COLUMN

阿寒湖の冬。

新井文彦

冬仕度、というテーマで
3人のかたにエッセイをおねがいしました。

きょうは、北海道の阿寒に暮らす
きのこ・粘菌写真家の新井文彦さんです。

あらい・ふみひこ

1965年生まれ。
きのこ・粘菌写真家。

6月から10月にかけては、
北海道・道東地方(主に阿寒湖)に滞在して、
きのこや粘菌など、いわゆる「隠花植物」を中心に、
撮影を続けている。

「ほぼ日」では、
「きのこの話。」を連載中。
ほかに「粘菌のはなし。」
「みんなで行った、阿寒きのこの森。」
「SUOMIの森だより」の「森のスライドショー」
などに登場している。

ウェブサイト「浮雲倶楽部」はこちらから、
新井さんのtwitterはこちらからどうぞ。

北海道・阿寒湖の冬は、長く、厳しい。
マイナス30度にもなる猛烈な寒さ、
トータル数メートルに及ぶ積雪の片付けを思い、
やや憂鬱な気分になる人も少なくないけど、
ぼくは、阿寒湖の冬が大好きだ。

赤や黄色に色づいた木々の葉が落葉する頃、
森のあちこちで、もこもこした白いものが、
風になびくように、ふわりと宙を舞う。
冬の使者、いわゆる、雪虫だ。

道東地方でよく目にするのは、
アブラムシの仲間で、トドノネオオワタムシ。
この虫が姿を現すとまもなく雪が降ると言われている。
(平均21日という統計があるらしい)

そして、時期を同じくして、
阿寒湖西部あたりがにぎやかになる。
南へ渡る途中のオオハクチョウたちが、
湖面でしばし羽を休めるのだ。
それにしても、まあ、鳴き交わすこと。

最低気温がいつの間にか氷点下になり、
そろそろ秋も終わりだなあ、と思っていると、
ある朝、外へ出た瞬間に、冬の匂いに気づく。
春とは対照的な、無機的で乾いた感じの香りだ。

とはいえ、
阿寒湖の冬は、思いっきり寒いけど、
どちらかと言えば晴天の日が多いので、
気分的にはけっこう爽やかだ。

年が明ける頃になると、
雪が根雪となり、阿寒湖が全面結氷し、
あたりは白と濃い緑色のツートーンになる。

12月の下旬に冬至を迎えているので、
寒さは徐々に厳しくなっていくが、
1日がどんどん長くなっていく。
北国の住人にとって、これは、すごく重要だ。
寒くなるわ、暗くなるわじゃ、やりきれない。

厚手で暖かい靴下や手袋や帽子、
お気に入りの防寒ジャケットを引っ張り出し、
北国の冬を思いっきり満喫しよう。
新しいアイテムを購入するのもいい。

食べものはおいしい季節だし、
部屋の中は暖房が効いてぽかぽかと暖かいし、
(北海道の人は寒さに弱いので暑すぎる傾向がある)
くまさんが冬眠しているので森は歩き放題だし、
(もちろんスノーシューやスキーをはいて)
楽しいこともたくさんある。

そして、そして、重大な冬支度、と言えば、
15歳の老域に差し掛かった、柴犬のはなさんだ。

その全身を覆う茶色い毛が、夏用から冬用に、
増強されるだけかと思ったら大間違い。
とにかく、毛が、抜ける、抜ける、抜ける‥‥。

ふと気がつけば、
目の前で眠っているはなさんを、
がしがし、と、くしけずる。
ダマになった、ややけもの臭い毛玉をつまむと、
ああ、今年も、冬が来るのだなあ、と実感する。

完全にして無欠の冬支度。
自然はすごいなあ。

気温が上がり、雪が溶けはじめ、
山野では草花が一気に花を咲かせる。
白と緑の世界が、いきなり、総天然色に。
北国の春は、爆発だ!

冬が厳しければ厳しいほど、
春が訪れたときの喜びもひとしおである。

そして、春が訪れると同時に、
正真正銘、地獄の柴犬換毛期もやってくる。

結局、柴犬って、一年中毛が抜けるのね。

2019-11-10-SUN