晴れの日雨の日
[1]いい天気
BonBonStoreの傘をおとどけするweeksdaysの1週間。
よみものとして、小説家の宮下奈都さんに、
3編のエッセイをおねがいしました。
外が雨でも、晴れた日でも、
ゆっくり、のんびり、おたのしみください。
みやした・なつ
小説家。福井県福井市生まれ。
上智大学文学部哲学科卒業。
2004年、文學界新人賞佳作に入選した
『静かな雨』で小説家デビュー。
2007年の長編『スコーレ No. 4』が話題となる。
瑞々しい感性と綿密な心理描写で、
いま、最も注目される小説家のひとり。
2016年『羊と鋼の森』で第13回本屋大賞受賞。
同作は2018年、映画化され話題に。
また『静かな雨』も2019年、映画化されている。
文庫最新刊は『緑の庭で寝ころんで』、
単行本最新刊は『ワンさぶ子の怠惰な冒険』。
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いい天気、というときに思い浮かべるのは、
晴れた空だろうか。
いい季節になったね、といいたくなるのが春なのか、
秋なのか、夏や冬なのか、ひとそれぞれであるように、
心の中で思い浮かべるいい天気も
ほんとうはひとによって違うと思う。
私の住んでいる福井は、雨の多い町だ。
日本では、一年のうち雨が降る日は約三割なのだそうだ。
ところが福井では、ほぼ五割が雨の日だという。
特に秋から冬にかけてはどんよりと重たく
曇った日が多いから、たまに晴れるとやっぱりうれしい。
ああ、いい天気だ、といいたくなる。
それなのに、秋晴れが続くとなんだかそわそわする。
おかしいぞ、と思う。
あんまり晴れた日は気持ちが追いつかない。
そろそろ降ってもいいんじゃないかと空を見上げる。
福井で生まれ育ったせいで
雨が身に染み込んでいるのかもしれない。
一年間、山で暮らしたことがある。
福井とは違って、雨は多くなかった。
雨が降るとうれしかった。
ひとは仕事の手を休める。
山は霞が立つように煙り、木や草は緑の色を濃くした。
緑が濃く見える、ということではなく、
ほんとうに濃くなっているのだ。
雨が来て、上がる。
その短い間に、枝や葉がぐんと成長しているのだった。
たぶん、雨の中でじっと見ていたら、
葉っぱがふるえながら大きくなるところを
目撃できると思う。
それでも、山は、晴れた日がよかった。
晴れていなければ歩くこともできない。
すぐそばに森があって、川があった。
雨が降ると、その川が勢いを増す。
ごうごうと流れていく水は、吸い込まれそうで怖かった。
山から福井の町へ戻った四月。
雨の降る町を傘をさして歩きながら、
強烈な懐かしさを覚えた。
三月まで暮らしていた山は寒さが厳しかった。
十月の半ばには初雪が降り、まもなく根雪になった。
それから一度も雨は降っていない。
降るときはつねに雪だったのだ。
傘の下から見る四月の町は、何もかもがやさしく見えた。
山での暮らしを恋しく思っていたのだけれど、
私はこんなにも雨の福井が好きだったのだと思った。