柔らかな影。
その4
「日傘」をテーマに、
エッセイストの酒井順子さんに執筆をお願いしました。
4回連載、どうぞおたのしみください。
さかい・じゅんこ
エッセイスト。
立教大学社会学部卒業。
高校在学中に雑誌「オリーブ」に連載を持ち始め、
大学卒業後に3年間の広告会社勤務を経て、
エッセイ執筆に専念。
2003年刊行の『負け犬の遠吠え』はベストセラーになり、
講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。
『枕草子REMIX』『徒然草REMIX』『紫式部の欲望』
『女流阿房列車』『ユーミンの罪』『地震と独身』
『オリーブの罠』『子の無い人生』『男尊女子』
『百年の女』『家族終了』『平安ガールフレンズ』
『センス・オブ・シェイム 恥の感覚』など著書多数。
河出書房新社『日本文学全集』では、
『枕草子』の現代語訳を担当。
「ほぼ日の学校」の
「橋本治をリシャッフルする」では講師をつとめる。
若い頃の私は、存分に太陽を浴びて、
ガングロ茶髪状態で生きていました。
しかし二十代半ばにやっと「これではまずい」と気づき、
日焼け引退を宣言。
以降、すわ日差しという時に備え、
武士の刀かのように日傘を持って、日々を過ごしています。
旅に出る時も、季節を問わずに
晴雨兼用の傘を持っていきます。
かつて京都の伏見稲荷に行った時は、
かんかん照りだったので傘をさしたら
日が照ったまま急に雨が降ってきて、
日光と雨とを同時に傘がさえぎっているという状態に。
まさに狐の嫁入りに遭遇したのであり、
私は傘をさしたままで、嫁入りを寿いだことでした。
日傘によって片手がふさがれるのは、
時に厄介なことではあります。
が、その厄介さは、時に少し贅沢にも感じられるもの。
単に紫外線を避けたいのであれば、
高機能の日焼け止めクリームを塗り込めばいいのでしょう。
しかし日傘は、日焼け止めクリームは
決して感じさせてくれない
「守られている」という気持ちを、
持つ者に与えてくれるのでした。
日傘はおそらく、紫外線や暑さからのみ、
持ち主を守ってくれているのではありません。
一人で歩いている時、
もやもやとした不安がこみ上げてきても、
日傘の柄をきゅっと握れば、
心づよさを感じることができる。
また都会の喧騒の中でもお気に入りの日傘をひらけば、
傘の下には静寂の空気を得ることができるのです。
相棒のような日傘を持って、私は今日も外へ出ます。
晴れていようと曇っていようと、
日傘があればどうにかなりそう。
左手に柄を持ち、右手を添えてゆっくりと傘を開けば、
そこにあるのは私だけの影。
柔らかな影に包容されることによって、
私は安心して歩を進めていくことができるのでした。
(了)