「ずっとお目にかかってみたかった」という
内田也哉子さんを、伊藤さんの部屋にお招きして、
のんびり、ゆっくりと話をしました。
テーマをとくに決めずに始まった対話ですが、
自立の話であり、
母であること、娘であることの話であり、
人生の理不尽の話でもあり、
出会いと別れの話であり‥‥。
尽きない話題を、7回にまとめました。
ふたりといっしょにお茶を飲みながら、お読みください。
(写真=有賀 傑)
その4静かに強い。
- 内田
- そうして母と話をするようになって、
母がそもそも持っていた心の闇、
ブラックホールみたいなものを、
一緒に共有‥‥というか、
わかる、共感できるようになって。
母は1回結婚してるんですね。21歳とか、
けっこう早くに、文学座の同期の役者さんと。
5年ぐらい結婚していたのかな。
でも、とくに子どもも持たず、離婚して。
離婚の理由は、とにかく幸せな、
とてもいいお家の出のご主人で、穏やかで、
アーティスティックで、なに一つ文句も、
非の打ちどころもなかった人だったそうです。
その幸せで穏やかな空気を吸ったときに、
ブラックホールを見つけてしまったんです。
自分のなかに。
そしてなんとかしてこの幸せを壊したい、
っていう気持ちになった。
そういう、ある種の闇を自分のなかに持っているから
結婚っていうのは向いていないし、
再婚しようなんて思ってなかったところに、
30代になって、父みたいな、
母にとっては一種の異物と出会ったとき、
「あ、こういうわけのわからない人といれば、
私のブラックホールが埋まる」っていうふうに、
直感的に思ったんですって。
- 伊藤
- ブラックホール‥‥。
- 内田
- いつも母が言ってたのは、
「私が裕也を必要としてるんだ」。
世の中では、父が破天荒で被害を被ってる奥さん、
尻拭いばっかりしてる奥さんみたいな
イメージかもしれないけど、そうじゃなく、
父がいることで自分(母)がいられると。
本当に息をしてるのも苦しかった時期があったんです、
母は。
- 伊藤
- そういう話を、思春期の也哉子さんが
疑問を投げ掛けたときに、じっくりと‥‥。
- 内田
- はい、してくれました。
わからないかもしれないけども、
聞かれたときにはすべてを包み隠さず教えよう、
って思ったんでしょうね。
そのときに全部の理解は
もちろんできなかったけれど。
- 伊藤
- 今になって、「あ、こういうことなんだ」って
わかることも、ありますか。
- 内田
- はい、わかってきましたね。
- 伊藤
- 息子さんとかお嬢さんにも、
同じように接してますか?
また全然違う親子関係だと思うんですけど。
- 内田
- それぞれ全然違うタイプの子どもたちなので、
私が母としたような、
暗い部分も含めた心の話をする機会はそんなにないですね。
これからあるといいなぁ。
せっかく親子としてこの世に出会ったから、
いつかは自分の持っている悩みとか、
「私自身もこういうことを抱えてたんだよ」
みたいなことをちゃんと、
一対一で話したいなと思うけれども。
べつに親子としてのことだけじゃなくて。
- 伊藤
- うん。そんな時が来るといいですね。
- 内田
- 今はわりと、みんながそれぞれの青春を謳歌して‥‥。
- 伊藤
- 健やかなんでしょうね。
- 内田
- 私はわりと直球でなんでも聞いてしまう
タイプなんですけど、
上の2人はもうちょっとオブラートに包んでるっていうか、
自分のなかの考えをいろんな人に
言わないタイプではありますね。
たとえば、ニューヨークから連絡がきて、
娘と電話で話をしていたんです。
雑談をしていたんですが、
私も行かなきゃいけないから、
「ごめんね。もうそろそろ、
次行かなきゃいけないから切るね」って言ったら、
「あの、あのね‥‥」って引き留める。
「え、なに? なに? なにがあったの? どうしたの?」
って言ったら、
「べつにいいんだけどね‥‥」って、
ぽつぽつと話しはじめたのは、
初めてに近い失恋をしたということでした。
- 伊藤
- 言い出しづらかったのね。
- 内田
- 「じつは、ボーイフレンドとこうなって、ああなって‥‥」
と話しはじめて。
あ、初めて自分から悩みを言った、と思って、
ちょっとうれしくて。
失恋したのに嬉しいって、変ですけれど。
娘さんはオープンですか? いろんなことに。
- 伊藤
- 私は石橋を叩いて渡る前に渡って、
振り向いたら「あ、崩れた」
みたいなタイプなんですが‥‥。
- 内田
- お母さん!(笑)
- 伊藤
- 娘は、以前、学校の先生からの評価表に、
「静かに強いです」と。
先生、いいこと書くなあって思ったんです。
まさしくそんな感じなんですよ。
- 内田
- 静かに強い。素敵ですね。
- 伊藤
- いろんなことを、自分で決めますね。
進路のことも。
中学の時に、
学校に行かないと決めたことがあって、
私は「いいよ、いいよ行かなくて」と。
- 内田
- あ、言っちゃうタイプなんだ!
- 伊藤
- 「せっかくだから遊びに行こうよ」と、
ドライブしたり、温泉旅行に行ったり。
ところが半年ぐらい経ったときに、
それにも飽きたみたいで。
- 内田
- 半年、何も言わずにいられたんですね。
お母さんとしてすばらしいです。
- 伊藤
- 実は喉元まで何回か
「どうするの?」という言葉が出かかったんですけど、
ちょっと我慢しようと思って。
「今日さ、学校行ってみない?」とか。
- 内田
- 「ずうっとこういうわけにもいかないし」
っていうとこですよね。
- 伊藤
- そうなんですよ。
- 内田
- べつに正解はないけれども、
次の動きをどうしようかって
聞きたかったってことですよね。
- 伊藤
- そうなんですよね。でも言わずにいたんです。
そのうち、どうやら、
私と遊ぶのもちょっと飽きてるっぽいな、と。
それを見計らって「どうする?」って言ったら、
「前の学校に戻りたい」と。
それは、私の都合で、小学校の途中から
松本に引っ越しをしたからなんですけれど、
私が嬉しかったのは、
彼女は「行きたくない」じゃなくて、
「もう、あの学校には行かない」
って言ったことなんです。
- 内田
- すごい。
- 伊藤
- そのとき、周りの大人が、
うちの母も含めて「いいじゃないの」と。
「なんで?」とかじゃなくて、
「私もそうだった」みたいな人が多くて、
それにすごく助けられたと思います。
そういう大人に囲まれる環境を、
とてもありがたいことだなって、
そのとき思いました。
- 内田
- 安心ですね。そのあとは、もう、生き生きと?
- 伊藤
- すくすく、生き生きとまでは言い切れない、
「静かに強い」ところがあって、
その強さが今後どんな風に、出るのか
今、また見守っているところです。
それでね、その最初の「見守り時期」に、
ふーんと思ったことがあって。
それは、「学校、楽しい?」って、
行っていること、楽しいこと前提で聞く
大人も多いということでした。
- 内田
- 悪気はないんでしょうけれどね。
- 伊藤
- そうなんですよ。全然悪気はないんですよね。
娘はめんどくさいから「うん」って言って、
適当にやりすごしてたんですよね。
- 内田
- そういうところも、静かに強いですね。
- 伊藤
- あとで「あの人に説明する必要もないし」って。
それで、私は子どもに「楽しい?」って聞くのは、
それからやめたんです。
「学校、どう?」みたいなふうには聞くかもしれないけど。
- 内田
- うちは「学校、どう?」って聞くと、
「べつに」とか、「good.」とか、
そういうふうに話が終わってしまうから、たとえば
「今日の体育の授業はなにしたの?」とか、
ピンポイントで具体的に答えられるように
聞いたほうがいいって、
先生に言われたことがあります。
- 伊藤
- そうですよね。うん。
- 内田
- 私たちだってね、
「今日一日、どうだった?」って聞かれると、
「どっから話せばいいんだろう」って思うじゃないですか。
- 伊藤
- そうですよね。
「なんかおいしいもの食べた?」とか、
具体的に聞かれたほうが答えやすいですよね。
- 内田
- 興味のひけそうなとこから‥‥。
(つづきます)
2019-12-30-MON