COLUMN

母の眠り、子の眠り。

KIKI

「ねむり」についてのエッセイ、
きょうはモデル・女優のKIKIさんです。
おかあさんになって訪れた、ねむりの変化とは?

KIKI

1978年東京生まれ。
ファッションモデル、女優。
武蔵野美術大学に在学中からモデルとしての活動を開始。
2004年映画『ヴィタール』で女優としてデビュー。
エッセイやコラムなど、文筆活動も行なっている。
「ほぼ日」では2011年~16年の「ほぼ日のくびまき」、
2016年からの「アトリエシムラのストール」に登場。

薄暗くした部屋のなかで目をこらして、
ベッドにそっと近よって、娘の顔をのぞき込む。
呼吸する音はあまりにも小さくて、
耳を澄ませても聞こえてこない。
毎度のことなのに、そのことにちょっとドキドキして、
今度はおなかのあたりに手をあててみる。
そして、やわらかに上下しているのを確認して、
いつもほっとする。
心配しすぎ、と夫にはいわれるけれど、
心配なのだから仕方ない。
まだ一歳に満たない娘が寝ているとき、
夜はもちろんお昼寝のときも、
ついこんな行為を、わたしは繰り返してしまう。

昨年末に第一子が生まれた。
初めてのことづくしで、あたふたしてばかり。
けれど、その初めてのことに、驚いたり感心したり。
そんな経験をさせてくれる娘の存在は、
今ではわたしの日常の大半を占めている。

そんな日々のなかで、とくに眠りについて、
驚くことが多々ある。
まずは、眠っているときの赤ん坊の姿勢。
脚がカエルのように開いているのが
赤ん坊の股関節にはいいらしく、
仰向けになっているときも、
自然と外側に膝を曲げて大きく開いている。
そして腕も曲げて、脚と対称になるように大きくバンザイ。
いつもあまりにも気持ち良さそうに
その格好で寝ているので、一度真似てみたことがある。
わかりきっていることだったけれど、
からだの硬いわたしは、股関節は痛く、
腕は痺れるだけだった。

もうひとつ。
寝返りを自由にうてるようになった6ヶ月以降、
夜は静かに眠っていることがほとんどなのだけれど、
深夜、寝相がとてつもなく乱れる時間帯がある。
ベビーベッドの柵がガッチャンガッチャンと鳴り響く音が、
隣の夫婦の寝室にまで聞こえてくる。
娘が産まれてから、深夜の授乳のために
眠りが浅くなったわたしは、
毎度、その音にビクッと目醒めて様子をうかがいにいく。
ミルクを欲して起きたのかと思いきや、
娘はベッドの中でぐっすり。
思いがけない位置で、
たとえば、柵にへばりつくように寝ているのだった。
六畳の和室で寝かしたときは、
六畳を運動マットとみなしているかのように、
端から端まで縦横無尽に
(真ん中に敷いたおとなの布団を乗り越えて)
寝返りで動きまわっているのを夫が目撃し、
眠い目をこすりながら思わず笑ってしまったらしい。

一方、わたしは出産を経て、
眠りの質がすっかり変わってしまった。
眠りが浅くなっただけでなく、寝相もすこし変わった。
妊娠中はおなかを圧迫してはならないので
うつ伏せができなかった。
そもそもうつ伏せ寝の習慣はなかったのに、
してはならないとなると、
不思議なほど無性にうつ伏せが恋しくなってしまった。
そのせいか、出産後は待ってましたとばかりに
うつ伏せで寝るようになった。
そうすると、こころなしか安心感が増し、
よく眠れるのだった。
頬が布団やベッドに吸い寄せられて、
密着度が高まるからだろうか。

ところで、娘は寝心地がいいとか悪いとか、
どの程度感じているのだろう。
赤ん坊の寝返りなどの寝相の悪さは、
眠りがとても深いときに起こることらしく、
よく眠れているという証なのだそう。
仰向けに両手両足開いて寝ている姿も、
いかにも無防備で安心しきっている感じがする。
抱っこ紐で縦に抱かれて眠ることもよくあるが、
おとなはこの状態で眠れるのだろうかと、
そんなあり得ない想像をしてみたりもする。
おとなと赤ん坊の眠っているときの姿勢や、
どんな場所で眠るかといった違いは、
周囲を、この世界をどれだけ無条件に信頼しているか、
という違いなのかもしれない。

眠りが浅いので、
すこしでも心地よく眠れるように心掛けている
母としての日々。
赤ん坊の眠りの深さを見習って、
眠りの環境の信頼度を高めてみようか。
まずは、頬ずりしたくなるような安心感たっぷりのシーツを
探しだしたいと思うのだった。

2019-08-21-WED