「おしゃれをするために、
靴は我慢するものだと、
ずっと思っていた」
という伊藤まさこさん。
それがそうじゃなくていいんだと
教えてくれたのがドイツの靴、
トリッペンなのだそうです。
人間工学に基づき、履きやすく、
歩きやすくって疲れにくい。
しかも、ちゃんとおしゃれ!
伊藤まさこさんとほぼ日のつくる
ネットのお店、weeksdaysは、
そのトリッペンに依頼し、ヨーロッパでつくった
オリジナルカラーの靴8足でスタートします。
おりしも本拠地ベルリンから東京に来ていた
トリッペンの創業者であり社長をつとめる
ミヒャエル・エーラーさんと、その奥さまであり、
トリッペンのパタンナーでもある
クラウディア・エーラーさんに、
伊藤まさこさんが会いました。
3人で盛り上がったのは靴の話?
そう、でも、自由の話でもあるんです。
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2018/07/09_CLOSED_sewing_upper.jpg)
trippen(トリッペン)は
靴職人のマイスター(特別技術資格者)で、
医療用矯正靴などの製作にも携わっていた
ミヒャエル・エーラーさんと、
それまでも靴や服のデザイナーとして活躍していた
アンジェラ・シュピーツさんが、2人で、
ドイツ・ベルリンで立ち上げた
シューズブランドです。
人間工学に基づいた履き心地のよさを追求、
同時に洗練されたデザインで、多数の賞を受賞、
おおぜいのひとの支持をあつめてきました。
磨耗したり不具合が起きた靴は
直営店での修理を受け付けており、
ずっと長く履くことができるのも特徴です。
靴の製造はドイツの自社工場と、
一部、イタリアの工房で行なっており、
ひとつひとつ手作業でつくるため、
大量生産品ではありません。
本国ドイツに
フラッグシップストアができたのは1995年。
ベルリン旧市街のHackesche Höfe
(ハッケシェ・ヘーフェ)という場所です。
日本にお店ができたのは1997年9月、原宿。
現在は原宿のほか代官山・二子玉川・名古屋・
神戸・熊本・京都・福岡に展開しています。
ちなみに世界規模ではケルン,ハイデルベルク、
ミュンヘン、ハンブルク、パリ、ロンドン、
テルアビブ、台北、台中、ウランバートル、
香港、ニューヨークへと進出をしています。
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2018/07/0S8A6308.jpg)
ミヒャエル・エーラーさんは
1960年ドイツのLindau出身。
整形外科関係のシューズメーカーに勤務ののち
靴についての修士号を取得。
国際的な劇場や映画のための靴を手がけると同時に
ベルリンの芸術大学で工業デザインを学びます。
その後造形大学で工業デザインの講師も。
trippen社を設立したのは1994年のことでした。
クラウディア・ヘースさんは、
1975年生まれ。南ドイツのちいさな町、
Buchloeの出身です。
ここはミヒャエルさんの育った
Lindauにも近い場所だったそう。
95年、ベルリンのワークショップで
ミヒャエルさんとアンジェラさんに出会います。
そしてミヒャエルさんから靴づくりを学ぶとともに、
ふたりはパートナーとなり、
現在、トリッペンではミヒャエルさんといっしょに
コレクションのデザインを手がけています。
ふたりの間には19歳と16歳になるお子さんがいるそう。
このインタビューは、
ミヒャエルさんとクラウディアさんが、
次のコレクションのデザインにとりかかる前の休暇で
日本を訪れた2018年5月に行われました。
その2廃番のないものづくり。
- 伊藤
- ファッションブランドというのは、
少数の定番商品はあっても、
シーズンごとに新作を発表し、
そのシーズンが終われば
新作だったものも廃番になります。
でもトリッペンには廃番がないとお聞きしました。
- ミヒャエル
- はい。20か30の型から始めて、
今、2000品番以上あるけれど、
ひとつも廃番はありません。
全部、いつでもつくれるようにしていますよ。
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2018/07/poster_colour_gradient-562x800.jpg)
▲trippen歴代の靴が大集合したポスター。このなかに廃番はない!
- 伊藤
- わたしたちが見ても昔のデザインも新しいというか、
逆に古びないというか。
- ミヒャエル
- いつデザインされたのか知らなければ、
すべてが真新しいと思ってもらえる
デザインのはずです。
- 伊藤
- そこが不思議なんです!
シンプルなものだけでなく、
きちんとデザインされたものもあるのに、
古びないんですよね。
ものづくりに筋が通っているというか、
どの靴にも普遍的なトリッペンらしさがある。
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2018/07/01-1-800x413.jpg)
▲1994年に登場したtrippenを代表するモデル「HAFERL」(ハーフェル)。デザインが発表されてから、現在にいたるまでショップから消えたことがない、多くのひとから愛されているモデル。
- ミヒャエル
- デザインの秘密は、
つくりだす最初のステップが、
常に何らかの機能を求めることに
あるからだと思います。
求める機能があって、
それに見合うデザインをする、
というプロセスから、
インスピレーションが生まれ、
デザインに進めるんです。
他の人たちのようにトレンドは見ません。
例えば「エルク」という
鹿皮を使ったトリッペンの靴はとてもやわらかくて、
そのままでは足が固定されません。
ここでの求める機能は
「柔らかい革で足を固定すること」です。
しかも、足は完全に自由で、
ソールの上にきちんと乗らなければならない。
そのための方法を探るわけです。
それが結果的にデザインになっていくんですね。
このように、常に機能とアイデアを
結びつけながらデザインをしているんです。
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2018/07/lederbsp_elk-800x474.jpg)
▲「エルク」。鹿皮のやわらかさをいかしたデザイン。
-
他の例もあげましょう。
ぼくらの靴は基本的にすべて、
ソールにステッチを施しています。
ステッチには、ソールが小さくなって
靴を軽くするという利点もありますが、
こうするようになったもともとの理由は、
職人に溶剤性の接着剤を使わせないためです。
あれは非常に匂いが強く、
換気をきちんとせず揮発する気体を吸い込んだら、
身体に害を及ぼすほどですよね。
ですから水溶性の接着剤を使っている。
けれどもそれだけでは接着力が弱いので、
ステッチで補強しているんです。
それもまた、結果的にトリッペンらしい
デザインのひとつになっています。
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▲この構造を完成させるために、trippenではできる限り身体に有害なものを使用しないように努めている。
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2018/07/11_CLOSED_first_sole_seam-800x800.jpg)
▲工房で。
-
あるいはやわらかい皮の靴は、
足が動かないようゴムを付けたりもします。
ゴムは機能性を高めると同時に
やはり、デザインの一部分でもある。
そんなふうに、デザインって、いつも、
問題を解決しようとするなかで生まれてくるんです。
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▲鹿革にゴムを使用している靴「charme」。ゴムが足をホールドするとともにかわいいアクセントになっている、機能性とデザインを融合したtrippenならではのデザイン。
- 伊藤
- その結果、全ての靴が、
きれいな作品になっていくんですね。
トリッペンが日本に上陸して、
2017年に20周年を迎えられたとのことですけど、
日本の人に履いてもらうことで、
なにかもたらされた影響はありますか?
- クラウディア
- もちろんです。
こと、アンジェラにとっては、
ドイツでも商品が売られているデザイナーを
おおぜい輩出している日本は、
ファッションの国として重要でした。
ですから彼女は常に日本のファッションの動向に
注目してきたんです。
空港などで日本人のファッションを観察したりして。
わたしもそうです。帽子をつくっている人は、
いつも人が何をかぶっているかを見ると思いますが、
靴をつくっている者は、
いつも人が何を履いているか見ます。
街でトリッペンの靴を見かけると
本当に嬉しいんですよ。
休暇中でも、よその町でも、
パリに仕事で来ているときでも。
そんな時、「見て、見て」と騒いでしまうんですよ。
「あの靴は、トリッペンよ!」って。
- ミヒャエル
- トリッペンを履いていて、
素敵でない人を見たことがない!
自分たちがとても嬉しいから
そう見えるのかもしれないけど。
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- 伊藤
- 違う文化に接することで、
デザインや形もインスパイアされるんでしょうか。
- ミヒャエル
- もちろんです。日本の話で言えば、
かかとの木の部分の高さのサイズがいくつかあり、
取り換えられるようになっている靴は、
それは何度も日本を訪問したなかで
思いついたものなんですよ。
東京とベルリンでは住宅事情が違いますよね。
東京では、都心で働いている女性が
夜、飲みに行きたいと思っても、
家まで帰って着替えたり、
靴を履き替えることは難しいと聞きます。
ビジネスのときの格好のままで出かけるにしても、
せめて、かかとの高い靴に替えたいでしょう?
そこでアタッチメントを交換することで
靴のヒールの高さを替えられる靴をデザインしたんです。
かかとに入れる木が交換できるようになっていて、
ローヒールとハイヒールのどちらにもなるんです。
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2018/07/IMG_7173-800x600.jpg)
▲かかとの高さを木製アタッチメントで替えられるサンダル「CLAUDIA」。初期の実験的なモデル。
- クラウディア
- 新作の「ZORI」も、日本の草履が原点です。
ドイツ的なものと日本的なものがミックスしています。
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2018/07/zori00-800x490.jpg)
▲これが「ZORI」。じつは伊藤まさこさんとトリッペンで、スペシャルカラーも計画中です。
- 伊藤
- かわいいですね。すごくいい。
以前、プロトタイプを見せていただいたときに、
できあがるまでのストーリーを聞いて驚きました。
日本のチームから「こんな靴がつくれないだろうか」と
おふたりのところにアイデアが行ったんですってね。
発想の原点と、しかもほかの国の文化を
ご自身の物づくりに取り入れるのは、
簡単なことではないと思ったんです。
なのにこんなふうにトリッペン的に
きちんと完成した。
- ミヒャエル
- ぼくは物づくりの伝統をとても尊重していますから、
トリッペンが「草履」をつくるのは不可能だと思いました。
このような靴をつくる背景には
数千年に及ぶ文化、伝統があるのですから。
その伝統に裏打ちされた物を、
モダンなものにつくり直すことはよくない。
なので、最初、すぐに断ったんです。
すると、日本のスタッフは何度も何度も
彼らがつくったサンプルを送ってよこしました。
それを見ているうちに、
そうか、彼らが自分たちの伝統をもとに、
新しいものをつくりたいと本気で思うのだったら、
ぼくらも一緒につくってみよう、と考え直しました。
それからどう展開するかを検討しました。
ベルトをつけてみたり、柔らかくしてみたり、
厚い靴底をつけてみたり。
ずいぶん試行錯誤しましたよ。
- 伊藤
- プロトタイプから、どこがどう変わったのですか。
- ミヒャエル
- まず、ソールがフラットで
もっと硬い素材を使っていたのを改良しました。
最初のソールは、ぺたっとして、
足についてこないような感じだったんです。
それを反りがでるよう、歩きやすい形にしています。
もうひとつは、革の鼻緒の部分です。
ちょっと硬すぎたんですよ。
そこで全体的に中綿を抜いて柔らかくし、
足を包み込む感じにしました。
それからステッチの位置が
足に当たらないように変更しています。
そのあたりが、大きな変更点です。
![](/n/weeksdays/wp-content/uploads/2018/07/hobonichi00-800x593.jpg)
- 伊藤
- そんなふうに試行錯誤を重ねて‥‥。
たくさんのアイデアを
デザインに落とし込んでいくなかで、
かなり最終形に近づいてから、
「やっぱりこれ、つくるのをやめよう」
というデザインも、時にはあるんでしょうか。
- ミヒャエル
- うーん、たくさんつくったなかから選ぶ、
という方法を、ぼくはとっていないので‥‥。
デザイナーには2種類いると思います。
すべての段階で努力をするタイプと、
自分のスケッチブックが真っ白だと嫌なタイプ。
ぼくは後者です。
スケッチブックが真っ白っていうのは、
お金がない時の気分と同じ。
それで、ぼくは、スタイルを収集し、
スケッチブックがアイデアで一杯になるようにして、
それから初めてデザインにとりかかりるんです。
試作するのは、その中から1つ、2つです。
ぼくは長く考えるタイプなので、
始めの段階でセレクションをしているんですよ。
描いたものを何でもつくってみるわけではないので、
後の段階で「やめよう」ということは、
あんまり、ないんです。
- クラウディア
- とはいうものの、100%ということじゃなく、
ソールまでつくったプロトタイプで、
好きではなくなったからという理由で
お蔵入りした靴もありますよ。
そうなると、もうその型を使うことはありません。
そうしたものは箱に入れて、棚にしまってしまいます。
- 伊藤
- なるほど。