COLUMN

冬の愉しみ

明知直子

3人のかたに書いていただく
冬仕度のはなし。
きょうは、スウェーデンと日本を行き来する、
明知直子さんです。

あけち・なおこ

フォトグラファー、コーディネーター、
ライター、通訳・翻訳。
千葉大学にて美術・図工教育課程終了。
その後、IDEEにてインテリアコーディネートに携わる。
2007年渡瑞。スウェーデン最古の街で写真を学ぶ。
現在、スウェーデンのストックホルムを拠点に
北欧の魅力を伝えるプロジェクト
「dekor」(デコール)を2010年から主宰している。
「dekor」はスウェーデン語で「飾り」の意味。
幸せは自分たちで作る北欧のライフスタイルや
暮らしを彩るヒントを探り伝えていきたい、
との願いをこめている。

「ほぼ日」では
2012年のほぼ日手帳springの限定カバーで
「ダーラナの春」を販売したさい、
ダーラナ地方と、ダーラヘスト(木彫りの馬)の
魅力を伝える写真のコンテンツに登場。

パートナーの明知憲威氏は、
日本のデザイン・クラフトショップ
「KIKI」を運営している。

氷点下の寒さは
10月末の冬時間とともにいきなりやってきた。
今年は晴天が少なめの雨の多い秋だった。
スウェーデンでは、日中の平均最高気温が
0度を超えない日が5日つづくと冬が来たとみなされ、
大体11月から3月にかけてが「冬の期間」とされている。

先日、ストックホルム郊外の島で
1800年代の家に暮らす友人家族の家に
フィーカ(スウェーデンのお茶の時間)に
お呼ばれしてきた時のこと。
日没はすでに15時台。
ここから12月に向けて昼間の時間がさらに短くなる。
まだ冬の初めのこの時期は雪も降らないので、
日照時間も極端に短く街中が本当に暗い。
そのため11月の暗さは
「Novembermörkret(11月の暗闇)」と呼ばれ、
この時期になるとどんな風にこれを乗り越えるのか
雑誌で特集が組まれるほどだ。

寒く暗い冬を避けて太陽が燦々とふりそそぐ
南の国に行ってしまう人もいる。
「光のセラピー」と呼ばれる、
人工的な光で照らされた部屋で定期的に過ごし
体調を整える人もいる。
生活庁からは
「ビタミンDを多く含む魚や野生のキノコを
たくさん食べるように」というお達しが出る。

「私はなるべくキャンドルに火を灯したり、
友人を自宅に呼んだり
mysigに(心地よく)過ごせるようにしているわ」

と、この時期を楽しくすごせる秘密を友人が教えてくれた。
窓は3重のガラスで、
リビングルームには大きな暖炉もあり、
家の中はとてもあたたかくおだやかな空気が満ちている。
フィーカが終わって玄関の扉をあけると、
外はコートの縫い目からも染み込んでくるような、
染み入るような寒さにつつまれていた。
午後4時とは思えない暗闇のなか、
もやもやとした湯気が湖から上がってきて
白い霧が立ち込めている。
馬に乗った親子が森の中からあらわれ、
厩に帰っていくのが見える。
気温がもう少し下がれば雨が雪に変わり、
もうすぐ本格的な冬がやってくる。

この時期には、一つだけ手仕事好きが楽しみにしている
冬ならではのイベントがある。
「編み物カフェ」だ。
これは週の真ん中あたりの、
「友人との約束」や「家族で過ごす」金曜を
避けて計画され、
街にある居心地の良いカフェや図書館、美術館などで、
コーヒーを片手におしゃべりに花を咲かせながら
編み物をするという
編み物好きのための集まりだ。
たくさんの人が集まる場だと「アイスランドの伝統柄」や
「スウェーデン西海岸の漁師のセーター」など
編み物好きの心をくすぐるミニ講座なんかもついたりする。

「Tvåändsstickning(二重編み)に
挑戦したいと思っているの」

「夏に生まれた孫用に、
小さな小さなくつしたを編んでいるのよ」

「この柄とっても素敵でしょう?
今度編み図を持ってきてあげるわ」

スウェーデンは1800年代前半は9割以上の人が
農業に従事していたそう。
一瞬で過ぎ去ってしまう北欧の夏は、
農作物の収穫や、採れたベリーや野菜を保存食にしたり、
冬の間食べられるように家畜をしめて塩漬けにしたりと、
大忙し。
農業の閑散期になると、今度は冬の準備。
民族衣装の綻びを直したり、
木っ端で子どものおもちゃを作ったり、
自分や家族が使う冬の暖かい衣服や靴下、
ミトンなどを羊毛を紡いで編んだそう。
手先の器用な人はそれにより身を立てることも可能で、
冬の間の大切な収入にもなったのだとか。

秋に色づいた木々も葉っぱを落とし、外は灰色の世界。
そんな中、あたたかい家の暖炉の前で
ランプの明かりのもと途方もない時間をかけられた
美しい手しごとは
「暮らしの中で美しいものを使いたい」という
無意識の願いと喜びに満ちていると思う。
そして日々の仕事からはなれて、
黙々と手しごとに向き合える時間は、
自分の内の秘めた創造の花を、
ゆっくりとひらかせる大切な時間なのかもかもしれない。

「あたまを空っぽにして手を動かす時間は至福の時間。
瞑想をしているような感じね。
些細な悩みごとなんかも、どこかへ行ってしまうのよ」

編み物カフェにきていた、
編み物この道50年の素敵な女性が教えてくれた。
その手を動かす喜びは今も昔も変わらず、
心もととのえてくれるかもしれない。
そして長く厳しい冬を
愉しい素敵なものにしてくれる違いない。

2019-11-13-WED