ムーミンママの乾いた靴下。
「weeksdays」に、
さまざまなかたにエッセイを寄稿していただく
コーナーをつくりました。
今回のテーマは「旅」。
2週にわたり、4人のかたにご登場いただきます。
もりした・けいこ
1969年生まれ、三重県出身。
日本大学藝術学部文芸学科卒業。
ムーミンの研究がしたくて
1994年の秋にフィンランドへ
(ヘルシンキ大学の美学・舞台芸術学・
比較文学科に在籍)。
「芸術プロデュースやフィンランドの機関などで
働いたりもしましたが、
日本との縁がどんどん薄くなっていくのが
寂しくなって独立しました。
現在は取材や視察のコーディネートや通訳、
翻訳の仕事をしています」
訳書に『ぶた』『アキ・カウリスマキ』、
ミイのおはなし絵本シリーズ、
『ぼくって王さま』
『トーベ・ヤンソン 仕事、愛、ムーミン』などがある。
映画『かもめ食堂』の
アソシエート・プロデューサーとして
初めて映画の仕事を体験。
「ほぼ日」では2004年から2005年にかけて
『サンタの国、フィンランドから。』を、
2009年から2012年にかけて
『フィンランドのおじさんになる方法。』を連載。
2015年には作家・重松清さんのインタビュー、
『トーベ・ヤンソンの人生を、ぼくたちはもう一度生きる。』
にも登場している。
夏は島めぐり、秋は森でベリー摘みに始まって茸狩り、
冬は寒中水泳が好き。
ヘルシンキ在住。
私の旅立ちはせわしない。
それはひょっとすると、
家を離れる寂しさを紛らわせたいのかもと思う。
それにしたってだ。
荷造りの段階はちゃんとしたっていいだろうに、
それすらバタバタしているのだ。
結局、仕事なのか遊びなのか
南へ行くのか北へ行くのか
不明な荷物を持って旅に出る。
いつだってそうだ。
私の旅は行き当たりばったりが多い。
そして困ったことに、それが気に入っている。
元刑事のおじいさんたちが甲斐甲斐しく働く
安心なんだか犯罪の匂いがするんだか
分からない秘湯に出くわしたり、
極寒のフィンランドから逃げるようにタイに行ったのに、
気がつけば山岳民族の人たちと山に登り
零下に歯をガチガチいわせながら朝を迎え
美しい景色に涙を流したり。
パリの街も、朝焼けどきに走ることが楽しくなり、
気がつけば子犬のリタと暮らす路上生活者と
挨拶を交わすようになったり。
エストニアで人伝えに旅をするうち
片田舎に暮らす伝説の詩人に辿り着き、
玄関の鍵が開かないからと
梯子で二階の窓からお宅にお邪魔し、
その人が丸太をくりぬいて作ったという
カヌーに乗って母なる川を下ったこともあった。
バスの乗り換え時間を読み間違えた時に
助けてくれた初老の夫婦と、
フィンランドをしばし一緒に旅していたのもいい思い出だ。
旅立ちの直前、パッと頭に浮かんだ状況に合わせ、
手当たりしだいに荷物を放り込む。
時どき旅支度が上手な人のスーツケースの中が
雑誌で紹介されていたりするけれど、
大小さまざまな袋が整然と並ぶ様子を見るたび、
私のは絶対に見せられないと軽く落ち込む。
私のは、隙間に物を詰めていく荷造り方式だ。
空港でスーツケースを開けるハメになった時の
見栄えを考えて、とりあえず、
スーツケースの一番上はコートを広げて全体を覆っておく。
コートはシワが気にならなタイプが好ましい。
こだわりも何もあったもんじゃないよなと、自分でも思う。
旅をすればするほど
荷造りのフリースタイル度が増す自分に苦笑し、
ふと思い出した。
そうだ!
私にも、旅に必ず持っていくものがあったじゃないか。
いつも儀式のように、スーツケースの最後の隙間に
ぎゅっと詰め込むもの、それが「毛糸の靴下」だ。
完全にムーミンママの影響だ。
ムーミンママのハンドバックの中には
急場しのぎのものが入っている。
そのうちの一つが、乾いた靴下。
乾いた靴下なんて? と思うかもしれないけれど、
足が濡れていないって、気ままに歩きたいとき、
一番大事なことじゃないかと思う。
足が濡れてなければ、大抵のことは気にならなくなる。
大雨の中でピクニックになっても、
苔むした森の中で迷子になりかけたって、
足が乾いてたら、あんまり辛くない。
行き当たりばったりで泊まった宿の隙間風がひどくても、
足がぬくぬくしていれば、
それほどひもじい思いをせずに済む。
さすが、ムーミンママだ。
毛糸の靴下は、結局使わないことも多い。
それでもいい。
私には実用であると同時に、
旅のお守りにもなっているのだ。