「ずっとお目にかかってみたかった」という
内田也哉子さんを、伊藤さんの部屋にお招きして、
のんびり、ゆっくりと話をしました。
テーマをとくに決めずに始まった対話ですが、
自立の話であり、
母であること、娘であることの話であり、
人生の理不尽の話でもあり、
出会いと別れの話であり‥‥。
尽きない話題を、7回にまとめました。
ふたりといっしょにお茶を飲みながら、お読みください。

(写真=有賀 傑)

内田也哉子さんのプロフィール

内田也哉子 うちだ・ややこ

エッセイスト、翻訳家、作詞家、歌手、俳優。
1976年東京生まれ。
日本、アメリカ、スイス、フランスで学ぶ。
父はミュージシャンの内田裕也、
母は俳優の樹木希林、
夫は俳優の本木雅弘
二男一女の母。
著作に『BROOCH』(リトルモア)、
『9月1日 母からのバトン』(ポプラ社/樹木希林との共著)、
訳書に『たいせつなこと』
『恋するひと』
『岸辺のふたり』などがある。
2019年9月の「おかあさんといっしょ」の“月歌”で
『たいこムーン』を作詞(リトル・クリーチャーズ
(LITTLE CREATURES)の青柳拓次さん作曲)。
作詞、翻訳は「うちだややこ」名義。

その1
はじめまして。

内田
こんにちは、内田と申します。
今日はお会いできて光栄です。
伊藤
こちらこそ、ありがとうございます。
よろしくお願いします。
内田
こんな、いきなりお宅におじゃまして‥‥。
これ、おすそわけなんですけど、
山形のラ・フランスです。
もしよかったら。どうぞ。
伊藤
えっ! うれしい! 
ありがとうございます。
内田
すてきなお部屋ですね。
伊藤さんのお好きなように
リノベーションしたんですか?
伊藤
模様替えはしましたけれど、
照明を換えたり、ペンキを塗ったり、
その程度なんですよ。
内田
そうなんですね。
とても広い。
bedroomはいくつあるんですか?
Two-bedroom?
伊藤
!(英語の発音の良さに驚く) 
也哉子さんって、
インターナショナルスクールに通われて
いらっしゃったんでしたっけ。
内田
はい、幼稚園から小学校6年生までと、
高校から大学まで。
だから日本語も英語もフランス語も
中途半端で‥‥お恥ずかしいです。
伊藤
フランス語も?
内田
フランス映画を見て、
「フランス語の響きがステキ」と思って、
中学から週1回習って。
伊藤
フランス語が似合いそうな声をされてますよね。
内田
籠もってる感じですよね。
いまも、響きが好きなんですよ。
友だちには、もっと実用的な
中国語かスペイン語を習えば? 
って言われましたけれど。
それにしても、壁の色、ほんとうに素敵。
伊藤
イギリスのペンキで塗ったんです。
内田
イギリス! たしかにイギリス的というのがわかります。
伊藤
最近まで、お住まいでしたものね。
内田
はい。6年住んでいたんですよ。
お部屋の壁一面の収納は、
最初からあったんですか?
伊藤
はい。クローゼットだったんですけれど、
ハンガーパイプを外して、棚板を入れて、
食器棚として使っています。
内田
わあ、すてき。ぴったりですね。
伊藤さんらしい。
伊藤
でも、ここは賃貸住宅なので、限界もあって。
やっぱり、自分で家をつくりたいなと
最近は思うようになりました。
内田さんのお家って、どういう感じですか?
内田
牢屋みたいなお家です。
テーマが牢屋なんです。
伊藤
‥‥ええっ? そんなテーマ‥‥。
内田
外側はなんにも窓がなくて、
威圧感のある、コンクリートのかたまりって感じで。
育った家は別の場所だったんですが、
結婚したとき、母の提案で、
「いい物件があるから、本木さん一緒に買わない?」
と移った土地なんです。
最初は日本家屋が建っていて、
そこにしばらく住んでいたんですよ。
最初に母が住んで、次に私たちが住んで、
でも子どもが生まれたときに、
和室って障子だけでプライバシーもなにもないので、
「建て直そうか」と。
伊藤
なるほど。
お母様は不動産がお好きだったというのは、
有名な話ですよね。
内田
そうなんです。
わたしの通っていたインターナショナルスクールも、
売りに出ていたのを母が聞きつけ、
買おうか悩んでいた知人に
「買いなさい」と勧めたりして。
シャーリー・マクレーンという女優さんが
日本にいたときに住んでいた建物だったそうです。
伊藤
「買いなさい」って。
内田
大好きなんです、物件!
誰かが楽しく暮らしていることを
想像するのが、この上なく好きで。
伊藤
きっと、ピンとくるんですね、
これはあの人に合う、とか。
内田
そうです。なぜその話をしたかというと、
母がこの伊藤さんの部屋を見たら、
一目惚れだと思ったんです。
きっと「買いなさい」って言いますよ。
(紅茶を飲んで)‥‥おいしい!
伊藤
よかった。娘のです。
内田
えっ?
伊藤
紅茶がすごく好きで、
お小遣いをはたいて茶葉を買うんです。
内田
おいくつですか。
伊藤
20歳になったばかり。
内田
うちの2番目と同い年だ。
伊藤
どちらにお住まいなんですか?
内田
今はニューヨーク大学に行っています。
中高の6年をロンドンで過ごしたら、
「もうヨーロッパはいい。
アメリカに行きたい」って。
伊藤
そういうものなんですね。
内田
ほんとは、もうちょっといてほしかったけど。
伊藤
別れて暮らしているんですね。
内田
といっても、イギリスでも、彼女は12歳から
ウィークデイをボーディングスクール
(全寮制寄宿学校)で過ごし、
週末、私たちの住んでるロンドンに戻ってくる、
という生活をしていました。
伊藤
日本に戻っていらしたのは‥‥。
内田
2年前、母が亡くなる1年前です。
下の子が当時7歳だったんですけど、
もう少し母との時間を過ごさせたいということで。
伊藤
お子さんは3人?
内田
男、女、男です。
上の2人は成人していて、
下はまだ小学校4年生。
伊藤
かわいいでしょう。
内田
ちょっとかわいがりすぎちゃってて、
心配なくらいです。
もう、孫のように(笑)。
伊藤
30代で産んだっていうことですよね。
内田
最初は21で産んで、最後は34です。
伊藤さんは、娘さんと一緒に住んでいないんですか?
伊藤
一緒に住んでいますよ。
内田
一人暮らししたい、とか言いません? 
うちもそうでしたけれど、
自分だけがマネージするスペースが欲しいって。
伊藤
うちは、言わないかな。
でも、也哉子さん、
あれしなさい、これしなさいって言わなさそう。
「うるさいな、お母さん」みたいな感じには
ならない気がするんです。
内田
うーん、そうでもないです。
私の母は一回しか注意しない人だから、
私は、聞き漏らしたら恐ろしいっていうぐらい、
神経を研ぎ澄ましていましたが、
「それに比べると、あなたはしつこい」って言われます。
たとえば靴下が置きっ放しになっているとしますよね。
でも子どもに「靴下、なんでここに置いてあるの?」
って言っても、だいたい一回目なんて聞こえてない。
で、1時間後もまだあるから、「ねぇ」って言う。
結局3回くらい言ってる。
伊藤
なるほど。
お母様はどうだったんですか?
内田
一度言ったら、二度は言いません。
そうしたら、もう、永遠にそこに置いてある。
自分で気がつくまで‥‥。
伊藤
「一回言ったわよね」とかじゃなく?
内田
うん、もう言わないし、捨てるわけでもない。
伊藤
捨てるっていうのは、
片付けるってことですもんね。
それもしない。
内田
でも、よく、外国から帰ってくると
許可なく勝手に整理されていることはありました。
私のものが半分ぐらいなくなっていたりして、
気付くと友だちが私の服を着ていて、
「也哉子のお母さんにもらったんだよ」って。
伊藤
おもしろーい!
内田
なので私は極力、その対極を行ったというか‥‥。
逆転の発想というか、ないものねだりがあって、
普通のお母さんになりたいという理想はあったんですけど、
やっぱりちょっと、はみ出しちゃってますね。
(つづきます)
2019-12-27-FRI