COLUMN

白の気配

長田佳子

「冬の白」をテーマに、
3人のクリエイターのみなさんに
書いていただいたエッセイ。
2回目は、菓子研究家の長田佳子さんです。

おさだ・かこ

foodremediesという屋号を掲げ
ハーブやお菓子などを使った、
まるでアロマが広がるような、
体に響くお菓子を研究している。
パティスリーやレストランで経験を積んだ後、
YAECAのフード部門、PLAIN BAKERYを経て独立。
心と体に優しく寄り添うお菓子は、
ひと口食べるとほっとする味わい。
現在は動画配信でのお菓子教室を中心に、
農業家やメーカーと協働して商品開発も。
近著に『はじめての、やさしいお菓子』(扶桑社)がある。

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都会から離れて、
この冬初めて山の中の家で過ごしています。
名前も知らなかったこの土地に導かれ、
半年後に今の家との出会いがありました。

想像していたこととは少し違うし、
想像以上のことも起こる。
一筋縄ではいかないこの運命が
ようやく気に入ってきたところです。

しかし、標高850Mの暮らしに慣れるまでは
少々時間がかかりました。
ゴミを捨てるのに坂道を登るだけで息が切れ、
圧倒的な自然や生物に対しての
未熟さを感じられずにはいられない日々。
ハーブ畑もお世話のしやすい庭へと移し、
春を待ち侘びているところです。

まだまだ手がかりの少ない中で、
昨年の今頃はどんな景色だったか、
昨日より今日はあたたかいかそんなささいなことや、
目を閉じて太陽のぬくもりを感じとることが
私を支える日課のようなものになりました。

田舎町の片隅でいつも似たような格好をしているうちに、
おしゃれが下手になりましたが、
選択肢を減らすと良いこともあり、
ふと時間が余るのです。

以前から寒い季節になると、
パールのピアスや、白いタートルネック、
白いストールなどを身に纏うことが特別好きでした。
白いものを身につけ
お守りのようにしているのかもしれません。

環境が変わった今は、
身につけるときめきより先に、
そこかしこから白の気配を感じることが多くなりました。

朝陽がのぼる前の空の蒼い白

ハンモックのように冬眠する虫たちの隠れ家

霜が降りたシャリシャリの土の上

お向かいさんの薪ストーブの煙

満月の白

そう、今の家では満月の日になると
浴槽の窓から月の光が差し込みます。
冬の最も寒い日、
電気を消してその光だけでお風呂に浸かってみたら、
水面に映る月光が自分の呼吸に合わせてゆらゆらと
白いネオンのように静かなノイズをみせてくれました。
白の気配を全身で受けとる時間は、
ひそやかな瞑想のようでした。

余った時間に、
私はいくつの白を知ることができるだろう。
余白という言葉の美しさにも気がついた冬です。

写真:新保慶太

2023-01-31-TUE