COLUMN

カシミア。
[1]小さな玉巻の毛糸

群ようこ

作家・エッセイストの群ようこさんに、
カシミアについての思い出を書いていただきました。
3回にわけて、おとどけします。

むれ・ようこ

作家・エッセイスト。
1954年、東京生まれ。
日本大学藝術学部卒業後、
6回の転職を経て「本の雑誌社」へ。
在職中の1984年に『午前零時の玄米パン』でデビュー。
その後作家として独立、
1989年に『無印OL物語』で小説家デビュー。
以後、エッセイと小説を多数上梓。
映画『かもめ食堂』の原作もつとめている。
近著に小説『散歩するネコ れんげ荘物語』(ハルキ文庫)、
エッセイ『じじばばのるつぼ』(新潮社)など。

私がはじめてカシミアというものの存在を知ったのは、
小学校の高学年のときだった。
小学校に入学する頃から、
母親に編み物を習っていたのだが、
最初に私に渡されたのは、
古いセーターをほどいて洗い、
それをまた玉に巻き直した再生利用の毛糸だった。

最初は編むのが楽しいので、
まっすぐではなく、ちりちりが残っている
ラーメンのような毛糸でも平気だったのだが、
だんだん新しい毛糸で編みたい! 
という気持ちがわいてきた。
しかし母は合繊の毛糸は買ってくれたものの、
純毛の毛糸は家で再生したものしか、渡してくれなかった。
それが、私が本気で編み物をしたいとわかったらしく、
輸入毛糸店に連れていってくれたのだった。

店に置いてあったのは、
これまで見たこともない毛糸ばかりだった。
興奮しながら棚を見ていくと、
ふわふわの薄いグレーの毛糸に目が奪われた。
どうしてもその糸でマフラーが編みたくなり、
母親にそういうと買ってくれた。
そのフランス製の毛糸は、
ウールとアンゴラの混じった糸で、
その柔らかさといったらなかった。
買ってもらってうれしかったのだけれど、
店内で別格扱いで飾られている、
小さな玉巻の毛糸に目を奪われた。
茶色、紺色、グレーといった色が並んでいたが、
その美しい色と艶で毛糸が輝いていた。
私がじっと見ていると母親が、
「それはカシミアという高級な毛糸で、
私も編んだことがないのだから、
あなたが編むようなものではない」
といった。
小学生にはもったいない
フランス製の毛糸を買ってもらったので、
私は納得したけれど、
いつかはあの美しい糸で編んでみたいと憧れた。

フランス製の毛糸で私が編んだマフラーは、
五十年以上経ってもまだ手元にあって、
冬になると私の首を温めてくれている。
しかし飾ってあったカシミアの糸で編む夢は叶わなかった。
あのときの自分だったら、
小さくて美しいカシミア毛糸で何を編んだだろうかと、
この歳になってもまだ思い出しているのだ。

2020-10-18-SUN