北海道の、木の家具づくりメーカーである
「北の住まい設計社」と知り合ったのは、
ことしのはじめのことでした。
旭川の南東、東川にある小学校の廃校を使った工房で、
北海道産の木材を使い、
「1人の職人が最初から最後まで面倒をみる」
というスタイルでつくられる家具は、
すみずみまで丁寧な仕上げ。
いっしょにものづくりがしたい! と思ったわたしたちは、
メールやオンラインでミーティングを重ね、
何度もやりとりをしながらスツールをつくりました。
その過程でうまれたのが、
スツールの座面に「モフモフ」なものをつけられたら、
というアイデア。その実現のために
お手伝いをしてくださったのが、
「ほぼ日」でもおなじみ、東京の「STAMPS」でした。
よくよくきいてみると、「STAMPS」の商品は
「北の住まい設計社」にも置かれていて、
以前から交流があるのだとか!
コロナでなければみんなで会ってお話を、
ということもできたのでしょうけれど、
今回は、東京では対面での対談、
北海道とはオンラインでの座談会となりました。
前半2回が東京・STAMPS編、
後半3回が北海道・北の住まい設計社編です。
北の住まい設計社
北海道・東川町の山奥にある、
1928年に建てられた小学校を1985年にゆずりうけ、
木の家具づくりからスタート。
北海道産の木材(広葉樹)を使い、
木の個性を見極めながら、
ひとりの職人がひとつの家具を完成させるというスタイルで
製作をつづけている。
代表は、今回のトークに出席くださった渡邊雅美さんの夫、
渡邊恭延さん。
東川の本社ショールームには、
カフェ&ベーカリーを併設、ショップ機能も。
全国にパートナーのショップをもつ。
STAMPS
流行に左右されず、長く付き合えるもの、
日常を豊かにするものを提案する
ライフスタイルカンパニー。
「ほぼ日」では「STAMP AND DIARY」の
服でもおなじみ。
代表は吉川修一さん。
その4家具づくり、家づくり。
- 伊藤
- 40何年前の当時は、衣食住を提案するという店は
すごく少なかったと思います。
今でこそ、雑貨屋さんにカフェが併設されているとか、
お洋服屋さんにレストランがありますが、
当時はすごく珍しかった。
- 渡邊
- ほかに、なかったような気がします。
でもそういうお店をやること自体が目的なのではなく、
ここに移ってくるときは、
自分たちがここで自給自足的な暮らしをしながら、
ものづくりを通じた表現ができたらいいと思っていました。
むしろ、お店をする予定はまったくなかったんです。
- 伊藤
- それで、家具をまず最初に。
- 渡邊
- 北欧で夏に外での暮らしを楽しむようすを見てきました。
皆さんみんなお庭に、木でできたテーブルやベンチ、
ブランコをつくっていた。
だから木の家具を提案するのに、外の家具からいこうと、
当時北海道の松を使ってノックダウン(組み立て式)で、
アウトドアグッズとして販売を始めました。
その頃、テーブルが3万ぐらいだったと思うんですね、
部品が箱に入れてあって、組み立てるだけ。
でも販売したら「高い!」って言われました。
むしろ、安いと思うんですが‥‥。
- 伊藤
- ええーー!
安いですよね。
- 渡邊
- 今、やればいいのかもしれない(笑)。
そして、そのうちにいろんな出会いがあって、
DIYの大手ショップで販売をしたり、
雑貨・インテリアのブランドが
国内で家具を作りたいという時に、
受け皿がうちになり、一緒に家具をつくったりしました。
そのブランドとは材料も含めて
長くおつきあいをしましたが、
無垢材の家具って管理が大変なんですよね、
突然、先方の意向で終了になってしまったんです。
- 伊藤
- なかなかうまくいかないものなんですね。
- 渡邊
- そうなんです。
その後、家具の見本市にたまたま出ることになり、
どうせなら、家具を見せるというよりは、
自分たちの世界を演出して見せようと、
そんなブースをつくったら、
良い評価をしていただきました。
そこからですね、
家具の道が本格的にスタートしたのは。
- 伊藤
- 東川の小学校の建物との出会いは、
紹介があったとか、元々の故郷だったとか、
何かつながりがあったんですか。
- 渡邊
- いえ。私たち、そのときは2人だったので、
どこでもよかったんですよ。
それでこういうことをやれる場所を探して
ずっと車で探して回ってたんですが、なかなかなくて。
そのときに友人がこの東川で
焼物の窯をやっていたんですね。
すると「ここにこんな建物が空いているよ。
町に企画書を出してごらんよ」って。
それでプランを出したら、
「いいですよ」ということになったんです。
- 伊藤
- そこから、職人さんを探して?
- 渡邊
- その前に代表が責任者として、
店舗什器を作る工場を立ち上げていたんですね。
彼は手は動かさないんですけど、
作るっていうこと自体には関心が高かったので、
いい職人がいて、打ち合わせさえすれば、
いい家具は幾らでも作れると言うんです。
それで、その工場にいたベテランの人が1人、
そのまま、来てくれました。
そのほかに塗りをしてくれる女性が1人いたので、
わたしたち2人、職人2人のスタートでした。
もちろん私たちも梱包をしたり、
いろんなことを手伝いながらでしたよ。
今は、職人が20人ぐらいになりましたけれど。
- 伊藤
- 家具をつくり、店舗も開き、家の設計もされるという、
今のような形態になったのはいつ頃からなんでしょう。
- 渡邊
- うちの家具のユーザーの方から、
いろんな相談を受けているうちに、
家も設計して欲しいなということになり、
1軒、2軒やらせて頂き‥‥、というのが、
だんだん増えてきたんです。
代表は全部天然素材、とくに木でやりたい人だから。
使い捨てが嫌だ、土に還るものをというのが、
家具づくり、家づくりに通じていることですね。
- 伊藤
- 社長の渡邊さんの頭の中にずっとあったのは、
自然に還る素材でものを作るということと、
北欧の暮らしからヒントをもらい、
いいなと思ったことを北海道で形にすること。
- 渡邊
- そうなんですよ。
何かを目指して、ゴールがあって、
ということではまったくないんです。
ほんとに出会いとなりゆきで今がある。
- 伊藤
- 吉川さんから、御社のイベント「夏至祭」について、
最初はこじんまりだったのが、評判が評判を呼んで、
どんどん大きくなっていったとききました。
1回行くと、みんな好きになっちゃうと。
そんな感じで仲間も増えていった、
ということなんでしょうね。
- 渡邊
- 共感、でしょうか。うれしいことです。
- 伊藤
- このプロジェクトのきっかけとなった秦野さんにも
お訊ねしたいんですけれど、
もともと秦野さんは建築家だったということですよね。
- 秦野
- そうです。北海道の設計事務所にいました。
そのときは公共施設ばかり担当していて、
正直、「もういいかな」という気持ちになって。
それでこの「北の住まい設計社」に来たんです。
- 伊藤
- 転職して、いかがでしたか。
きっと、全然違いますよね。
- 秦野
- 全然違いますね。
ここの会社に来てから初めて木造を担当したんです。
それまで鉄骨や鉄筋コンクリートしか
やったことがなかった。
- 伊藤
- へえー!
- 秦野
- 家具の図面も描いたことがなかったんです。
家具をつくるときは、家具メーカーに図面を依頼し、
自分で描くことはなかった。
それで渡邊(社長)に
「家具の図面、描いたことないです」って言ったら、
「俺が教えてやるから」と。
「じゃあ、お願いします」ってここに来たんですね。
- 渡邊
- 代表は、家具図面も建築図面も全部手描きでやれますから。
- 秦野
- 実務としては、スケッチをもらうんですよ。
それをCADで図面化するという。
- 伊藤
- 渡邊さんのスケッチには
アイデアがいっぱい詰まってるんでしょうね。
- 秦野
- それはもうほんとにたくさん詰まっています。
昔はちゃんとディテールも描いていたんですが、
この頃はサッサッサ、としか描いていないから、
僕たち、そのアイデアを拾わなきゃいけない。
- 伊藤
- 家具って、ずっと使うものだし、
椅子なら座ったり立ったりに
耐えられるものである必要もあるし、
かつ、デザインの美しさが要る。
それをサッサと描けるって、すごいですよ。
しかも今は「こういうの」ってニュアンスを
伝えてもらえれば、みなさんで形にできる。
- 渡邊
- レベルの高いスタッフが揃っているんです。
職人と代表が直接話をしながら、
ちょっとしたディテールを調整しつつ、
全体のプロポーションを作り上げていくんですね。
やりながら直して、また直して、
っていう作り方ですね。
- 秦野
- そうですね。現場で直接、
打ち合わせをしながら作り上げていくという感じです。