伊藤まさこさんと高知を訪ねました。
一泊二日の小さな旅のなかで、
いくつかあった目的のひとつが、
セブンデイズホテルのオーナーである
川上絹子さんのお話を聞くことでした。
セブンデイズホテルは、
料金でいえば、エコノミーホテルとか、
バジェットホテルと呼ばれる価格帯の、
いわゆるビジネスホテルなのですけれど、
なんとも気持ちの良い空気に満ちているんです。
部屋も、コンパクトで、居心地がいい。
国内誌で「世界100選」のホテルに
ビジネスホテルとしては唯一、
選ばれたこともあるほど!
その秘密は、インテリア? スタッフ?
高知という土地柄?
それとも、川上さん自身にあるのかな?
伊藤まさこさんによるインタビューは、
アートのある空間のことからはじまり、
調度品のこと、経営のこと、住まいのこと、
川上さんのこと、これからのホテルの姿へとすすみます。
全7回、おたのしみください。
(写真=有賀 傑)
川上絹子さんのプロフィール
川上絹子
高知市・セブンデイズホテル/
セブンデイズホテルプラス オーナー。
創業50年のガソリンスタンドから
ホテル業へ転身。
創業時から、これまでのビジネスホテルの
「定番」的なあり方を改革、
快適なしつらい、アートのある空間づくり、
あたたかくフレンドリーなサービス、たのしい朝食と、
「まるで自分の部屋のように」くつろげるムードで
人気となっている。
その2アートが救ってくれたもの。
- 川上
- 私は、美術の勉強をしているわけでも何でもなくて、
美術館に行っても「最速」って言われるんですよ。
どんなに並んで入っても最速で出てくるって。
- 伊藤
- 私もです!
- 川上
- もうバーッと見て、解説も読まず、
気に入った絵を見つけたら
もう1回引き返して見て、
心の中で「これ、お持ち帰り! お買い上げ!」
って考えるのが好きだからなんです。
気に入った作品だけを見て、ものすごく満足する。
- 伊藤
- わかります。
アートは、お宅にも飾られていますか?
- 川上
- はい、みんなが集まる部屋にも、
それぞれの部屋にも掛けています。
子育てをしてきた過程でも、
この作者はすごく偉い人だとかいうんじゃなくて、
当たり前のようにそこにあるようにしていました。
そうすると子どもたちは、
独立してそれぞれの家庭を持ったときに、
やはり当たり前のように
絵は掛けるものだと考えてくれるはずだと。
自分たちが気持ちを豊かに暮らすために
それは必要なものだと思ってくれるはずだと。
模様替えをするにしても、
「ここにこの絵を掛けるために、
こういうふうにする」とか、
「こういう絵が掛けたいんだ」とか、
そういうことを、ハードルをうんと低くして。
- 伊藤
- セブンデイズホテルプラスに
滞在して改めて思ったことは、
「嫌なものがない」ということでした。
もちろん絵があって気持ちいいし、
ベッドの寝心地がいい、そういうプラスのことも
あるわけですが、
「嫌なもの」が、ないんです。
- 川上
- そうですか! 嬉しいな。
- 伊藤
- リーズナブルな宿泊料金を設定するため、
ビジネスホテルはいろいろな面で節約をして、
調度品などを考えていると思うんです。
そのなかで、セブンデイズホテルのようなところって、
ほかにあまりないような気がします。
ビジネスホテルには、
出張で泊まることが多いんですが、
壁が不思議な色だなとか、
使いづらい机だなとか、段差が多いとか、
なぜこの絵を飾っているんだろうとか、
すごく気になるんですよね。
個人的に行くホテル、
たとえばリゾートホテルなら
「好きなものがある」ことが
選ぶポイントになるんでしょうけれど、
ビジネスホテルは、利便性や価格で選びますよね。
そんななか「嫌なものがない」と感じられるのって、
実はすごいことじゃないかなって思います。
出張や観光で泊まるのに、バジェットを抑えたくて
ここを選んだのに、こんなに快適だと、
みんな、思っているんじゃないかな。
- 川上
- ありがとうございます。
- 伊藤
- 嫌なものがなくって、しかも松林さんの絵がある。
部屋は、ごてごてしてない空間の中に、
ぽつんと松林さんの版画があることが、
すごくポイントになっていますよね。
あの版画があることで、
「わたしの帰る部屋」になる。
すごいなあと思いました。
川上さんは、松林さんの作品の、
どういうところが好きですか?
- 川上
- 松林さんの作品には、具象っぽいものもあれば、
抽象的なものもあるんですけど、
私、線が好きなんです。
彼の描く線が。
- 伊藤
- 線! 昨日、スケッチブックを
見せていただいたんですけど、すごかったです。
- 川上
- パッと線を1本描いただけで、
その線の力がわかるんです。
今、ロビーの、道路に面した側は、
ガラスにフィルムを貼ってるんですけど、
いちど、アクシデントがあって、
ガラスが大きく割れてしまったんですね。
幸い、けが人はいなかったんですけれど、
その日に泊まっているお客様もいるし、
その日にチェックインするお客様だっているわけです。
なのに、ホテルのロビーのガラスが
大きく壊れているのは、いけませんよね。
どうしたらいいかわからなくなって、
私は建設業者に連絡をするのとほぼ同時に
松林さんに電話をかけたんです。
「松林さん、すぐ来てください。助けてください」って。
- 伊藤
- えっ? どういうことですか?
- 川上
- 建設会社の人に、
「今日中ですよ。今日中にパネルを貼ってください。
ブルーシートじゃダメなんです」とお願いし、
翌日に、松林さんに来てもらって、
そこにペイントをしてもらいました。
- 伊藤
- すごい。
トラブルを解決したのは、アートだったんですね。
- 川上
- そうなんです。通りがかる人も
「アートイベントですか?」って。
私も「そうです。素敵でしょう?」って(笑)。
それが、ものすごくよかったんですよ。
私も口を出してしまって、
「ここにもう1本、線があるといいんじゃない」
なんて、アーティストに向かって
何言ってるんだろうって思いながら(笑)。
- 伊藤
- 松林さんもすごく楽しかったんじゃないですか。
事故がきっかけですから、それを楽しいといったら
ちょっと失礼かもしれませんが‥‥。
- 川上
- そのあと、あたらしいガラスを入れるために
パネルは撤去するんですが、
素晴らし過ぎて、壊したくないくらいでした。
本当に力を貸してくださった。
- 伊藤
- 具体的には、どんな絵だったんですか?
- 川上
- これがその当時の写真です。
抽象画のような、具象画のような、
これぞ松林さん、という絵でしたよ。
- 伊藤
- わぁ! 自由で、大胆で、
のびのびとしていますね。
- 川上
- 最初、どうしたかというとね、
白いパネルに線をサッと描いたんです。
その線、いっぽんが、もう素晴らしくて!
そして、こういう絵って、
なにをもって完成とするかは、
本人にしかわからないところがあるんですが、
普通はもっと描きたがるんじゃないかと思うところを、
えいやっと、きっぱり終わらせる、みたいなね。
- 伊藤
- 力があるんですね。
- 川上
- ものすごく、よかったですよ。もう本当によかった。
そのあと、仮設のパネルをいったん壊して、
ガラスを入れるための工事をするために、
外側を、真っ白の丈夫で大きなテントで覆うのを見て、
松林さん、そのテントにも描こうって。
そうすると、前を通る人たちは、
事故があったことも気がつかないし、
工事のあいだ、絵がどんどん変化していくから、
「アートイベントだ!」と思ってくださった。
最後には、「これで完結ですか?」みたいな(笑)。
「そうなんですよ、素敵でしょ?」と、
そんなストーリーができあがったんです。
- 伊藤
- すごいですね。
トラブルを解決するためのアイデアが、
アートだったって。
- 川上
- ホテルにとって、事故というのは、
ものすごいマイナスな要因なんですが、
松林さんのおかげで、アートに救われました。
もう本当に、ピンチがチャンス!
みたいな気分でしたよ。
メンタル的にテンション下がりそうで、
「どうしてくれるんだ」と、
事故を起こした人を責めそうなところを、
「しかたがない。起こったことはしかたない。
誰も怪我をせず、よかった。
じゃ、次に行きましょう!」
みたいな感じで(笑)。
- 伊藤
- なるほど。その切り替え方をする川上さんに、
高知の女の人の気質を感じます。
- 川上
- あら、そうですか?
だって、高知の女ですから(笑)!
それは例えばの出来事なんですけど、
アートって、それぐらい力を出せるわけです。
それがアートなんです。作品の力。
- 伊藤
- 今、考えてるのは、私が何か言葉を伝えて、
松林誠さんに描いてもらうのはどうかな? って。
交換日記のようなことをしながら、
つくっていけたらって。
- 川上
- きっと、得意ですよ、松林さん。
彼に言葉を書いてもらうのもいいですよ。
大橋歩さんにも同じことを感じるんですが、
書かれる字が、すでに、アートなんです。
- 伊藤
- そうなんですよね。
- 川上
- 松林さんも、一言書くその文字が、すごく素敵。
- 伊藤
- スケッチブックに書いてある文字も全部素敵でした。
字なんだけど絵というか、
言葉の意味を持っているけれど、
絵の一部としての線のような。
あのスケッチブック、ずっと見ていたかった!
- 川上
- 客室に飾ってあるような小さい作品は、
場所を選ばないのもいいですよね。
大きな空間にポンとあってもかわいいし、
逆に、お手洗いのような
狭小な空間に飾るのもいいですよ。
セブンデイズホテルがオープンしたとき、
高知市内のアマチュアミュージシャンのみなさんと
記念にCDを作ったんです。
そのジャケットに、松林さんの版画を使ったんですけど、
その小ささが、すごく素敵でしたよ。
(つづきます)
2019-08-10-SAT