クリエイター(障がい者)と
アトリエリスタ(支援員)が
共同で一つの作品を制作するアトリエ、
RATTA RATTARR(ラッタラッタル)。
緑ゆたかな軽井沢に拠点をもち、
世界的なデザイナーである須長檀さんが
クリエイティブディレクターをつとめる
このチームは、洋服、うつわ、雑貨、家具と、
さまざまなジャンルの製品を世に出しています。
今回、「weeksdays」が一緒につくったのは、
「ランプ」。シェードのある卓上ランプを
ぺちゃんこにしたような、不思議な形のこのランプには、
3人のクリエイターの描いた
抽象的な絵がプリントされているんです。
ほかにはない、個性的で、
でも暮らしになじむ、あたらしい灯り。
伊藤まさこさんが軽井沢のアトリエを訪れ、
デザイナーの須長さん、そして
この施設を運営している
チャレンジドジャパンの大塚裕介さんに、
みなさんのクリエイションについて聞きました。
須長檀
家具デザイナー。
1975年スウェーデン生れ。ヨーテボリ市HDK大学から
スウェーデン王立美術大学KONSTFACKの
家具科大学院に進み、2004年、首席で卒業。
在学中から発表してきた家具も多く、
卒業製作であるUWABAMIは
若手デザイナーの登竜門である
UNG SVENSK FORMで受賞、
英国とスウェーデンの美術館を巡回後、
イェテボリのリョシュカ工芸美術館のコレクションとなる。
同年、SUNAGA DESIGN OFFICEを
スウェーデンのヨーテボリに設立。
2009年に北欧4カ国の最優秀成形合板製家具賞である
NORDIC DESIGN AWARD受賞、
同年6月日本に帰国、軽井沢に拠点を置き、
妻でありテキスタイルデザイナーの須永理世とともに
SUNAGA DESIGNを設立、
自身のデザインによる家具やグラスのほか、
北欧の上質な雑貨や食器を並べたお店
NATUR Terraceを開店。
2015年、RATTA RATTARRの
クリエイティブディレクターに就任、
より個人的な支店で集めた北欧ヴィンテージ、
工芸品とともに、
RATTA RATTARRのクリエイターによる絵を使った
洋服や文具、雑貨を並べるNATUR HOMEを開店。
本業の家具デザインのみならず、
長く舞台美術の仕事も続けている。
大塚裕介
社会福祉士、精神保健福祉士、
チャレンジドジャパン取締役副社長。
1984年栃木県真岡市生まれ、
2006年東北大学経済学部卒業。
建設会社勤務を経て、
2010年株式会社チャレンジドジャパン取締役に就任。
主に新規拠点の開発を担当し、職員教育業務に従事。
全国のチャレンジドジャパン開設に関わる。
2016年軽井沢事業所開設とともに
デザイン事業の立ち上げを行う。
2017年より常務取締役として人事や総務など、
管理部門の統括を行う。
2021年より取締役副社長として事業部門、
管理部門を通じた統括を行う。
03表現の深い海に潜る
- 伊藤
- 絵画の裏に、自分の字で、
タイトルと説明が書いてありましたね。
あれは、どんなふうに?
描いた時の気持ちを書こう、
みたいなことでしょうか。
- 檀
- そうですね。あれは、
ちょっと福祉的な考え方で始まったことなんです。
ここでやっていることが、
どう社会復帰に役に立つのかと。
それでデザインの場合に必要な
コミュニケーション能力を育てているんですよ。
いままで人と誰ともしゃべれなくて、
ずっと籠ってた人が、今は僕らと話ができる。
そうしたら、次に、もし企業の方から、
「こういうことを描いてください」
というリクエストが来たとき、
それをかみ砕いていけば、
自分でできるようになる。
それがコミュニケーションの
一番基本的なところなので、
それを育てていきたいねっていう話をしたなかで、
彼らに「どんな絵か説明してください」って、
いきなり言っても、ハードルがすっごく高いんです。
自分の言葉で言うのって。
でも、少しでいいから、
タイトルと文字を書いてみようよ、って言うと、
できるんですね。
そういうことを日々やることによって、
彼らが将来、コミュニケーションをするための
トレーニングになるんじゃないかって。
彼らが社会に出ていった時に、
あれが役に立ったな、と思ってくれたらいいなと。
だから、あれは、どうやって彼らを
社会に戻していくかを考えたなかの、
ひとつのアイデアだったんですよ。
- 伊藤
- なるほど。
絵を描く、ということについて、
もう少しお聞きしてもいいですか。
絵は、画材もテーマも色も自由に?
それともある程度、こういうやり方があるよとか、
指導をなさっているんでしょうか。
たとえば貼り絵については、
最初からテーマを決めていたと
おっしゃっていましたよね。
- 檀
- そうですね、あれは「冒険」がテーマです。
もちろん両方あるんですよ。
自由な創作の場合と、テーマがある創作の場合。
でも自由だけだと、やっぱり、みなさん、
何を描いていいかわからなくなってしまう。
うちのプロダクトは絵が先にあると
先ほど言いましたけれど、
たとえばカレーの時は、
「カレー用のパッケージをつくるんだよ」っていう
具体的なテーマが先にあったので、
みんなでカレーを食べて、
そういう表現をしてみよう! と。
そしてあの貼り絵は、
ハンカチをつくった時のものですが、
「じゃあ、冒険っていうテーマで描いてみようね、今回は」
と、いちおう、決めたんです。
- 伊藤
- ハンカチのデザインをしましょう、ではなく、
冒険をテーマに書いてもらったら、
それがきっとハンカチというプロダクトに
落とし込めるだろう、というのが、
檀さんのプロデュースなんですね。
カレーも、パッケージデザインをしましょう、
ではなく、
「カレーを食べた感覚を絵にしてみよう」。
- 檀
- そのとおりです。
でもどう表現していくかっていうのは、
基本的には個人の自由に任せています。
そのときに、ひとつの空間を
いろんな人で共有して同じ場所で描くことが、
すごく大事だと思っているんです。
言葉で伝えなくても、
周りの人がああやって描いているので、
自然と自分も描き始める、というようなことが
空間としてできている。
それは僕らがあまり手を出さなくても、
できるようになった気がしていますね。
ただ、どうしても描けないような方は
少しだけ「こういうものを使ったらいいんじゃない?」と、
結果がすぐ出るようなもの、
たとえばスタンプみたいな方法を教えます。
「スライムを使ってポンポン押してみたら?」とか。
- 伊藤
- わぁ、おもしろいですね!
- 檀
- 何か月もかけて1枚の絵を仕上げる人もいれば、
スタンプであっという間に完成させてしまう人もいる、
どっちもいいと思うんですよ。
そして、何か月も、という人には、
逆に僕らはあまり触れないほうがいい。
- 伊藤
- その方の頭の中にある世界が、
少しずつ紙の上に描かれていくんでしょうね。
- 檀
- そうなんです。
そういう人は意思が強いですね。
それから、ここで絵を描く時に、
最初から掲げているのが、
22人で1つの絵を描くというころろみです。
画家のパウル・クレーがそうだったんですが、
2人の人間が彼の中にいたんだそうです。
自由な子どもみたいな無垢な自分と、
その気持ちを再現する人間がいると。
そういう2つの人間を行き来できるのが、
天才画家のゆえんだと思うんです。
で、それを、
ここに置き換えるとどうなるかっていうと‥‥。
- 伊藤
- ええ。
- 檀
- 深層心理の深い所までもぐれるのは、彼らなんです。
村上春樹さんの世界で言う「井戸に潜る」作業です。
- 伊藤
- !!!
- 檀
- 彼らはそういうことがたぶん日常的にできてしまう。
ただ、そこから出られなくなっちゃうことが、
普通の生活を遠ざけてしまうんだと思うんです。
逆に、僕らはすごく浅いところで生きている。
ただ、デザインとかアートをやっている人は、
ちょっとだけ深く潜れるんです。
で、その「ちょっと深く潜れる人間」と
「ぐんぐん深くまで潜れる」人間が一緒に泳ぐと、
表面から深いところまでを行き来できるようになる。
僕らが浅瀬から中瀬まで泳いで、
彼らがもっと深いところを泳ぐ。
その共同作業が僕らのデザインで、
だからラッタラッタルでの仕事って、
「一緒に泳いでいる」感覚なんですね。
深く潜るっていうのは、
普通の人間じゃなかなかできない。
ほんとにいろんなものを削っていかなきゃできない。
でも、2人なら負担なくできるんです。
それがデザインの力のひとつでもあるんです。
- 伊藤
- なるほど!
- 檀
- さっき「グソクムシ」を何か月も描き続けている
彼がいたでしょう? 彼のようなタイプに、
僕らができることは、イメージとしては、
深いところを泳いでいる彼を、
上から、迷子にならないように見守っているだけです。
けれども一緒になって、
手を取って潜っていってあげるべき人もいる。
どこまで潜るか、どうやって見守るか、
泳ぎ方をそれぞれ変えているっていうのが、
僕らのイメージなんです。
- 伊藤
- とってもわかりやすい例えです!
- 檀
- ありがとうございます。でもこれ、じつは、
医学博士の稲葉俊郎先生(*)の言葉です。
僕らの考え方を、そういう比喩でおっしゃって。
(*)いなば・としろう。東京大学医学部付属病院循環器内科助教を経て、2022年より軽井沢町国民健康保険軽井沢病院院長をつとめる。
- 伊藤
- すっごく、わかりやすいです!
稲葉先生というのは、先ほど見せてくださった、
軽井沢町の「お薬手帳」をつくられた方ですよね?
- 檀
- そうです! この「お薬手帳」は、
軽井沢町といっしょに、いろんなやり方を模索中で、
そのなかに、表紙の表と裏に、
別々の人が絵を描くとどうなるか、
という実験があって。
- 伊藤
- お薬手帳だったら、デザインも自由ですものね。
- 檀
- さらに、ただのお薬手帳として使うんじゃなくて、
たとえばこの手帳にお手紙を書いて、
コロナで会えない人に送り、
渡された人の心の薬になるとか、
そんなふうに定義を広げているんです。
自分の好きな小説の一節を書いて、
図書館で本を借りた人に渡してもらうとか。
そういうベーシックなコンセプトをつくられたのが
稲葉先生だったんですよ。
- 伊藤
- あっ‥‥、さきほどおっしゃていた、
スライムで描いたというのは、これですか?
- 檀
- そうです、そうです。
これは「命」っていうテーマで描いてほしいと
決めたんですけれど、
いちどに何百枚もつくるものなので、
1個ずつ時間をかけて描けない。
それでスタンプという手法にしたんですが、
それも、あまりこっちで形を決めちゃうと、
描く人もつまらないでしょう?
じゃあ、それぞれの考えた「命」を
どうやって描いてもらおうか、そのアイデアが
形の決まらない「スライムのスタンプ」だったんです。