「ずっとお目にかかってみたかった」という
内田也哉子さんを、伊藤さんの部屋にお招きして、
のんびり、ゆっくりと話をしました。
テーマをとくに決めずに始まった対話ですが、
自立の話であり、
母であること、娘であることの話であり、
人生の理不尽の話でもあり、
出会いと別れの話であり‥‥。
尽きない話題を、7回にまとめました。
ふたりといっしょにお茶を飲みながら、お読みください。
(写真=有賀 傑)
その7私は私として。
- 伊藤
- よく聞いた話は、お母さま、
「ちいさな仕事のギャラはいらない」って
おっしゃっていたとか。
- 内田
- そうですね。自分で請求書を書かなきゃいけないのが
めんどくさいっていうのと、
少額の出演料しか出せないくらい
相手はやり繰りしながら制作してるんだ
というシンパシーもあって、
そういう事情ならいらないって言ってましたね。
- 伊藤
- おつきあいも最小限だったとか。
- 内田
- そうなんです。いっさい受け取らない。
それについては恐ろしい経験を何度もしていて。
みんな、ものをあげるって、
コミュニケーションのひとつじゃないですか。
その人を思ってこれをあげる、って。
おすそわけもそうだし、
人それぞれのコミュニケーションの
取り方の一つとしてものを贈るわけですよね。
ところが母はものすごくそういう部分が潔癖で、
「人はなにもなくてもつながりたければつながるし、
またそれでくり返しになるのも面倒だし、
もう、いっさいなし」って若いときに決めて。
ものでつながってるっていうことを拒否していたんです。
それでも贈ってくる人には、
カレンダーの裏に大きな文字で「いらない」と書いて、
貼って、また送り返すんです。
- 伊藤
- ‥‥おもしろいです。
- 内田
- こうやって和やかなムードで
「これちょっとお持ちしたの」という人がいても、
「あ、そういうの、いっさいいらないから持って帰って」
って。「いや、でも‥‥」って一悶着。
向こうも顔が引きつってくる。
私は子どものとき、それをずっと見てて、
「なんて辛い、このシーン」っていうふうに思って、
胃がチクチクして。
なんで母は、こういう人のささやかな思いまでも
無下にするんだっていう、怒りを感じて。
- 伊藤
- 娘という立場だから、
ちょっと居たたまれなくなったり、
「なんで」って思うでしょうけれども、
こうして聞いてるとすごく潔いし、
今なぜ本が売れてるかというと、
そんな人、いないからですよ。
そんなふうに、自分の芯があるって。
- 内田
- うん、本人も言ってました。
「これね、あなたね、もらっちゃったほうが、
私、どれだけ楽かわかる?」って。相手に。
すると相手も、もう、身動きが取れない。
- 伊藤
- 言い方がすごく上手。
- 内田
- もう、持って帰るしかない。
だから、舞台をやっても花はいっさい受け取らない。
- 伊藤
- 也哉子さんにも、
「あなたもそうしなさい」ってことはなかったですか。
「もらいものはするんじゃありません」とか?
- 内田
- うーん。私が小さいときは、
お年玉を返しに行かされました。
- 伊藤
- ええーっ。
- 内田
- 「お年玉ってのは、玉なのよ」って言うの。相手に。
それでも「芸能人の子だから」って思うのか、
たまに何万円とか入れる人がいるんですよ。
そういう、玉じゃないお金は、全部返す。
「人んちの子にどういう教育をしてるんだ」
とまで付け加えて。
だから、もうね、怖くて怖くて。
- 伊藤
- 私が也哉子さんから受ける地に足のついた感じって、
やっぱそういう経験が‥‥。
- 内田
- うん、でも、私はそういう極端な両親、
いい加減で破天荒な父と、
ものすごくロジカルで自分の決めたことは突き通す、
ある意味、強さでは似てるんだけど、出方が違う、
そういう人たちの間に生まれて、
中庸をつねに願うというか、
「この状況のバランスはここだろうか」って、
すっごくビクビクして育ってるんです。
だからけっして肝は据わってないし、
もちろんきっと、修羅場を見てきた回数は
平和な暮らしをしてる人よりは多かったかもしれないから、
その分その「ワッ」てびっくりするタイミングは
緩和されてるかもしれないけれど。
ただそれだけで、心の中ではつねにバランスをとってます。
とっても面倒です、自分の性格が。
- 伊藤
- やっぱり、わからないものですね、お会いしてみるまで。
私がいいお母さんみたいなイメージを持たれていたのと
同じことですよね。
- 内田
- 「みたいな」って、そうですよ。
こんなお母さんがいたらうらやましいですよ。
- 伊藤
- 「飽きない」とは言われますけれど。
「ママ、ほんと飽きないよね」って言ってました。
- 内田
- それ、最高の賛辞です。飽きないって。
- 伊藤
- え、でもお母さんだし、
飽きるとか飽きないとか言われても‥‥。
- 内田
- そういう、選べる存在じゃないですものね。
- 伊藤
- まあでも、うちの娘も娘で、
いろいろたぶんバランス取っていると思います。
そんな気がします。
- 内田
- でも、やっぱりいちばんの、
子どもからしてうっとうしくない親っていうのは、
自分自身が人生で楽しいこと、
おもしろいことを持ってる人だと思います。
自分のテリトリーというか、
それはべつに仕事じゃなくても、趣味でもなんでも。
「あなたのために生きてる」っていうことではなくて、
「もちろんあなたの面倒は見るよ。愛してるよ。
でも、私は私として生まれてきて、
この人生を自分なりにおもしろがって生きている」
っていうことが見える、あるいは気配で感じるっていう
お母さんがいちばん理想的だっていうような話を、
その不登校の話のときにしたことがあります。
だから、もし、子どもが追いつめられて、
思い詰めていっちゃったときには、
お母さんは自分の好きなことをしたほうが
いいんですって。
家にいて「どう?」って聞いてないで、
出かけちゃったっていいし。
「こんなに人生って楽しめるんだよ」っていう姿、
気配を見せることで、少しずつ「あれ?」って、
開いていくっていうか、「そんなのもありか」っていう。
心がとけていくじゃないけど、
伊藤さんは、まさにそれをされてきたんだなと思って。
- 伊藤
- 私、好きにしてるだけですけどね(笑)。
以前も「もしママにボーイフレンドができても、
ママの自由だからかまわないけれど、
私と無理やり仲良くさせようと
思わないでね? どうしたいかは、私の自由だから」って。
- 内田
- いまそれを聞いただけでも、
いろんな人間関係、人と人との距離感の取り方を、
自然と教えてあげてきたっていう、
そういう豊かさがきっとあるんだなって思いますよ。
やっぱり、常識じゃなくて、
親でも子どもでも、自分のなかの着地点っていうか、
「これが人の道」じゃないけど、
自分のなかの経験から出てきた答えが
いちばん強いだろうから。
その人がその人の人生をちゃんと生きてきたかどうか、
なんでしょうね。
- 伊藤
- ほんと、そうですよね。
- 内田
- 伊藤さんもそうだし。だから、
ロールモデルはないんですよね、結局は。
「こうでなきゃ」っていうのもないし。
普通は、一つの決まりきった定型があって、
そこにはめよう、はめようとしますよね。
もちろん社会だから、みんなでおんなじルールは
共有しなきゃいけないんだけれども、
人としてのいろんな判断っていうのは、
ほんとそれぞれでいいわけだから。
- 伊藤
- よくCMを見てて思うのが、
お父さんとお母さんがいて、2つぐらい年の違う
男の子と女の子がいる4人家族っていうのが、
「幸せのかたち」として出てくること。
仲が良さそうで、お父さんは優しそうで、っていう。
それがロールモデルなんでしょうね。
- 内田
- ほんとう。女の子がいると、
そういう話ができていいですよね。
男の子は、ガールフレンドができると、
お母さん、いなかったことにされちゃいます。
- 伊藤
- そうなんだ!
- 内田
- それこそ結婚しちゃったら、
奥さんのほうの家族と仲良くなるだろうし。
だから、母親としては、娘がいるっていうのは
とても心強いし、いつまでも対話ができるだろうし。
もちろん確執のある母娘もいるから、
一概には言えないかもしれないけれど。
- 伊藤
- うん。そうですね。確かにね。
‥‥あら、もう2時間も話していたんですね。
すっかり長くなってしまって。
いつまでも話していられそう。
- 内田
- ぜひまたお話ししたいです。
ありがとうございました。
- 伊藤
- ところで、そのペンダント、気になっていたんです。
- 内田
- 長女が、小学生のときにつくってくれたんですよ。
- 伊藤
- かわいい。
- 内田
- 装飾品とかほとんど持ってないんですけど、
今、ニューヨークで失恋してるから、
思い出してあげようと。
私は最初のボーイフレンドが旦那さんで、
恋愛経験がゼロなので、
娘がそういうふうに「今、あの子が好きで」とか、
「おつきあいしてるよ」とかって言うので、
「えーっ!」って。すごく新鮮な情報なんです。
- 伊藤
- それこそ「ロールモデルなんて、ない」の例ですね。
- 内田
- ない!
母はどうだったんだろう、
若いころ、いろんな人とつきあったのかな?
でも、「相手を変えてもおんなじよ」って、
ずっと言ってたんですよ。
どうなんでしょう、恋愛って、
相手が変わると変わるものですか?
それとも、一緒?
- 伊藤
- それはね‥‥。
- 内田
- ハイ。
- 伊藤
- 相手が変わると、変わります。
- 内田
- ええっ、変わる?!
- 伊藤
- 若い頃の恋愛はとくに、
クルマと同じかもしれないですよ。
オープンカーが好きで、
すごく楽しいなと乗ってたのに、
壊れやすいわ、夏は暑いわ、
次に乗る車は質実剛健なセダンにしようと思って、
それにするでしょう?
そうすると、全然おもしろみないじゃん、みたいな。
で、またオープンカーにしちゃうんですよ。
- 内田
- おもしろい!
- 伊藤
- それのくり返しです。
- 内田
- でも、それは散々、オープンカーも乗りこなして、
そのアドベンチャーやスリルも、
「だいたい、こんなもんだな」って体験しつくせたから、
「もう、私は」っていうことなのかもしれないし。
- 伊藤
- そっか! ふふふ。
- 内田
- (笑)
(ということで、話はつきませんが、このあたりで。
ご愛読ありがとうございました!)
ご愛読ありがとうございました!)
2020-01-02-THU