第2章 先生を探す(3)。
ここまで連載を読み進めてこられた読者も、
おそらくぼくと同じ考えなんだと思うが、
6名の親切な方々のなかでも、
特にさまざまな条件が整っているのは、
5番目に届いたメールのN波さんだと、ぼくは考えた。
あとは、「先生の行く先は、ご近所の町じゃなくて、
クルマで10分くらい走って行く場所」だということを、
N波さんに了解していただけるか、だけだ。
おっと、そういえば、生徒である母Aとの
良好な人間関係を結んでもらえないと大変なことになる。
母Aは、ぼくがかなり強引にいろんなことを決めて、
どんどん話を進めてしまっていることを、
どう考えているのだろうか。
もし、ちょっとでも困ったモンだと思っているのだとすれば
N波先生がよろこんで出かけていっても、
いい関係がつくれるとは考えにくい。
それと、ちょっと後ろめたいところも、ぼくにはあった。
これは、「ほぼ日」で連載したらいい企画になるぞう、
という邪な野心を、当然このころには抱いていたので、
多少は母Aがめんどくさがっても、
後戻りはしたくないという気持ちになっていたのだ。
親孝行にしてはかなり不純だが、
母Aも先生も、読者もよろこんでくれるのだとしたら、
これはもう突き進むしかない。
本心を母Aに電話で問い合わせしたところで、
「ほんとはイヤなんだけどねー」と、
はっきり言うとも思えないし、
もしはっきり言われたら、困ってしまう。
だから、そのへんのことは考えないことにして、
とにかく「ていねいに」「だれにも失礼のないように」
ということだけを意識して、話を進めていこうと決意した。
とにかく、まずはN波さんに、
お願いしたいというメールを出してみよう。
同時に、N波さん以外の方々に、
お断りのメールを入れることをはじめた。
以下は、まず、N波さんへの、ぼくからのメールだ。
ご親切、ありがとうございます。
いま、全部の方にお礼のメールをだすところです。
ぼくとしては、
以下の「お断りのメール」に記しましたような理由で、
N波 さんに「先生」をお願いしたいと考えたのですが、
いくつか検討しておかなくてはいけない問題があります。
まず、
M町の実家は、ぼくの継母が住んでいるところで、
一般にぼくが母と呼んでいるのは、こちらです。
しかし、今回は、実母のほうでありまして、
こっちの母とは、10回くらいしかぼくも会っていません。
でも、ヘンなばあさんです。
なんといっても、年金しか収入源がないはずなのに、
世界各国を旅行して回っている80代なのです。
好奇心と何かがとても丈夫なんだと思います。
しばらく前までは、機織りと染色をやっていて、
いまでもダンスやらバレーやらを見に
東京に出てきています。
謎のばばぁなんです。
それはいいんですが、M町じゃないということは、
もっと家が遠いということです。
前橋市xxx町x−x−x
(0272)xxーxxxx
という住所と電話ですが、この距離は、大丈夫でしょうか?
基本的には、一度セッティングしたら、
あとは遠隔操縦でもいいようにも思うのですが、
N波さんの通う距離の負担が心配です。
それでもよろしければ、
ぜひお願いしたいのですが、
この件についての、
(遠慮なしの)お返事をいただけますか?
まず、それを待って、次の方策を考えはじめます。
お忙しいのに本当に恐縮ですが、
まずは、それでも可能かどうかのお返事を、
よろしくおねがいします。
なお、余談ですが、ぼくは、第4保育所の出身者です。
さらに桃井小学校の出身です。
そのあとは第一中学で、前橋高校というコースでした。
ろくでもないこどもでしたがね。
他の方々にお送りしたメールの共通部分を、
参考までに貼付しておきます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
>前橋の母Aの先生をやってくださるというお申し出、
>たいへんありがたく承りました。
>ひとりでもいたらなぁ、
>という藁にもすがる思いでしたが、
>6名の方々から、メール
>を頂戴しました。
>
>実際に、惚けてはいないとはいっても、
>80過ぎのばあさんにコンピュータを教えるというような
>「大冒険」は、一筋縄ではいかないと、
>ぼく自身がおそろしいことを考えたものだと、
>いまさらながらにあきれています。
>
>頼み事をしているくせに「選考」などというのも、
>ほんとうに心苦しいのですが、
>iMacを買ってしまったこと、
>家までの距離、
>手ほどきの経験などを考慮しまして、
>「M町」にお住まいの主婦の方(仕事もソーホーで)に、
>お願いしようと考えています。
>
>むろん、どの方もおひまがたっぷり
>あるはずもありませんので、
>何かの時にはあらためてご連絡を差し上げることに
>なるかもしれませんが、
>その節は、どうぞよろしくおねがいします。
>
>ほんとうに、ご親切、ありがとうございました。
>これからも、「ほぼ日」と、
>近日公開のこの企画とを、どうか
>あたたかく見守ってやってください。
>
>1999年6月1日 糸井重里
では、お返事をお待ちしています。
母Aには、「謎のばばあ」呼ばわりして、
ちょっと申し訳ないとは思ったが、
こういう場合には、「身内」としての「謙譲的誇張」が、
必要なのではないかと思ったので、あえて書いた。
「豚児」とか「愚妻」とかに近い、
日本のオヤジ的なレトリックだと思って許してください。
とにかく、これくらいおおげさに正直に説明しておいて、
それでも「お引き受けします」と言ってもらえたら、
相当安心できると思えた。
返信はすぐに届いた。
(いいところで、明日に続く)
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