舞鶴へ、お箸づくりを見学に。
──吉岡民男さんの仕事場へ。
その2 ぴたっと寄りそう。
京都市内から約100キロ、
すぐ北に日本海をのぞむ舞鶴市に、
「わたしのおはし」をつくる
箸専門の木工所「吉岡木工」があります。
ここを、ひとりで切り盛りする、
木工家の吉岡民男さんをたずねました。
■吉岡木工のウェブサイト
今回、レポートを担当してくださったのは、
「weeksdays」に、これまで
幾度も登場してくださった、仁平綾さん。
長く住んだNYを離れ、日本に戻ってきたことは、
2021年の5月にご報告いただきましたが、
じつは、いま、仁平さん、京都市内に住んでいるのです。
そんなご縁での、ちいさな旅のようす、
2回にわけて、おとどけします。
取材・文= 仁平 綾
木材はその性質上、
反ったり曲がったり割れたりする。
それらの狂いが箸に現れないよう、
吉岡さんは、箸の原型に切り出した木材を、
2~3年は寝かせるのだという。
適度な乾燥と湿度。
ふたつの環境下に置いて保管するのだそうだ。
その詳しい方法は、企業秘密。
吉岡さんがこれまで研究に研究を重ね、
編み出したものだという。
「だから、この木材でお箸を作ってくださいと
突然言われても、できないんです」
つまり、weeksdaysで販売する黒檀の四角箸は、
ようやくその材料である黒檀が2~3年の時を経て、
準備万端整ったということ。
満を持しての登場。
なんだかもう、ありがたみを感じずにはいられない。
黒檀の八角箸、それから四角箸‥‥、
形や長さの違う箸を、
吉岡さんがいくつか目の前に並べて見せてくれる。
四角や八角のお箸は、やはり物がつかみやすいのですか?
という私の問いに、
「普通のお箸はね、こうやって2本並べて置いた場合に、
箸先が少し開いとるんですね。
私のは、初めから閉じとるんです」
と吉岡さん。
そう言われて、箸先に目線を移し、はっとした。
吉岡さんの箸は、どれも箸先がぴたっと寄り添い、
わずかな隙間もないのだ。
「だから箸でなにか物を持とうとしたときには、
もうつかめているというね。
お箸を買われた方には、
よくつかみやすいって言われますよ」
箸先に込められた技と心配り。
そんな吉岡さんの箸に、愛用者の武井さんが太鼓判を押す。
「細い塩昆布、1個からつかめちゃう。
じゃこだってつかめますからね」
コロナの影響で、
箸を毎月百単位で卸していた専門店が休業し、
仕事がぴたりと止まってしまったという吉岡さん。
それでも粛々と箸づくりを進め、
箸の直販も手探りのなかスタートした。
厳しい状況にあっても、
箸を購入されたお客さまから直に寄せられる感想が、
大きな励みになっているという。
「食事のレベルがあがる、って感想がありましてね」
と頬をゆるめる吉岡さんに、武井さんがうなずく。
「すごくわかります。吉岡さんのお箸は、
食卓に置いたときの佇まいがきれいなんです。
ちょっと器をいいものにしよう、とか、
盛り付けをきれいにしよう、とか、
そういう気持ちと、
このお箸がすごく合う気がするんです」
きりっとした黒の直線美、繊細に寄り添う箸先。
黒檀の四角箸は、なんとも景色のいい箸だ。
でも「それだけではない」と、言葉を続ける武井さん。
「吉岡さんのお箸を使うことで、
所作がきれいになるんですよ。
きれいに食べようって、
そういう気分になるお箸なんです」
なるほど、ほんとうに。
その場で黒檀の四角箸を右手で持ってみたら、
その言葉が、すとんと腑に落ちた。
箸という道具に、あらためて尊さを感じるような、
背筋が自然と伸びる感覚。
吉岡さんのお箸には、不思議な力がある。
さて、この四角箸で、なにを食べよう。
炊き立ての新米ごはんと、なめこたっぷりのお味噌汁、
鯛のかぶら蒸し、春菊とりんごの白和え‥‥。
食事の献立が、次々に浮かぶ。
いつもよりもちょっと手をかけて、ていねいに。
そんな食卓へと、心がはやるのだった。
(おわります)