HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN 謎の爺 と ふしぎな「どうぶつたち」。80歳の版画家・望月計男さんの作品がすごい。
──
望月さんが版画をはじめたきっかけって
何だったんですか?
望月
ほんとうの話をすりゃ、
まんぞくに年金も払ってなかったからさ、
仕事引退してから
油絵の絵の具を買う金がなかったんだよ。

でも、だからといって何もしねえんじゃ、
つまんねえから、町田でさ‥‥。
──
町田?
望月
町田の国際版画美術館。

美術館なんだけど1階に工房があって、
木版・シルクスクリーン・リトグラフ・銅版画、
それぞれの制作スペースがあって、
予約すりゃあ、みんなで使っていいんだ。
──
なるほど。
望月
俺、28年か29年くらい前から通ってんだ。
稲城の家から1時間半かけてね。

で、あるときに
俺も銅版画やってみてえんだっつったらさ、
町田の役人が、
「腐食がわかんねえんなら
 あんたには、やらせてあげねえ」って。
──
え、そうなんですか。
望月
でも、俺が何年もシルクやってたって言うと
そこの学芸員の人が来てさ、
「なんだ、あんたね、
 それだけシルクやってきたんなら、大丈夫。
 あんた、来なさいよ。
 私がなんとかしてあげますから」って。
──
それで‥‥入れ込んじゃって。
望月
そうそう、入れ込んじゃって、
あるときに
銅版に使うプレス機を買おうとしてたら
材料屋が来てよ、
「おめえ、もう老い先みじけえんだから、
 やめとけ、やめとけ。
 死んでから機械を片付けるつったら、
 娘に怒られるぞ、親父。
 葬式出すだけでも大変なのに
 デカい機械まで片づけさせられちゃあ
 たまったもんじゃねえだろ」って。
──
大きいんですか、その機械。
望月
デカいというか、重たいんだよ。

友だちが安く売るよって言ったんだけど
そのハギワラって材料屋が
「おい、悪いこと言わねえ。
 やめたほうがいいぞ、おめえ」って。
──
何でそこまで止めるんですかね(笑)。
望月
材料屋が言うにはさ、
「死んだら誰かが片づけなきゃなんねえ。
 ピアノみたいに
 何年かすりゃ調節もしなきゃなんねえ。
 それなら、めんどうでも
 町田でやってたほうがいいってもんだ」
って。

でも、よかったよ、俺、買わなくて。
あれから3回も引っ越ししてるから。
──
うわ、危なかったですね(笑)。
望月
あんなのがあったら、それこそ大変だよ。

1回の引っ越しで、
2万か3万、よけいに取られちゃうよな。
材料屋の言うこと聞いといてよかったよ。
──
でも、そんなこんなで、銅版をはじめて。
望月
もっとも、はじめは
ぜんぜん、うまくいかなかったけどね。
──
それは、どれくらいの期間ですか?
「うまくいかなかった」のって。
望月
10年くらい。
──
10年も。
望月
10年くらいは、うまくいかなかった。

だって、
ぜんぜん売れなかった「顔」の個展から
今度の「どうぶつたち」で
多少、買ってもらえるようになるまで
12年くらい、間あんだから。
──
そうか‥‥10年の試行錯誤。
望月
うん。
──
それって、銅版画が
はじめての手法だったから‥‥ですか?
望月
そうだね、やっぱり「銅版」ってものを
よくわかってなかったよね。

ただまあ「10年」つったって、
俺ほど町田に通ってるやつはいないけど
20年くらいなら、ザラにいるから。

20年、毎週通ってくるばあさんとかね。
やっぱり、女の人が強いよ。
──
銅版画って、
どんなところがおもしろいですか?
望月
まあねえ、苦しいことだってあるけど、
版画がおもしれえと思って、
結局、何十年も通っちゃったんだよねえ。

何だろうな‥‥おもしろさ、か。
──
たとえば、刷り上がった作品が
よくできたとか、
今回はよくできなかったとか、
予想外な感じで、できあがったとか‥‥。
望月
ま、そういうのはあるよね。

でもさ、結局、
こんな、
妙なサルやらシロクマの版画が売れるとは、
俺、まったく思ってなかったわけ。
──
ええ。
望月
なのに、銀座の画廊でも売れたし、
ここのギャラリーでやったときなんか
展示作品の半分以上売れちゃった。

やあ、もう、あれにはビックリしたよ。
そういう
意外性みたいなおもしろさは、あるよ。
──
ぼくなんかからしたら
「これ、ほしい!」って思いますけど。
望月
ああ、そうかい?
いや、女房がさ、はっきり言うから。

「親父、妙ちくりんなものは
 町田のゴミ箱に捨ててきなさいよ。
 家に置かれたって
 邪魔になってしかたないんだ」
──
お聞きしてると、
奥さまとは仲良さそうですよね(笑)。
望月
使ったあとの銅板って売れるんだよ。

こないだなんか
「1キロ400円」くらいで買ったのを、
300キロ、売りに行ったらね、
「1キロ500円」で買ってくれたんだ。
──
え、もうかったじゃないですか。
望月
女房つれてって300キロ売って、
「さんごじゅうご」で「15万だよ」って
よろこんでたらさ、
駄賃で5万円よこせって持ってかれたよ。
──
誰にですか。
望月
女房にだよ。

俺の小遣いはたいて買った銅板を
売った金なのに
「あんたに金持たしてもロクなことない。
 酒、飲むくらいのもんだ」
っつって、持ってかれちゃったよ(笑)。
──
奥さんとは
どうやってお知り合いになったんですか。
望月
いやあ‥‥いろいろあってね。
──
いろいろありましたか(笑)。
望月
あれはあれで女子美だからさ、
なまじ絵のことは知ってるもんで
うるせえんだよ。

ゴミはゴミ箱に捨ててこいってさ。
──
奥さんの褒める作品も、あるんですよね?
望月
そりゃあまあ‥‥ね。で、何の話だっけ?
──
銅版画をはじめられたきっかけどか、
おもしろさとか‥‥。
望月
ああ、そうそう。
ただ、いまコンピュータでしょ、みんな。

絵でも図案でも
パソコンの上でやっちゃうわけだよね。
──
その割合、どんどん増えてますでしょうね。
望月
そりゃあ便利だし、安くできるだろうし、
経済の意味では、いいと思うよ?

だけどさ、人間が手で描く絵ってのもさ、
なくなっちゃうと、おもしろくないよ。
──
そう思います。
望月
町へ出たってさ、
昔はたくさんポスター貼ってあったんだ。

電柱でも、壁でも、電車の中吊りでもさ。
──
ええ。
望月
でもいま、ポスターなんか
貼るとこなくなってるでしょ、世の中に。
──
ポスターを貼る場所‥‥そうかも。

町のなかが、キレイになったからなのか、
わかりませんけど、たしかに。
望月
だけど、時代はそうかも知れないけど
版画ってのは、おもしろいんだ。

どこがどうってあんまり言えないけど、
やっててよかったと思うね。
──
売れたし。
望月
うん、売れたしね。


<つづきます>
2015-05-13-WED