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＜よるのぶらんこ＞
やっぱり満月の夜だから、人はふいをつかれるのだ。
うっかりしていた。
いつもよりもさらにうっかりしていたのだ。
だれが考えたんだろう。
＜公園のぶらんこ＞
木でこしらえた椅子とそれをつなぐ鎖だけだというのに、
そこに座ると、だれもが運ばれてしまう。
ちょっと彼方に。
みもこころもすうぃんぐされて。
ちっちゃな旅をどうぞといわんばかりに。
わたしは、誘われた、満月の夜に。
ちょっと、ぶらんこ乗っていかへんかって。
ぶらんこというちょっとめらんこりーなのりものに
いちばんにつかわしくないおじさんに。
おじさんはもうかなり＜いかつい＞のだ。
ちょっと、藤岡啄也と志賀勝とかに少し似ている。
そして広告会社のわんまんな社長さんだ。
よりによって、そんな社長さんにわたしが
いざなわれ、すんなり、断れるはずがない。
だってわたしはすこぶる社長さんがすきだから。
社長さんは夜の公園で、ぶらんこの前で
ためらいながら言ったのだ。
『ここいら辺も、新地の匂いせーへんようになったな』
って。
しんちのにおい。
社長さんのだいすきなにおい。
社長さんがだいすきなしんちのおね−さんたちのにおい。
いつの頃からか、ネオンサインの明るさもめっきり
減ってしまっていたけど。
そんなことわたしにとってはどうでもいいことで。
でも、社長さんの鼻やからだのあちこちが知っている
社長さんだけのしんちのにおい。
わたしがどんなに匂いにたけていたとしても、きっと
知り得ることのできないとくべつのにおい。
『ええかー。あんた誰にもの言うとんのや〜。
今、電話してきてな、ちょい呑みに行こうやなんて
できるわけないやろ〜。
わし、今なあんたも知っとるやろ重病人なんやで〜
ほんまに、冗談もやすみやすみ言いやっ』
電話を乱暴に切ったあとも社長さんの罵声は
ロッカーからコピー機のところまで
ずっと続いていました。
もうほんとうに、でたらめだらけです。
社長さんは気分屋ですから気にくわない相手の
誘いには、きっちり病人のふりをするのです。
そして、優等生の患者さんのふりをするのです。
病気をなおすんは医者やない、わしじゃ〜と
うそぶきながら。
絶対禁煙ですよ！と主治医のセンセのいいつけを
ヘ−キで破りながら。
そしてきれいなおねーさんと出かけてしまうのです。
ピースの煙りをごわんごわんとまき散らしながら。
ぜんぜんやせっぽちにもならないし。
肌なんかつやつやで。
むっちむっちに太ってて。
もう、命の期限がじぶんでわかってしまっている
やっかいな荷物をからだに抱えてしまっているなんて。
きっと、もしかしたら社長さんのでまかせかもしれない。
ぶらんこは満月に照らされて。
鉄の鎖は、じかんの証のようにさびさびで。
社長さんはちょっと黙っていたのですが。
息を整えるようにして、低い声を夜の風に紛らせました。
『しょうわるおんなをな、ひとり飼うてるおもったら
ええんとちゃうか。それもおもろいがな』
からだをいたわる。だなんて死んでもせーへん。
そういう意味なんでしょうか。
でもわたしはかつて社長さんが数々のぷれぜんを、
もうなかば暴力的に勝ち取ってきたように、
こんどだって、とっぱしてくれることを信じてます。
そんなことを思っていたらわたしは夜のぶらんこを、
思いきり漕ぎたくなって。
地面を蹴りあげて
あの満月の浮かぶ空まで届くように。
夜のぶらんこ漕ぎにいそしみました。
そしたら社長さんはちらっとわたしを見て笑いながら
言ったのです。
『やっぱり、あんたはげんきなんやな・・・。
そりゃええこっちゃ』
と。
わたしにとってそのひとことは、
とてもさびしかったのですが。
社長さんよりもさびしくなることは
るーる違反なので、わたしはひきつった笑いで答えたのです。
そのときに月明かりでみえた社長さんのこと。
鎖をつかむ指。
所在なげに投げ出した脚。
うわのそらのからだ。
どれもどれも、わたしのだいすきな社長さんの
いちぶでぜんぶでした。
やっぱり満月だからふいをつかれるのでしょうか。
うっかりしていたのです。
いつもよりさらにうっかりしていたのです。
夜のぶらんこにこんなにふさわしくない
だいすきな社長さんとふたりで、ゆられてしまったなんて。
こんなことだったら、じぶんのことよりだいすきです、
社長さんのこと。
と言えれば、よかったのに。
満月の夜だから
いっそるなてぃっくに
なってしまえれば・・・。
それだけが後の祭りでした。
そしたら何故だか
ゆやあん ゆよん ゆやゆよん
という昔の人の詩を読んだときの腹立たしさが、
からだのいえない場所からこみあげてきたのでした。
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この間上京したとき青山ブックセンターに
ゆきました。そこでもりまりこの
第一歌集『ゼロ・ゼロ・ゼロ』
（フーコー／星雲社）が、
相田みつをさんの隣にちょこんと座っている
のを発見しました。うれしかったです。
みなさん、どうぞお手に取って頂けたら
幸いです！
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