2023年のweeksdays新春対談は
落語家の春風亭一之輔さんをお迎えします。
場所は新宿の末廣亭。
お正月らしく、ふたりとも着物姿です。
さぁ何を話そうか、と
おだやかにアクセルを踏んだこのおしゃべり、
テーマはどうやら「居場所」になっていくようです。
2023年、みなさんの居場所は
どんなものになりそうですか? 
居心地がいい? それとも緊張する感じ? 
コロナの3年を経た私たちは、
そろそろ自分の居場所を好きに選びとって、
つくりあげていくべきなのかもしれません。
さぁ、一之輔さんはどんな場所にいるのでしょう。
全8回です、どうぞおたのしみください。


協力=新宿末廣亭
写真=有賀 傑
着付け=石山美津江
ヘアメイク=草場妙子

春風亭一之輔さんのプロフィール

春風亭一之輔 しゅんぷうてい・いちのすけ

1978年生まれ、千葉県出身。落語家。
大学卒業後、春風亭一朝に入門。
初高座は2001年7月で前座名は「朝左久」。
2004年に二ツ目に昇進し「一之輔」と改名。
2010年NHK新人演芸大賞落語部門大賞、
文化庁芸術祭大衆芸能部門新人賞受賞。
2012年に、21人抜きで真打昇進、
国立演芸場花形演芸大賞受賞。
2015年浅草芸能大賞新人賞受賞。
おもな著書に『いちのすけのまくら』
『人生のBGMはラジオがちょうどいい』
新書として『まくらの森の満開の下』など。
落語家としての活動20年を記念した作品集のCD
「一之輔の、20年ということで」
も発売されている。

06
早く帰りたい

伊藤
師匠から一対一でつけてもらう直接の稽古が、
落語の内容を身につけるうえでも、
いちばんいいですか? 
一之輔
おそらくそうでしょうね。
落語研究会なんかでは、みなさん、
録音したテープやCDで覚えるでしょ。
でも弟子になると、直(じか)で教わることになる。
ぜんぜん違いますよ。
技術的なことももちろんそうなんだけど、
「このときのこの登場人物の気持ちはこうだよ」
というところまで教えてもらえるんです。
それ、ぼくらが使うすごく便利な言葉で
「了見」って言うんですけど。
伊藤
了見。
一之輔
了見は頻出語です。
「この人の了見を考えながら、やんなさい」
そう言われる。
五代目の小さん師匠が
「狸の噺をやるときは狸の了見になれ」って
言ってたらしいけど、
狸の了見ってさ(笑)、どんなのだろう。
意味わかんないんです。
伊藤
何だろう。難しい! 
師匠のおっしゃることを、
ビデオやレコーダーで録ったりするわけじゃなく、
その場で覚えるだけですか? 
一之輔
音声はね、いまは録らせてくださいます。
でも、録らないほうが
ほんとうはいいんですよ。
昔はひとつの噺を区切って3連日通って、
録音せずにその場で覚える「三遍稽古」が
普通でした。
いまはみんな忙しくて、
スケジュールが合わなかったりするので、
1回の稽古を録音させていただいて、覚えます。
でも、録音するとね、
「いつでも覚えられるや」と思って、ダメですね。
「三遍稽古」でやったほうがすぐ覚えます。
だって3日だけで覚えるんですから。
伊藤
見るだけで覚えるんですよね。すごいなぁ。
一之輔
人間、必死になれば覚えられますよ。
三遍稽古つけてもらった後にはもう、
クククククーッって聞いたものをですね、
こぼさないように。
伊藤
もう「聞き漏らさじ」状態ですね。
一之輔
ほんっっとに、
インプットしたものを
ひとつも漏らさないように必死です。
「じゃ、今日はここまでね」と言われて、
「ありがとうございました!」つって、
すぐに帰ってメモしようとするでしょ。
すると師匠が「カレー食べてく?」って
言ってくるんです。
で、おかみさんが作ってくれたカレーを、
ギンギンの目しながら食べて。
伊藤
カレーの味もわからない‥‥。
一之輔
うまいけど、味はよくわかんなくなってる。
いただいた皿洗って、すぐにでも
ガラガラッと帰りたい。
だけど今度は「ケーキあるよ」なんて言われる。
勘弁してくださいよ。
伊藤
(笑)ほんとですね。
一之輔
最後には「大リーグ中継、見てくか」とか言われて。
伊藤
もうお願いだから早く帰して(笑)。
一之輔
「いや、帰ります」なんつって、
急いで井の頭線に乗って、
帰り道はずっと反芻するんです。
家に着いてやっとこさ、
自分の言葉でやってみると、
やっぱり違っちゃうんですよね。
「師匠はそうは言ってなかったな」
なんてことになります。
でも、そのわかんなくなっちゃったところを
自分の言葉で紡いでいってなんとかする。
ぜんぶひっくるめて「稽古」なんですよ。
テープを覚えたんじゃ、そうはならない。
わかんなくなってはじめて、
自分の言葉になるんです。
伊藤
もしかしたら、
カレーも大リーグ中継も、
「もう早く帰してくれ」という気持ちも、
稽古のうちなんでしょうか。
一之輔
そうでしょうね、
試練を与えられてるんです。
筋を覚えるだけなら、
だいたいいけるんです。
でも、勝負はそこからです。
自分で補って、お客さんの前でやってみて、
そこからです。
伊藤
お客さんの前で、その了見を、
演じるんじゃなくて、話す。
「話す」というのは、
どんな感じでしょうか。
目の前の人に聞かせる感じ? 
一之輔
「みんな聞いて聞いて、
こんなおもしろい話あるから聞いてよ」
って感じです。
落語家ってみんな、
そういう感覚なんじゃないでしょうか。
伊藤
ああそうか、
だからちょっとだけ声の調子を変えたり
そこにある小道具だけで
やったりするんですね。
一之輔
ほんとにそこにあるものだけでね。
「あのさ、この間おもしろいことあってさ、
泥棒が入っちゃってね、大変だったんだって。
じゃちょっとやってみるわ」
って、演じ分けしたりして
「こんなことなんですよ」でオチつける。
「おう、おもしろいね」と言ってもらえる。
落語は、お坊さんの法話が
もとになっているといわれたり、
大名に仕えていた御伽衆(おとぎしゅう)という
おしゃべり上手な人が
「こんなおもしろい話なんですよ、殿様」
「おもしれぇな、おめぇは」
と話していたことが落語になってった、という
節もあります。
いつの時代も、ただのおしゃべりな、
おじさん、おばさんがいたんですよ。
伊藤
わかります。
そういう人、いますもんね。
一之輔
まわりにもいるでしょう。
伊藤
一之輔さんは小さい頃から
そういう子だったんですか? 
「もう、一之輔くん!!」みたいな。
一之輔
小学生の時分はね、
そんなことはなかったですよ。
ひょうきんものでもなくて、
どっちかというと人見知りでした。
でも、4年生のときに、
「1分間スピーチ」みたいなことを
言いだした先生がいて。
伊藤
4年生がスピーチするんですか。
1分ってちょっと長いですね。
一之輔
長いんですよ。
クラス全員で日替わりでしゃべってくんですが、
列の端っこから順番が、日に日にまわってくる。
すげえ嫌だなぁと思って。
ぼくの番が来て、てきとうに、
なんとかしゃべったんですよ。
そのとき、なんかちょっとウケたんだな。
伊藤
その1分間スピーチ、
どんな話だったんでしょう? 
一之輔
いやぁ、何をしゃべったんでしょうね。
わからないんですけども、そこそこウケた。
で、なんだか自信が出たんですよ。
「しゃべるのってたのしいな」という感じ。
そこから中学まで、
生徒会長やら学級委員長やら、
やるようになりました。
(つづきます)
2023-01-06-FRI