COLUMN

夕方6時のチョコプレッツェル。

仁平 綾

「weeksdays」はじめての「オリジナルのおやつ」の
発売にむけて、3人のかたにエッセイをおねがいしました。
テーマは、「日々の中のほっと一息の時間」。
みなさん、どんなふうに過ごしているんでしょう?

にへい・あや

1976年生まれ、編集者・ライター。
2012年よりニューヨーク・ブルックリン在住。
得意ジャンルは、食、猫、クラフト。
雑誌やウェブサイト等への執筆のほか、
著書に、ブルックリンのおすすめスポットを紹介する
私的ガイド本『BEST OF BROOKLYN』vol.01~03、
『ニューヨークの看板ネコ』『紙もの図鑑AtoZ』
(いずれもエクスナレッジ)、
『ニューヨークおいしいものだけ!
朝・昼・夜 食べ歩きガイド』(筑摩書房)、
『ニューヨークの猫は、なぜしあわせなの?』
(朝日新聞出版)、
『ニューヨークでしたい100のこと』(自由国民社)、
伊藤まさこさん・坂田阿希子さんとの共著に
『テリーヌブック』(パイインターナショナル)、
『ニューヨークレシピブック』(誠文堂新光社)がある。

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え、うそでしょ? 
ふふっと、笑っちゃうような
食べものの始まりにまつわる説がアメリカにはある。
たとえば、ツナメルトサンドイッチ。
マヨネーズであえたツナサラダを
チーズと一緒に挟んで焼いた温かなサンドイッチが
発明されたのはダイナーの厨房。
たまたまサンドイッチを作っていた手元に、
どさりっ、ツナサラダのボウルが落下。
パンとチーズの上に運命的に着地したのだという。

ロメインレタスを、にんにく、ウスターソース、
アンチョビやパルミジャーノチーズのドレッシングであえた
シーザーサラダは、大賑わいのレストランで生まれた。
キッチンの食材をほとんど使い切ってしまい、
どうしよう、困ったシェフが、
残っていた野菜やソースを組み合わせて提供した
なんていうか、やけくそサラダ。
それが客に大ウケしたらしい。

ピンクレモネードの起源は、どこかのサーカス団。
レモネードの屋台が売り切れてしまい、
近くにあったバケツの水で、急ごしらえしたのだけれど、
バケツの中身は、団員がピンクのタイツを洗ったあとの
色つきの水だった。とかなんとか。
どうか、うそでありますように‥‥。

ドイツからの移民がアメリカへ持ちこんだという
プレッツェルにも逸話がある。
当時、食べられていたのは、
ソフトプレッツェルと呼ばれるパンに近いもの。
生地を編んで作る、ハートみたいな形はそのままに、
サイズは顔の大きさほど。
塩の粒を散らした外側は艶々のきつね色で、
ひと口かじれば、もちもち。密な食感が楽しめるアレだ。
ドイツ移民が多く暮らした東海岸のペンシルべニア州では、
地元ベーカリーの定番商品だったらしい。
ある日、とあるベーカリーで、
オーブン当番をしていた見習いが居眠りをしてしまう。
不注意により、長時間焼かれたプレッツェルは、
ガチガチに焼き締まった失敗作。
ところが、それが奇跡的においしかった。
というわけで誕生したのがハードプレッツェル、
小ぶりなスナックタイプのプレッツェルというわけ。

ニューヨークでは、ソフトとハード、
二種類のプレッツェルが売られ、食べられている。
ソフトタイプをよく見かけるのは、
街中のホットドッグ屋台。
小腹を満たせる、軽食代わりという感じ。
ハードタイプは、庶民のスナック菓子だから、
スーパーやデリ(コンビニ)なんかで手に入る。

ハードプレッツェルをチョコレートがけした
チョコプレッツェルと呼ばれるお菓子もある。
甘くとろけるチョコレートと、
香ばしいプレッツェルの、ぴりっとした塩味が
口のなかで、おいしく混ざりあう甘塩スイーツ。
私が好んで買い求めるのは、老舗のユダヤ食材店
Russ & Daughtersのもの。
プレッツェルは太めで武骨、チョコレートはビター。
甘すぎないからか、食べだすと止まらない。
プレッツェルがほっそり華奢なタイプもあって、
チョコレートショップLi-Lacのものがそれ。
ミルクチョコとダークチョコ、
ふたつの味は甲乙つけがたく、
いつも欲張って、両方買うはめになる。

さて。夕方6時。
進まない原稿を切り上げて、
いそいそとピノ・ノワールの栓を開けグラスに注ぐ。
澄んだ赤紫色をした、そそる赤ワイン、
つまみにかじるのは、チョコプレッツェルだ。
ガリッ、ボリボリ、ごくり。
はぁ、口のなかが、しあわせ。
しあわせすぎて、あれもこれも(飲む食う以外は)
もう、どうでもいいや。
となる前に、そういえば、
チョコプレッツェルという、この素晴らしきお菓子、
どこの誰が、考案したんだろう。
うそみたいなエピソードを期待して探してみたけれど、
残念ながら見つけることはできなかった。

2021-01-31-SUN