ベッド・タイムストーリーズ
心地よい眠りを考える
今週の「weeksdays」。
5人のみなさんに「眠り」をテーマに
書いていただいたエッセイの4人目は、
COWBOOKSの吉田茂さんです。
まだ幼い少年の、成長のおはなしです。
よしだ・しげる
昨年オープン20周年を迎えた
東京、中目黒の古書店COWBOOKSで
書籍の仕入れや、プレスなどを担当する。
書店好きが高じて書店員歴通算25年。
ザ・チェッカーズの活動を研究するクラブ
「チェッカーズ研究室」の室長としての活動も。
「weeksdays」では2020年12月に
「4人、それぞれの老眼鏡。」の
コンテンツに登場。
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誰でも経験のあることかもしれないが、
子供の頃、寝る前に、
枕元で絵本や童話を読んでもらうと
いつのまにか眠りに落ちた。
時々、物語の続きのような夢を見たことも
あったような気がする。
小学生に上がったくらいだったろうか、
ひらがなと簡単な漢字をいくらか読めるようになった頃、
「疲れたから、読むの交代して」と
母が、僕に本を手渡してきたことがあった。
いつも何も言わず、僕が眠たくなるまで、
ずっと本を読んでくれる母でも、
疲れてしまうことがあるのかと、
少しびっくりしてしまったが、
はじめての大切な仕事を仰せつかったような気がして、
少し誇らしかった。
母が、いつもしてくれるのを真似て、
間違わないようにゆっくりと、一文字一文字、
声に出して読むと、母は黙って聞いていて、
静かに本のページをめくってくれた。
最後まで読み終えると、母が「ありがとうね」と言って、
本を閉じ、僕にやわらかい毛布を掛けてくれた。
「おやすみ、また今度読んでね」と明かりを消す間際の、
母の横顔を見て、不思議な満足感を覚えながら、
いつのまにか眠りに落ちた。
その日から、いつも眠る前の時間に、
母と一緒に本を読むようになった。
字の多い本を、声に出して最後まで読むのは
なかなか大変なものだと分かってから、
読み間違ったり、読めない漢字があった所で、
読み手を交代するというルールで、
代わる代わる読むことになった。
『ちいさいモモちゃん』や『ドリトル先生』、
『ズッコケ探偵団』や、ポプラ社の子どもの伝記全集など
思い返すと、当時の推薦図書的なシリーズが多かったが、
学校の図書室から、自分の読みたい本というよりも、
母が、興味を持ってくれそうなタイトルを選ぶのも、
同級生には内緒の密かな楽しみだった。
声に出して本を読むのが、
すっかり楽しくなっていた僕は、
なるべく長く読みたいと、
注意深く、少し先の文字を意識して、
読むようになっていた。
滑らかに調子よく読めている時、
2、3行先に、見覚えのない漢字が見えると大ピンチで、
知っている言葉から意味の通りそうなものをひねり出して、
一か八か当て嵌めて、読むことがあった。
結局チャレンジは失敗で、
読み手交代となってしまうことが多かったが、
運良く正解で、まだ読み続けられるとなった時は、
難所をうまく切り抜けた、
物語の主人公のように心が躍った。
そうして、いろいろな本を読んでいるうちに、
読めない漢字は、ほとんど無くなり、
僕が読む時間のほうが、長くなっていった頃の、ある日、
本を読みながら、横目に母を見ると、
うつむいてうとうとしていた。
「聞いてないの?」と、母の肩を揺すると、
「あんまり読むのが上手だから、気持ちよく
眠ってしまったよ」と瞼をこすりながら言った。
そして「もうお母さんが先に寝てしまうくらい、
読むのが、上手くなったから、これからは、
自分で好きな本を読みなさい」と、
このささやかな楽しみは、あっけなくお終いになった。
もう高学年向けの本を読めるようになっていたから、
ちょうど良い頃合いだったのだろう。
今でも、なんとなく寝付けない夜には、
ベッドで横になって、小さな声で本を読むと、
安心してぐっすりと眠ることができる。