COLUMN

カシミア。
[2]柔らかい光

群ようこ

作家・エッセイストの群ようこさんに、
カシミアについての思い出を書いていただきました。
3回にわけて、おとどけします。

むれ・ようこ

作家・エッセイスト。
1954年、東京生まれ。
日本大学藝術学部卒業後、
6回の転職を経て「本の雑誌社」へ。
在職中の1984年に『午前零時の玄米パン』でデビュー。
その後作家として独立、
1989年に『無印OL物語』で小説家デビュー。
以後、エッセイと小説を多数上梓。
映画『かもめ食堂』の原作もつとめている。
近著に小説『散歩するネコ れんげ荘物語』(ハルキ文庫)、
エッセイ『じじばばのるつぼ』(新潮社)など。

小学生のカシミアとの出会いから、
私にとってはカシミアは憧れの素材だった。
しかしどちらかというと色合いも地味めだったし、
価格もOLにとっては高価だった。
といってもぬめるような手触り、美しい艶、
軽さはずっと頭に残っていて、
いつかはお金を貯めて
カシミアのマフラーを買おうと考えていた。

そして三十歳を過ぎたときに、
はじめてカシミアのマフラーを買った。
デパートの売り場には、
キャメル、グレー、紺、
白とベージュのチェックなどがあり、
そのなかで冬に着るウールモッサのコートと
同色の紺を買った。
紺といっても艶があるので、
コートの衿もとに柔らかい光を加えてくれた。
柄がない無地のマフラーなのに、会った人は、
「そのマフラー素敵」
と褒めてくれた。
毎日首に巻いていたので、
汚れるのが気になったのだけれど、
汚れがほとんどつかないのには驚いた。
昔、母親が、
「素材のいいものは汚れがつきにくい」
といっていたのを思い出した。

今から二十年ほど前だっただろうか、
カシミアというふれこみで、
パシュミナのマフラーやストールが
大流行したことがあった。
価格も信じられないほど安く、
すぐ皺になってしまうようなものもあった。
色もこれまでになかったパステルカラーがほとんどだった。
すると知り合いが、
「あれは厳密にいうとカシミアとは別のもので、
本当のパシュミナとは違う」
と教えてくれた。
カシミール地方云々という説明を聞いたものの、
ほとんど忘れてしまったが、
多くの女性たちはカシミアのストールを
身につけていると思っていたのだろう。

私にとってカシミアはその美しい素材感も含めて、
ふだんは手が届かないものだった。
働くのをがんばってやっと一枚、
手に入れるようなもので、
三枚いくらで買うようなものではなかった。
最近は質のいいものが
手頃な価格で売られるようになってきた。
カシミアが手に届かない時代を過ごしてきた私からすると、
とてもうらやましいのである。

2020-10-20-TUE