COLUMN

赤い展示室。

今井麗

パティシエ、塗師、イラストレーター、画家。
4人のクリエイターのみなさんに
「赤」についてのエッセイを書いていただきました。

いまい・うらら

1982年生まれ、神奈川県在住。
画家。
近年では、20年にUNIONPACIFIC(ロンドン)、
OIL by美術手帖(東京)、
2019年にオペラシティアートギャラリー内の
「project N」で個展を開催。アートフェアへは
「NADA 2018」 XYZ Collective(マイアミ)
などに出品。
2018年に初の作品集『gathering』(Baci)を発表。
2020年6月にnidi gallery(渋谷)で個展を開催予定。

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パリのオルセー美術館に行くと
とっさに足が向く展示室がある。
巨大な時計を見上げる入り口を入って右手の展示室には
ビビットなカドミウムレッド色のウォールに、
エドゥアール・マネの「オランピア」が
豪華な真鍮色をした木彫りのフレームに
収まって掛けられている。
(現在はどうか分からない。)
私はこの真っ赤な部屋に掛けられている
オランピアを初めて見た時、
目の覚めるような衝撃を受けた。
真っ赤なウォール込みで、
なんておしゃれな絵なんだろう!! 
という気持ちだった。
この上質で真っ白なシーツと
刺繍が入ったシルクの布に横たわる裸のオランピアを、
深緑の重厚なカーテンと茶色の背景、
女中さんの肌や逆毛を立てる黒猫が引き締め、
彼女の美しさを引き立てている。
彼女の首にかかる黒い紐の簡素な首飾りが
なんとも都会的だ。

マネは、それまでの宗教や神話の主題にからめて
描かれていた裸婦画と違って、
ただモデルという仕事に徹して淡々とポーズを取っている
スレンダーな高級娼婦オランピアを描いた。
私はきっと西洋美術の見過ぎで
眼にうっすら蓄積してしまったセピア色のフィルターが
スコーンと晴れた気がしたのだろう。

私はマネの色彩感覚がとても好きだ。
例えば「笛を吹く少年の絵」では
縦に黒いラインが走った赤いズボン、
原色に近いような明快な色で描かれた
制服が少年の溌剌とした若さを引き立てている。
彼の描く絵の具の使い方には、
洗練された都会的な色のバランス感覚が表れている。
漆黒のシルクハットと
ノリがパリッと掛かった正装を身につけて
颯爽と社交界に出没している
上品な絵描きさんというイメージだ。
過度な装飾とコルセットを排除した
解放的かつ洗練された洋服をデザインし、
真珠とノワール色を愛した
シャネルの精神に通じるものを感じている。
ベラスケスを愛し、アカデミーを継承する
保守的なポジションに拘り、
印象派と付き合いはするが、
やや距離をとるというスタイルに感銘を受けている。
私はここを通るたびに、同室に陳列されているカバネルの
「ヴィーナスの誕生」もチェックしている。
当時マネとしばしば比較されてきたサロンの優等生の、
マカロンをちりばめたような生ぬるい裸体画を観て、
当時の評価に思いを巡らせ、
近代美術の幕が開けようとしている美術界の喧騒を
妄想している。

オルセー美術館の赤い展示室に掛けられていた
この一枚の作品をきっかけに
私は、美術館で作品を観る度に
展示室の空間も一緒に観て楽しむようになった。
ここに画集を見いるだけでは味わうことのできない
醍醐味があると思う。
それだけにコロナショックで
世界中の名だたる美術館が閉館中という
未曾有の危機に胸が痛む。
私はコロナへの恐怖を煽るニュースを聞く度に、
鬱になるどころか創作意欲が湧いている。
もしかしたら明日は描けないかもしれない。
毎晩眠りにつくときに、
今日も家族が皆おだやかに健康に過ごし、
絵も描けたことに感謝する日々だ。

2020-06-03-WED