雪国だからこその「あたためる」知恵をいかした
飽きの来ないデザインの日常着を、
シルクを中心とした最高の素材で。
新潟と東京、ふたつのチームのタッグで
2017年にデビューした「ドレスハーセルフ」のこと、
もしかしたら、まだ、みなさん、
ご存じないかもしれません。
それもそのはず、このブランドはこれまで
「直販」しかしてこなかったんです。
ところが、今回、縁あって
「weeksdays」とのコラボレーションが実現。
その経緯を含め、ドレスハーセルフのこと、
彼らのものづくりについてみなさんに知ってほしくて、
広報担当の深澤さんに話をききました。
新潟を訪れたときの写真も、いっしょに紹介します。

深澤 絵さんのプロフィール

深澤 絵 ふかざわ・かい

株式会社Soldum代表。
1985年岩手県生まれ、上智大学卒業。
「日本人らしい創造的な仕事の真の価値や魅力を発信すること」をコンセプトに、セールスプロモーション/マネージメント/ブランディングを展開する株式会社Soldumを立ち上げ、アート/デザイン/工芸/食など多岐に渡るプロジェクトに携わる。

●ドレスハーセルフのウェブサイト
https://dressherself.com

その1
新潟だからこそ生まれたもの。

伊藤
ドレスハーセルフは、
新潟の靴下メーカーが立ち上げた
女性もののアパレルブランドですよね。
先日、その母体となる新潟県加茂市の会社
「山忠」(やまちゅう)に、
深澤さんの案内で伺うことができました。
ほんとうにみなさん、生き生きと仕事をなさっていて、
いい会社だなぁって、感激していたんです。
深澤
その節はありがとうございました。
新潟の加茂市にある株式会社山忠は、
ドレスハーセルフを展開している会社で、
ことし9月で創業61年になりました。
美しい自然、田舎道を抜けたところに現れる本社は、
まさに真面目さと丁寧さ魂という感じで、
ブランドサイトだけで見る、
ドレスハーセルフのブランドイメージとは
ずいぶん違う、意外だって。
伊藤さんも驚かれたんじゃないでしょうか。
伊藤
靴下づくりの歴史を聞いていたら、
「いいものを伝えたい」という気持ちは、
創業当時から一貫しているし、
そのなかでドレスハーセルフが生まれたことも
納得できましたよ。
深澤
よかった。創業当時は靴下の編機がたった1台、
兄弟4人で創業、2人が靴下をコツコツとつくり、
2人が行商で販売をするところから始めた会社なんですよ。
伊藤
行商スタイル!
深澤
はい。どこかに預けて売るのではなく、
自分たちが直接お客様に届けるからこそ、
「もっとこうしてほしい」とか
「これが良かった」っていう
リアルな声が聞けたそうです。
そこで、いろいろな繊維や編み方、
つくり方の研究がすすみました。
売り方も、行商から、
全国の婦人会を通して販売する時代を経て、
カタログ‥‥印刷物ですね、それを使って。
ずっと、お客様に直販でお届けするスタイルで、
少しずつ商売を広げていったんです。
これは今でも変わりません。
伊藤
冬の厳しい新潟という土地柄は、
靴下づくりと関係しているんでしょうか。
深澤
はい、このあたりの冬の寒さはとても厳しく、
足元の冷えは、女性‥‥特に働くお母さんにとっては、
たいへん悩みの深い問題でした。
そこで、頑張る女性の寒さや冷えという苦しさの
何か助けになるような商品づくりをということで、
靴下はもちろん、ハラマキや厚手のタイツなどの
開発を続けてきたんです。
伊藤
なるほど。
「山忠」の製品は、長く使ってくださる
ファンのかたがとても多いそうですね。
深澤
そうなんです。それゆえ、中心になるお客様が
60代、70代、80代となってきました。
丁寧に、ほんとうにいいものをつくってきたので、
もっと若い世代にも使ってほしいというのが、
ドレスハーセルフを立ち上げたきっかけです。
自分たちの技術やものづくりの姿勢を、
より多くの方、これからの世代の方に
知っていただきたいということで、
2017年に始めたあたらしいブランドです。
伊藤
素材は、シルクや、カシミアですよね。
たしかに、若い人にはハードルが高い部分が
あるのかもしれないですね。
深澤
「いいものだと聞いたことがあるけれども、
使ったことはないんです」という方々に、
やさしく始めていただけるきっかけになったらいいですね。
ドレスハーセルフが目指すのは、
日々の生活の中で我慢をしない、
服でストレスを感じさせないことです。
しかも、だらしなくならず、ルーズにならない。
カッコいいけれど、着心地や、体への優しさは完璧。
それが本当の贅沢であり、
自分のモチベーションになると考えているんです。
そして、決して若い方だけに向けたブランドではなく、
エイジレスに提案をしたいと考えています。
デザインは、たとえば首まわりも
結構開いてるじゃないですか。
これは、敢えて、そういうデザインにしているんですね。
ご年配の60代、70代の方からは、
「これはちょっと開きすぎ。私はちょっと‥‥」
と言われるんですが、
「いや、ぜひ着てください」
と申し上げているんです。
敢えてそこから女性らしさで見せていくようなことも
してほしいっていうメッセージも込めて。
伊藤
たしかに、ドレスハーセルフのデザインは、
守りに入ってない感じがします。
深澤
そうですね。秋冬ものも、敢えてそうしています。
それはバリバリの30代、40代だけに
着てほしいからではなく、
全世代、女性はこういうふうに堂々と在るべき、
っていうメッセージでもあったりするんです。
ドレスハーセルフのウェブサイトのトップも
そういう雰囲気なんですよ。
https://dressherself.com/
深澤
薄手の服でも、
上にカシミアのストールを羽織るだけで、
勇気をもらっているみたいな感じになる。
ドレスハーセルフの服はそんな存在でありたいし、
だからこそ背すじを伸ばして前を見ている女性に
提案したいブランドなんです。
伊藤
着ていてストレスがないのに、おしゃれ。
しかも機能的で。
なかなかこういう服はなかったですよね。
深澤
機能的という点で私がいちばんすごいなと思うところは、
「こういう部分を温めたい」ということと、
「動きやすさ」が両立していることなんです。
山忠という会社は、
生地の機能性についての知識、技術がすさまじいんですよ。
先日、工場を見ていただいておわかりかと思いますが、
もともとの新潟の気質なのか、山忠の社風ゆえなのか、
本当に徹底してお客様の立場になって
商品をつくるという精神が、
全社一丸で通っている。
ドレスハーセルフのアイテムにも、
その精神が貫かれていると思います。
伊藤
それはやっぱり、60年間、
直販というスタイルを通して、
ずっとお客様と近かったから?
深澤
そうですね。今もそうですよ。
たとえば品質管理室やマーケティング室と、
お客様と直接話すコールセンターが、
同じフロアにあるんです。
伊藤
そうでしたね!
普通、電話をとるセクションは
ほかの部署と分けることが多いのに。
深澤
そうですよね。
他部署と一緒なのは
コールセンターのかたがたの集中を妨げますし、
また一日中電話が鳴り、話していると、
別のチームが気にするという理由で、
そうしている会社が多いですよね。
それを敢えて同じフロアにすることで、
リアルな日々のやりとりを、別のセクションの人たちが
肌感覚で実感できる。
「申し訳ありません」
「ありがとうございます」はもちろん、
お客様の声、意見も貼り出したりしているんです。
良かったことも悪かったことも。
伊藤
それが製品開発のヒントになることもあるでしょうね。
また、長いお付き合いのお客様のご自宅に行って、
そのようすを、社内報のように
印刷物としてまとめていたり。
そういう、外からは見えない部分に、
力を注いでいる会社だと感じました。
深澤
そうなんです!
もともと直接売るということを大切にしていたので、
ただの配送ではなく、
リアルに届ける行商というスタイルだからできたことを、
今でも、大事にしているんです。
お客様のところに直接伺うことは、
今では、毎日は無理ですが、
そういう活動をイベント的に行なっています。
自分たちのつくるものがもっと役に立っていくために、
お客様の声を直接聞くことを、とても大事にしています。
そういうことが、よくよく、
商品に現れているんですよ。
伊藤
昔からのお客様と、
あたらしいドレスハーセルフのお客様は、
通じているものがきっとありますよね。
ふるいお客様の中にも、
ドレスハーセルフを見て
「こんなの作ったんだ!」と驚いたり、
「こっちも着てみようかな」と興味をもつ方が、
多いんじゃないでしょうか。
深澤
はい、とても多いです。
山忠として展開している
「温むすび」というブランドがあるんですが、
その長年のお客様が、とある百貨店で開いた
ドレスハーセルフのイベントにいらっしゃって、
「これ新潟の『温むすび』でしょう? 
すぐにわかりましたよ」っておっしゃったんです。
ドレスハーセルフでは、
色味や編み方、意匠を変えて、
日常的なファッションとしても
取り入れていただけるようにという工夫をしていますが、
長いお客様だから、すぐにおわかりになったんですね。
逆のパターンでは、
ドレスハーセルフの品質の良さに
感激してくださったお客様が、
会社を調べて「温むすび」を知り、ご購入くださったり。
ドレスハーセルフから温むすび、
温むすびからドレスハーセルフという、
いい意味でブランドを行き交う動きがありますね。
山忠の考えとしては、どのブランドを通しても、
いいものをお客様に体験していただきたいとう
気持ちは同じですから、
すごくうれしいことなんです。

(つづきます)

株式会社山忠 中林道治専務のはなし[1]


ドレスハーセルフの母体となる「山忠」は
新潟県の加茂市にある会社で、
もともと私の親の世代がはじめました。
父を含む4人兄弟でスタートして、
私は三男の息子、現社長は長男の息子です。

なぜ靴下だったのかというと、
地場産業だったというわけではなくて、
ここ(本社)から40分くらいのところに
靴下の機械をつくる工場があったんですね。
そこに、父のすぐ上の兄が、
機械を買うという友人の付添で出かけたところ、
その友人は買わず、伯父が買ったんです。
それも、ふつうは複数台買うものらしいんですが、
1台だけ。
その編み機で、2番目と4番目が靴下を編んで、
長男である初代社長と3番目のうちの父が営業で、
1軒1軒の家をまわる行商をはじめました。
売る靴下がなくなると会社に帰り、
売ったお金で糸を買って、また靴下を夜通し作る。
そんな毎日だったと聞いています。

行商は地元からスタートして、新潟県内、
そして近県へとひろがっていきました。
昔は「婦人会」という団体が各地にあって、
それは、男性が外で働く間、
女性は家を守るということが
当たり前とされていた時代に、
女性も社会貢献をということでつくられたものでした。
そんななか、だんだんと山忠の製品が広がっていったのは、
新潟のある会長さんに
靴下を気に入ってもらったことがきっかけでした。
そのかたが長野の婦人会の会長さんを紹介してくださった。
そうして次は福島、さらには北海道と、
そんなふうに販路を拡げていったんです。
車に荷物が乗せきれない時は、
昔は、今みたいに宅配便がなかったので、
国鉄(現JR)のカーゴに箱を積んで、
駅に留めてもらって、そこに取りに行く、
そんなこともしていたといいます。
実物を見て、気に入ったら買ってください、
というスタイルですね。
けれども時代がかわり、その販売スタイルは
だんだんと下火になっていきます。
そうして始めたのがカタログ制作です。
通信販売のはじまりです。
2019-09-22-SUN