ロンドン、ハワイ、
メルボルン、ニューヨーク、
パリ、ヘルシンキ、ホーチミン、
ミラノ、ストックホルム。
伊藤まさこさんが、
世界各国、9つの街に住む友人たちと、
オンラインで話をしました。
これまでの暮らしとは
すこし変わってしまったいま、
家の中で多くの時間を過ごす日々を
どうやって過ごしているか、
食事は、生活習慣は、おしゃれは、
ストレス解消方法は?
そして、日本とはちがう社会の現状についてなど、
いろんなテーマでのおしゃべり。
現地からの日常の写真もまじえて、
ちょっと風通しのよいコンテンツに
なったらいいなぁと思います。
●登場するみなさま
ニューヨーク‥‥仁平綾さん
ハワイ‥‥工藤まやさん
ロンドン‥‥イセキアヤコさん
メルボルン‥‥田中博子さん
パリ‥‥鈴木ひろこさん
ヘルシンキ‥‥森下圭子さん
ホーチミン‥‥田中博子さん
ミラノ‥‥小林もりみさん
ストックホルム‥‥明知直子さん
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2020/04/Aya-Nihei_prof.jpg)
仁平綾
1976年生まれ、編集者・ライター。
2012年よりニューヨーク・ブルックリン在住。
得意ジャンルは、食、猫、クラフト。
雑誌やウェブサイト等への執筆のほか、
著書に、ブルックリンのおすすめスポットを紹介する
私的ガイド本『BEST OF BROOKLYN』vol.01~03、
『ニューヨークの看板ネコ』『紙もの図鑑AtoZ』
(いずれもエクスナレッジ)、
『ニューヨークおいしいものだけ!
朝・昼・夜 食べ歩きガイド』(筑摩書房)、
『ニューヨークの猫は、なぜしあわせなの?』
(朝日新聞出版)、
『ニューヨークでしたい100のこと』(自由国民社)、
伊藤まさこさん・坂田阿希子さんとの共著に
『テリーヌブック』(パイインターナショナル)、
『ニューヨークレシピブック』(誠文堂新光社)がある。
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2020/04/Maya-Creaprof.jpg)
工藤まや
TV、CM、雑誌、イベントなどで活躍する
メディアコーディネーター。
虹がかかることで知られるマノアバレーに住む。
連載などの執筆も行い、
近著に『ハワイ暮らしのお気に入り:
オアフ島ライフスタイルガイド My Daily Hawaii』
がある。
CREAのウェブサイトで
「工藤まやのおもてなしハワイ」を連載中。
ハワイの日々はインスタグラムからどうぞ。
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2020/05/83ec0904d26760940ce2b74c1b5566d5.jpg)
イセキアヤコ
京都出身。2004年よりイギリス、ロンドン在住。
アンティークやヴィンテージのジュエリーを扱う
ロンドン発信のオンラインショップ、
「tinycrown(タイニークラウン)」
を運営している。
(メルボルン)
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2020/05/IMG_0394.jpg)
田中博子
パティスリークリエイター。
1978年生まれ。
福岡で中村調理師専門学校製菓技術科を卒業後、
横浜のノインシュプラーデン(ウィーン・フランス菓子)
にて勤務。
その後、食育料理研究家である
藤野真紀子氏に6年間師事したのち、
2006年にフランスへ。
パリの「L’Ecole Lenôtre」「Le Cordon Bleu Paris」、
プロ向け製菓学校「Ecole Gastronomique Bellouet
Conseil de Paris」などで研修をつみ、
アルザス地方にある「Maison Ferber」で、
ジャムの妖精とも呼ばれ、世界中で注目されている
Christine FERBER氏のもとで1年間働き、
アルザス地方伝統の菓子や料理、ジャムづくりを学ぶ。
帰国後は
東京、福岡を中心に全国でお菓子レッスンを開催。
2011年から<クレアパ CREA-PA>の屋号で活動を開始。
旬のフルーツを贅沢に使った少量生産のジャムやお菓子の
卸販売を始める。
2019年、結婚を機にオーストラリアのメルボルンに移住。
著書に『パウンドケーキの本』
『セルクルで作るタルト』
『家庭で作れるアルザスの素朴なお菓子』
『ジャムの本』などがある。
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2020/05/prof_suzuki_hiroko.jpg)
鈴木ひろこ
スタイリスト、ライター、コーディネーター、
ファッションコンサルタント。
パリ在住29年。
スタイリストとして、雑誌や広告、
音楽関係などで経験を積んだ後、渡仏。
現在は、女性誌を中心に
パリをはじめ、ヨーロッパ各国で取材・執筆を行い、
ファッション撮影のキャスティングや
オーガナイズを手がける。
日々、パリの街を歩きながら、
人、モノ、コトなど
さまざまな古き良きものや、
新しい発見をすることが趣味。
著書に『フレンチ・シャビーのインテリア』
『大人スウィートなフレンチ・インテリア』
『パリのナチュラルモダン・スタイル』
『シャンペトル・シャビーの家』(グラフィック社)
などがある。
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2020/05/konmari-or-danshari-and-found-my-old-teiki-from-2001.jpg)
森下圭子
1969年生まれ。
ムーミンの研究がしたくて
1994年の秋にフィンランドへ
夏は島めぐり、秋は森でベリー摘みに始まって茸狩り、
冬は寒中水泳が好き。
現在、ヘルシンキ在住。
「取材や視察のコーディネートや通訳、
翻訳の仕事をしています」
訳書に『ぶた』『アキ・カウリスマキ』、
ミイのおはなし絵本シリーズ、
『ぼくって王さま』
『トーベ・ヤンソン 仕事、愛、ムーミン』などがある。
映画『かもめ食堂』の
アソシエート・プロデューサーとして
初めて映画の仕事を体験。
「ほぼ日」では2004年から2005年にかけて
『サンタの国、フィンランドから。』を、
2009年から2012年にかけて
『フィンランドのおじさんになる方法。』を連載。
2015年には作家・重松清さんのインタビュー、
『トーベ・ヤンソンの人生を、ぼくたちはもう一度生きる。』
にも登場している。
写真は「ちょっと断捨離してみるかと箱を整理していたら、
いきなりでてきた昔の定期券」。
当時はお金がなくて、髪も自分で切っていたので、前
髪が斜めってるのはわざとではなく、
まっすぐ切ってるつもりが結果こうなったのだそう!
(ホーチミン)
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2020/05/prof_IMG_7668.jpg)
田中博子
ベトナム手刺繍コーディネーター。
洋書の表紙に写る生春巻きに感動を覚え、
現地に行き、見て、食べて確かめるべく
1996年サイゴン(ホーチミン)旅行を決行。
1999年7月に移り住むまで、
休暇を使って北から南まで何度も旅をする。
住み始めてからは、ベトナム語を学びながら、
現地案内、職人探しをはじめ、
現在は手刺繍を絶やさないよう奔走中。
刺繍以外にはホーチミン近郊でのかご作り、
水牛の角や木製の小物などの手仕事にも携わる。
オンラインショッピングサイト
「Costa-Japan」の刺繍製品全般を担っている。
「ほぼ日」では、伊藤まさこさんとつくった
「ベトナム手刺繍の服。」を、
「weeksdays」では、
「ベトナムのかご」「ベトナム手刺繍のハンカチ」
の製作を担当している。
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2020/05/prof_kobayashi_morimi.jpg)
小林もりみ
丁寧に作られたイタリア食材を直輸入する
カーサ・モリミ代表。
ミラノ在住10年。
ライフスタイルに特化したプランニング会社に勤務した後、
2000年カーサ・モリミ設立。
2009年スローフードが運営する食科学大学大学院へ。
イタリアに拠点を移す。
”Food as Life Style よく食べることは、よく生きること”
”You are what you eat 台所から始まる、豊かな暮らし”
こうした信念から、添加物不使用、
手間と時間をかけたナチュラルな美味しさを
イタリアから日本に紹介している。
2011年の東日本大震災後、福島の子どもたちの
イタリア保養を行うNPO”オルト・デイ・ソーニ”
(www.ortodeisogni.org)をミラノにて仲間と設立、
代表を務める。
2014年より母校である在ピエモンテ州ポレンツォの
食科学大学大学院
にて非常勤講師として日本の食文化を担当する。
■Instagram
@morimicucinetta
@casamorimi
■Blog
イタリアの小さな台所から
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2020/05/prof_akechi_naoko.jpg)
明知直子
1979年生まれ。
フォトグラファー、コーディネーター、
ライター、通訳・翻訳。
千葉大学美術・図工教育課程終了。
その後、IDEEにてインテリアコーディネートに携わる。
2007年渡瑞。北極圏の街キルナに語学留学し、
スウェーデン最古の街シグチューナで写真を学ぶ。
現在、ストックホルムを拠点に北欧の魅力を伝えるプロジェクト
「Handcrafteriet」(「手でつくる」の造語)にて、
幸せは自分たちで作る北欧のライフスタイルや
暮らしを彩るヒントを探っている。
「ほぼ日」では
2012年のほぼ日手帳springの限定カバーで
「ダーラナの春」を販売したさい、
ダーラナ地方と、ダーラヘスト(木彫りの馬)の
魅力を伝える写真のコンテンツに登場。
「weeksdays」では2019年11月に
冬支度のコラム「冬の愉しみ」を執筆。
ミラノ 小林もりみさん[2]10ページの訃報、
「フェイズ2」、
コロナと共に生きていく。
- 小林
- 医療のボランティアの数もすごくて、
それもイタリアってすごいなと思った出来事でした。
- 伊藤
- ボランティアが?
- 小林
- 市民保護局の呼びかけで
2万人近くの人がボランティアとして
検査現場や集中治療室の設営に携わっていると、
毎日夕方6時の記者会見で発表されていました。
また、医師や看護師が
足りなくなるとわかってきたとき、
引退したお医者さまにも声をかけたんです。
実は、医療関係者の方、お医者さまが
150人以上、亡くなっているんですね。
そのうちの、いちばん数が多いのは、
感染で戦っている現場ではなく、
ファミリードクターの方々だったんです。
イタリアはまずファミリードクターに行き、
処方箋を書いてもらったり、
大きい病院に行く相談をするんですが、
初めのころ、状況がわからず、
無防備だったファミリードクターの方々が罹り、
亡くなった方が出ました。
それと、その、引退していたけれど、
現場がたいへんだということで
復帰してくださったお医者様が、
ご高齢と過労で亡くなったり。
- 伊藤
- うん‥‥。
- 小林
- そんな中で、いつもの夕方6時の会見で、
タスクフォースを必要としている、と。
タスクフォースというのは、緊急医師団ですね。
300人、被害がひどい所に派遣する
お医者様が必要だと募集をしたんです。
そうしたら、なんと
7,900人の応募があったんですよ。
あっという間に。
- 伊藤
- えぇーっ。
- 小林
- そのころ、みんな、本当に傷ついて、
もうどこまで傷つくかわからないくらい、
メタメタにやられてる感じだったんですよ。
なのに、イタリアには、
まだこれだけの愛と力があるんだって。
私は、心細くなっていたこともあって、
初めてそこで泣きました。
テレビを見て泣きながら拍手しちゃった(笑)。
- 伊藤
- 本当ですね。すごいですね。
- 小林
- それがすごく励みになって。
「よし、こっちだって、1人だけど頑張るぞ!」
みたいな気持ちになれました。
何かの記事にも書いてあったんですけど、
「イタリアでは不思議なことが起きている。
みんな家に閉じこもっているのに、
団結力が生まれている」って。
本当にみんなそう感じてるんじゃないかな、
って思いました。
その後、看護士さんを500人募集したときは、
10,000人を超える応募がありました。
そういうことに、すごく救われました。
イタリア人がですよ、
あの、人の言うことをきかないイタリア人が!
自分のためだけだったら
できなかったと思うんです。
やっぱり、社会のためとか、患者さんのためとか、
おじいちゃん、おばあちゃん、
社会の弱者の命を守るためとか、
お医者さんの仕事、医療システムを守るためとか、
だからみんなが家にいられたんですよね。
「自分のためにいろ」って言われたら、できない。
- 伊藤
- 家族のためっていうのもありますよね。
- 小林
- そうですよね。
自分自身、考えたことも、
実感したこともなかった辛い経験です。
まだ今、続いてますよね。
数週間、あるいは1か月闘病してから
亡くなる方も多いので、
まだまだ続くという覚悟をしていますが、
この辛い経験から、イタリアっていう国が
どういう国かっていうことがわかって、
強く安心感を覚えました。
リーダーの人たちの顔が見えること、
その人たちの言葉、
隠されている情報がないと感じられること。
もちろん、失敗もたくさんあると思うんですね。
こんな状況で、逆に失敗せずに
できるなんてことはもうあり得ないわけで。
でも、ふだん文句ばっかり言うイタリア人たちが、
73パーセント、政府の対応に
満足してるって出ているんです。
- 伊藤
- すごい‥‥。
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2020/05/64f3009a2541b453aa2ee119198f44bd.jpg)
▲窓から見える高層ビルがイタリアントリコロールになって2ヶ月。
- 小林
- 犠牲者のご家族も、
「お医者様には感謝しかない」
っていうコメントが多いと聞きました。
お別れできずに、
いきなり家族が奪われてしまう状況の中で。
- 伊藤
- そうですよね。
- 小林
- この家族愛に満ちた国の人にとって、
それがどれだけ辛いことか。
それでも「お医者様には感謝しかない」
って言っているのを聞いたとき、
辛いけど、でも、私もその時は、
同じように思うんじゃないかなって。
- 伊藤
- このごろ思うんです。
会わなくても、人とのつながりは途絶えないし、
逆にもっと深くなる。
- 小林
- 私はひとり暮らしなので、
みんながやたら心配して
電話してきてくれたりしますよ。
- 伊藤
- もりみさんは、食材の生産者さんと
直接やり取りして、
食材を選ばれたりしてるじゃないですか。
そのみなさんは、
今どういうふうに過ごしているんですか。
たとえば、オリーブオイルとか。
- 小林
- オリーブオイルはもう収穫が済んでいて、
今は畑仕事なんですね。
発注すると、真空タンクに貯蔵してあるものを
瓶詰して出してくれるんですけど、
幸いなことに、食品の分野は
生活必需品なので、動いてるんです。
でも3月は、1か月くらい
生きた心地がしなかったです。
イタリア全土が封鎖になると発表された夜は
さすがに眠れませんでした。
「カーサ・モリミは、もう売るものがなくなるのか」
と思って、次の日、電話しまくったんです。
南のほうの生産者のみんなに。
そうしたら、「普段10人でやってるけど、
ソーシャルディスタンスを取って
仕事をしないといけないので、
今は4人でやってるよ」とか、
パスタ屋さんも「夫婦2人でやってるよ」とか。
むずかしい状況の中で、一所懸命、
できることをやっているんですね。
- 伊藤
- へぇ。じゃあ、忙しくなさっていたんですね。
- 小林
- はい。コンテナが中国で止まり、
なかなか来なくなっていると聞いて、
もうとにかく電話しまくりました。
私の分野は、本当に幸運に、
すごくスローでしたけど、
「なんとか届けるよ」と生産者さんが言ってくれて、
泣かされました。
私の分野は何にしても時間がかかるんですけど、
やっと昨日船が出て、日本に届けられそうです。
恵まれていると思います。
モーダ(MODA)、ファッション業界ですね、
そこに勤めている友達や、音楽関係の人は、
先が見えないと言っていますから。
- 伊藤
- そうですよね。それは、食べることの
次の次、とかになっちゃいますもんね。
- 小林
- だからプラダもマスクを作って納めたりとか、
アルマーニも、使い捨て防護服を作って
寄付したり。
本当、イタリア中で、
できることで貢献していく姿勢がありますね。
- 伊藤
- すばらしいですね。
じゃあ、もりみさんの心の安定は、
いまは大丈夫ですね。
- 小林
- はい。ミラノの近郊で
お米を作っているっていうことも、
心の安定に役立ってます。
冷蔵庫にちゃんとおいしいお味噌があることとか。
イタリア人のパンやパスタは、
私にとってのお米やお味噌ですから。
- 伊藤
- そういえば、私も、
熊本でひとり暮らしをしてる、
パティシエのお友達が
誰にも会えないし、
かといって実家のある東京に
戻ることもできないと言っていたので、
イタリアの米を送りましたよ。
「こういうときは米かな!」って。
マンガも添えてね。
すごく喜んでくれました。
- 小林
- こういうときって、
本当にそういう気持ちがうれしいですよ。
私も、大阪の友人が、
おいしい梅干しと本と
明るい色のシャツを国際便で送ってくれたり、
お医者さんのお友達が、
すごくおいしいお煎餅を、
「We Shall Overcome.(乗り越えられるよ)」
っていう言葉と共に送ってくださったり。
今は、毎日1枚だけ、
お茶をおいしく淹れて、食べてます。
そういうことがほんとうに力になります。
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2020/05/10de6361a68f88afd23ffdb48ee0db72.jpg)
▲梅干しと本と一緒に読み込んだ本を送ってくれたのが嬉しかったです。(小林さん)
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2020/05/774c24efd0ac3bec9ad3c142403190ea.jpg)
- 伊藤
- うんうん。
- 小林
- 外がすごく悲しいことになっていても、
仕事が忙しかったことと、
そういう人の気持ち、
そして生産者さんたちのあったかい気持ちが
救いになりました。
「なんとか日本には荷物を出すからね!」って。
- 伊藤
- 「イタリア、大変だよね」って、
みんなで言っていたんです。
本当によかった、お元気そうで。
みんなからも質問はありますか?
- ──
- はい、ぜひ。
さっき、「スーパーレジの方も亡くなっている」と
おっしゃっていたのに驚いてしまって。
やはり感染者数、死者数の多さゆえか、
「死」というものを、イタリアにお住まいだと、
ずいぶん身近に感じておられるように思ったんです。
- 小林
- そうですね。
私がいちばんそのことを思ったのは、
ベルガモという、深刻な事態に陥った
北イタリアの町があるんですが、
その地元紙の訃報欄を見たときです。
ある日の新聞に、
訃報が10ページくらい載りました。
亡くなった方を、写真と共に掲載していたんです。
- 伊藤
- 訃報が10ページ‥‥。
- 小林
- 私たちって、数字だけ見ていると、
そこに、1人1人の暮らす人生や、
そこに、たくさんのご家族がいるっていうことを
想像してもしきれないですよね。
けれども、お顔を見ると、
ほとんどが高齢者の方だったんですけど、
深く刺さるものがあって。
- 伊藤
- 今まで数として認識していたのが、
実際、亡くなった方のお顔を見ることで‥‥。
- 小林
- そうなんです。
レジの方が亡くなったと知ったときも、
自分に何ができるんだろうと考えて。
本当すごくかわいそうだなと思うんです。
みんな怖いじゃないですか。
マスクだって完全にウィルスを防ぐことが
できるかどうかわからないわけですし、
毎日、たくさんの人と接触するわけですから
リスクは高いわけですし、
対面しても、世間話もできないし
お礼だって言いづらくなっているし。
やっぱり、できることは、
できるだけ行かないことだと思って。
- 伊藤
- うんうんうん。
- 小林
- だから、なるべくスーパーに行く回数を減らして、
行った時は「ありがとう」の気持ちを、
目を思いきり開いて(笑)、
表情で伝えることにしているんです。
- 伊藤
- なるほど!
- 小林
- あとは、友達のお兄さんが感染したり、
パリの友人が感染したりしています。
もう回復したんですが、
2週間くらい熱が下がらず、味覚がなく、
嗅覚もない状態で、すごく辛かったと、
SNSで発信なさっていたりして。
- 伊藤
- いま発表されている、
これからのイタリアのコロナ対策は
どうなっているんでしょう。
- 小林
- 5月の4日から
(註:対談は5/1に行われました)、
「フェイズ2(ツー)」という
新たな段階に入るんです。
それは「コロナと共に生きていく」ということで、
段階的な解除になっていくんですよ。
- 伊藤
- 「コロナと共に生きていく」。
- 小林
- コロナがなくなった、終わったのではなく、
コロナと共に生きていく、
暮らしていく時期だということです。
イタリアの集団免疫を調べると、
まだ10パーセント台しかないんですって。
私もこれからスマートフォンのアプリを
入れなきゃいけないんですけど、
州がつくった情報のアプリを活用して、
社会の情報と、
自分がどういう状況かをシェアすることで、
安全に暮らそうという動きが生まれています。
それが「フェイズ2」なんですね。
お店は18日から、だったかな。
私がルンルンなのは、
5月4日からお散歩ができること!
- 伊藤
- おぉ。それすらも、できなかったんですものね。
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2020/05/04dd725a70757ebe321146dde2f36453.jpg)
▲5月4日の写真が小林さんより後日届きました。ミラノ市のポスター。「新たな始まり。一歩ずつ」
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2020/05/ee9e4927abf744530718e50818ec62d7.jpg)
▲散歩ができるようになった公園の様子。
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2020/05/c476cef7c43539346a542647227e18d6.jpg)
▲200m制限移動が解けてやっと好きなエノテカ(ワイン屋)へ。
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2020/05/566414ad4919f94fefe513ba63ef7c86.jpg)
▲本屋さんもリオープン。「みなさんにまた会えて幸せです」という看板。
- 小林
- パリやニューヨークだとできることが、
イタリアはだめだったんですね。
「フェイズ2」で、少しずつ社会が、
「仕事に戻ろう」とか、
そういうふうになるんだけれども、
ウイルスはいなくなったわけじゃないんだから、
共生するためにしっかりルールを守って、
再発を防がなきゃいけないということですね。
だからお散歩も慎重に!
でも「できる」と思うだけで、
ほんとうにうれしいです。
- 伊藤
- うんうん、ありがとうございました。
今回、いろんな方と話をして、
逆に私たちが元気を貰っています。
イタリアを見直した、
っていうお話、素敵でした。
- 小林
- そうですか!
そういえば、うちの大家さんからも
ちょっと泣かされたんですよ。
大家さん、おばあさんなんですけれど、
親しくしているわけではなかったんです。
それが、突然電話がかかってきて、
「え、私、家賃滞納でもしてるのかな?」と思ったら(笑)、
「もりみ、なにか私にできることはある?」って。
- 伊藤
- ええっ! それは嬉しいですね。
- 小林
- びっくりしてしまって。
「むしろ、私があなたのために
何かできることありますか」ですよね。
その翌々日がイースターだったんですが、
管理人さんが、大家さんからですよって、
大きな卵のかたちのチョコレートを
届けてくださって。
マンションの下には、
「ご高齢の方々へ。
買い物をする必要があったり、
困っていることがあったら、
ここまで電話をどうぞ。何でもします。
何階の何々より」という張り紙があったり。
そういうことが、
すごく心をあたたかくしてくれるし、
「あぁ、きっと私たちは大丈夫、乗り越えられる!」
みたいな気持ちにしてくれる。
そういうことが、一番重要なんだなと思いました。
こういうときって。
- 伊藤
- 本当ですね。まず自分からですね。
- 小林
- そういうことが少しずつ拡がっていくと、
大河の一滴が社会を変えていくと思います。
‥‥そうだ! 私のほうから、
まさこさんにお礼を言わなくちゃ。
- 伊藤
- えっ? なんだろう?
- 小林
- 3月の真ん中くらいに、
ミラノでもマスクをしないと外に出ちゃいけない、
っていうルールになったとき、困ったんです。
手作りをすればいいんですが、
私「ブッキー」というあだ名が付いてたくらい、
学生時代から不器用なんですよ。
そうしたら、伊藤さんの、
ハンカチマスクの簡単な作り方が載っていて!
あれでいくつかマスクを作りましたよ!
イタリア人たちにも、リンクを送りましたし、
あのおかげで、私はマスクに困りません。
ハンカチを折って、チクチク。
あれだったら、私もできました。
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2020/05/3cd023f4305d23a7fe4182f9ebffd0ca.jpg)
- 伊藤
- わぁ、うれしい(拍手)!
ありがとうございます。
- 小林
- こちらこそ。
また元気にお目にかかりましょう。
- 伊藤
- ぜひ! ありがとうございました。