うにはさ、
「死んだら誰かが片づけなきゃなんねえ。
ピアノみたいに
何年かすりゃ調節もしなきゃなんねえ。
それなら、めんどうでも
町田でやってたほうがいいってもんだ」
って。
でも、よかったよ、俺、買わなくて。
あれから3回も引っ越ししてるから。
- ──
- うわ、危なかったですね(笑)。
- 望月
- あんなのがあったら、それこそ大変だよ。
1回の引っ越しで、
2万か3万、よけいに取られちゃうよな。
材料屋の言うこと聞いといてよかったよ。
- ──
- でも、そんなこんなで、銅版をはじめて。
- 望月
- もっとも、はじめは
ぜんぜん、うまくいかなかったけどね。
- ──
- それは、どれくらいの期間ですか?
「うまくいかなかった」のって。
- 望月
- 10年くらい。
- ──
- 10年も。
- 望月
- 10年くらいは、うまくいかなかった。
だって、
ぜんぜん売れなかった「顔」の個展から
今度の「どうぶつたち」で
多少、買ってもらえるようになるまで
12年くらい、間あんだから。
- ──
- そうか‥‥10年の試行錯誤。
- 望月
- うん。
- ──
- それって、銅版画が
はじめての手法だったから‥‥ですか?
- 望月
- そうだね、やっぱり「銅版」ってものを
よくわかってなかったよね。
ただまあ「10年」つったって、
俺ほど町田に通ってるやつはいないけど
20年くらいなら、ザラにいるから。
20年、毎週通ってくるばあさんとかね。
やっぱり、女の人が強いよ。
- ──
- 銅版画って、
どんなところがおもしろいですか?
- 望月
- まあねえ、苦しいことだってあるけど、
版画がおもしれえと思って、
結局、何十年も通っちゃったんだよねえ。
何だろうな‥‥おもしろさ、か。
- ──
- たとえば、刷り上がった作品が
よくできたとか、
今回はよくできなかったとか、
予想外な感じで、できあがったとか‥‥。
- 望月
- ま、そういうのはあるよね。
でもさ、結局、
こんな、
妙なサルやらシロクマの版画が売れるとは、
俺、まったく思ってなかったわけ。
- ──
- ええ。
- 望月
- なのに、銀座の画廊でも売れたし、
ここのギャラリーでやったときなんか
展示作品の半分以上売れちゃった。
やあ、もう、あれにはビックリしたよ。
そういう
意外性みたいなおもしろさは、あるよ。
- ──
- ぼくなんかからしたら
「これ、ほしい!」って思いますけど。
- 望月
- ああ、そうかい?
いや、女房がさ、はっきり言うから。
「親父、妙ちくりんなものは
町田のゴミ箱に捨ててきなさいよ。
家に置かれたって
邪魔になってしかたないんだ」
- ──
- お聞きしてると、
奥さまとは仲良さそうですよね(笑)。
- 望月
- 使ったあとの銅板って売れるんだよ。
こないだなんか
「1キロ400円」くらいで買ったのを、
300キロ、売りに行ったらね、
「1キロ500円」で買ってくれたんだ。
- ──
- え、もうかったじゃないですか。
- 望月
- 女房つれてって300キロ売って、
「さんごじゅうご」で「15万だよ」って
よろこんでたらさ、
駄賃で5万円よこせって持ってかれたよ。
- ──
- 誰にですか。
- 望月
- 女房にだよ。
俺の小遣いはたいて買った銅板を
売った金なのに
「あんたに金持たしてもロクなことない。
酒、飲むくらいのもんだ」
っつって、持ってかれちゃったよ(笑)。
- ──
- 奥さんとは
どうやってお知り合いになったんですか。
- 望月
- いやあ‥‥いろいろあってね。
- ──
- いろいろありましたか(笑)。
- 望月
- あれはあれで女子美だからさ、
なまじ絵のことは知ってるもんで
うるせえんだよ。
ゴミはゴミ箱に捨ててこいってさ。
- ──
- 奥さんの褒める作品も、あるんですよね?
- 望月
- そりゃあまあ‥‥ね。で、何の話だっけ?
- ──
- 銅版画をはじめられたきっかけどか、
おもしろさとか‥‥。
- 望月
- ああ、そうそう。
ただ、いまコンピュータでしょ、みんな。
絵でも図案でも
パソコンの上でやっちゃうわけだよね。
- ──
- その割合、どんどん増えてますでしょうね。
- 望月
- そりゃあ便利だし、安くできるだろうし、
経済の意味では、いいと思うよ?
だけどさ、人間が手で描く絵ってのもさ、
なくなっちゃうと、おもしろくないよ。
- ──
- そう思います。
- 望月
- 町へ出たってさ、
昔はたくさんポスター貼ってあったんだ。
電柱でも、壁でも、電車の中吊りでもさ。
- ──
- ええ。
- 望月
- でもいま、ポスターなんか
貼るとこなくなってるでしょ、世の中に。
- ──
- ポスターを貼る場所‥‥そうかも。
町のなかが、キレイになったからなのか、
わかりませんけど、たしかに。
- 望月
- だけど、時代はそうかも知れないけど
版画ってのは、おもしろいんだ。
どこがどうってあんまり言えないけど、
やっててよかったと思うね。
- ──
- 売れたし。
- 望月
- うん、売れたしね。
<つづきます>
2015-05-13-WED