わたしがミモザを飾るなら。[1]
神棚とケーキ
鶴見 昂
ひとあし早く、3人のかたに
ミモザのリースを飾っていただき、
その感想を文章と写真で寄せていただきました。
まず最初は、パティシエの鶴見昂さんです。
鶴見 昂さんのプロフィール
1986年神奈川県生まれ。パティシエ。
東京・Café Lisette、
大阪・ELMERS GREENなどのカフェをプロデュース。
2016年熊本市で地元の果物を使った
ジャムやパフェのお店
「FLAVÉDO par Lisette」
(フラベド パー リゼッタ)をオープン。
現在熊本に暮らす。
著作に『Café Lisetteのお菓子』
(エンターブレイン)がある。
「weeksdays」ではエッセイ
「あなたには赤が似合わない。」を寄稿。
生活に花があってよかった。
自粛期間中に気分が滅入ったとき、
一人で暮らしていてふと寂しくなったとき、
何度となく自分の家に飾った花を見てはそう思った。
頑張って難しい理由を探さなくても、
花はそこにあるだけでただただ可愛いから
眺めていると気持ちが解(ほぐ)れる。
ただし、リースとなるとまた話は別。
正直に言うと花のリースを愛する自信が無い。
なんとなくクリスマスと同じように
幸せなファミリーの象徴のような気がして、
一人暮らしの我が家にミモザのリースが届いたとき、
生活に取り入れることができるのか不安になった。
自分の店にリースを飾ることはあっても、
家に飾ったことは殆どないし、
お正月にしめ縄も飾らない。
とはいえ、折角リースを飾る
素敵な機会をいただいたのだ。
全力で愛してみたいと思う。
「さて、何処に飾ろうか」と考えても、
手狭な(それでいて断捨離ができない。
ときめくものしかない)我が家である。
さっそく飾る場所に困った。
リースが際立つようなプレーンな壁もなければ、
目立つところに飾るのも気が引ける。
そんなこんなで両手にリースを抱えて
右往左往しているうちに
あっという間に日が暮れてしまい、
初日は諦めて大人しく寝ることにした。
翌朝ふたたび飾る場所に悩んでいたら、
ふと、もしかしてリースって
壁にかけなくてもいいんじゃない?
と思いたち、棚に置いてみることに。
我が家には「神棚」と呼んでいる
棚の無駄遣いスペースがある。
神棚といっても神様を祀っているわけではない。
何か特別役に立つこともないけれど、
私の心を和ませてくれる間抜けなものを
飾っている場所があるのだ。
少し勿体ないかなと思いつつ、
この場合、自分が毎日リースを目にして
気持ち良い状態にすることが大事だから、
この神棚に平置きしてみることにした。
ポンポンと小さな黄色い花が連なり、
まるで作り物のようにファンシーなミモザの花。
家に飾っていると日に日に
ビビットなレモンイエローから
落ち着いたトーンに退色して、
棚の上で朽ちていく様子が美しい。
リースの前を通るたびに
青い果物のような甘い香りが漂ってくるのにも
気分がアガる。
プラスチックや金属の無機質なものに囲まれていて、
それだけが有機的な香りを発し、
時間と共に当たり前に変化していくのだ。
家の中にこもっていると、
そうした自然の姿に癒されている自分に気付く。
花器を探したり水を換えたりしなくても、
ただ棚にリースを置いただけで
自然と生活のシーンに溶け込んでくれる
懐の深さに驚いた。
今まで変なイメージを抱えていてごめんよ。
先日までの苦手意識はどこへやら、
手のひらを返したようにリースの魅力を語っている
自分の軽薄さにも驚愕した。
平置きにするときはリースの奥を少し持ち上げてやると、
あまりのっぺりとせず静かにその存在感を放ってくれる、
と私は思う。
ミモザといえば、3月8日の
「ミモザの日」はスルーできない。
この日は1975年から「国際女性デー」
(女性の地位向上と差別撤廃を訴える記念日)に
制定されていて、同じ時期にミモザの花が咲くことから
イタリアでは「ミモザの日」と呼ばれている。
「ミモザの日」には、
女性へ感謝の気持ちを込めてミモザの花を贈り、
家庭ではミモザケーキを焼くのが習わしなのだそうだ。
ミモザケーキ。
サフランで黄色く着色したスポンジ生地と
カスタードのケーキ。
仕上げに細かく砕いたスポンジ生地で
表面をフワフワと覆って、ミモザの花を表現する。
あぁ、スポンジケーキとカスタードの組み合わせって
なんであんなに魅力的なのだろう。
萩の月やかすたどん‥‥
地方の銘菓でもおなじみの組み合わせだが、
ミモザケーキほどフワフワで
心を掴む見た目のものを他に知らない。
何より家庭で作るフレッシュなケーキの味わいには
お店で買えない格別の温もりと美味しさがある、
と私は信じている。
3月といったら露地物のイチゴも安く出回るから、
小ぶりのイチゴを少しの砂糖でマリネして香りを立たせ、
ミモザケーキにたっぷりと添えて食べるともう最高なのだ。
こうやって好きな果物を食べたいだけ
ふんだんに添えることができるのも
家庭のお菓子ならではの魅力だと思う。
恋人や友人に直接会う機会は減ってしまったけれど、
今年の春は暫く会っていない大切な人を思って
気軽な気持ちでミモザの花を贈ってみてはどうだろう。
花を贈るのに記念日である必要はないが、
照れ臭い男性諸君のために
「ミモザの日」という口実もあるのだし。
もしかしたら美味しいミモザケーキにありつけるかも。