姉御の初恋
2週にわたっておとどけする
「weeksdays」のセーター。
そこでいろいろなかたに
セーターにまつわるエッセイをお願いしました。
きょうは、人気ガラス作家の辻和美さんです。
つじ・かずみ
ガラス作家・美術家
1964生まれ、石川県金沢市在住。
金沢美術工芸大学商業デザイン科を卒業後渡米、
カリフォルニア美術工芸大学でガラスを学ぶ。
金沢卯辰山工芸工房・ガラス工房専門員を経て、
1996年にガラスデザイン・制作のユニット
「factory zoomer」をスタート。
同時に現代美術の活動を始める。
1999年、金沢に工房を設立。
以後、国内外で展覧会多数。
2005年には、同じく市内に店舗を、
2016年には、ギャラリーをオープン。
ガラスのみではなく、生活を楽しませるモノを、
作家、デザイナー、雑貨などの隔たりなく
展示、販売している。
セーターと聞いて、最初に思い出すのは、
不覚にも、私が男子のために編んだセーターだ。
初めて手に取った棒針と毛糸と編み物の本で、
無謀にも、マフラーを飛び越え、
セーターに挑戦するなんて、
恋という魔法にかかった、
中学2年生女子は何をするか、
全く見当がつかない。
当時の私は、(今でもあまり変わりはないのだけど)
浅黒く日焼けして、
背もいつも後ろから2番目くらいで、
スポーツと美術が大好きで、
どちらかというと姉御肌で、
悩み相談窓口にもなっていた。
そう、そんな、ネエさんが、恋に落ちたのは
バレー部の色白アタッカーのH君だ。
ねえ、世の中で、姉御的に育ってきた人種ほど、
実はとっても、乙女なんだって知っている?
色はピンクが好きで、フリルも好きで、
フカフカモヘアや、ぬいぐるみだって大好きなんだよ。
でもどれもなんか似合わないのも知っている。
ただ、この時は違った。
買ったのはハマナカ毛糸のベージュと、
Hのイニシャルを入れるための赤い毛糸だ。
目指すはその年のバレンタインデー。
一年に一度、女子が男子に告白を許される1日だと、
信じていたのだろうね。
チョコレートといっしょに、
手編みのセーターを渡そうと思ったのだ。
しかしながら、編んでいる時の記憶があまりない・・・。
今、必死で思い出しているのだが、
渡した時の記憶が鮮明すぎて、
作っている時がもはや消去されている。
ただ思い出すのは、その出来たセーターの
重くて不細工で大きいこと。
肩の付け根なんかがピョンと飛び上がっていたり、
イニシャルの編み込みがなぜか、
糸を引っ張りすぎたのか浮き上がっていたりと
色々問題があった。
そう、15歳の姉御の初恋と
同じくらいの重量がそこにはあった。
もちろん、色白のH君には
そのセーターも姉御の想いも重過ぎた。
腕を通すことが出来たかどうかもわからない。
渡すだけ渡して逃げて帰ったからだ。
その人のことを思って編んでいったのだろうが、
結局、自分の気持ちが膨れ上がりすぎて、
ただ、ただ、押し付けるという、
なんとも、ほろ苦い結果になってしまった・・・。
それから、棒針はどこかにしまったままだ。
あー、今から思い出しても顔から火が出そうだけど、
実は、体当たりをした自分を少し愛おしく思う。
駆け引きなど全く知らない、
純粋な気持ちを人生の中で
持ち合わすことが出来たことが
今となっては宝物かもしれない。
恋が叶う叶わぬではなく、(これは負け惜しみではないぞ)
どんなことでも、
より多くのことを自分自身で体験すること、
失敗を恐れず、何かを決めて貫き通すこと、
そんな今の私の原型が、
ここで養われたのかもしれない。
冬を迎えるころ、
暖かいものが恋しくなると、
H君の顔も名前ももはや、よく覚えていないのだけど、
あのベージュに赤いイニシャル入りのセーターを
時々思い出すことがある。