COLUMN

露天風呂

扉野良人

ウールのハラマキが発売となる今週の「weeksdays」。
3人のかたに「あたためる」をテーマに
エッセイをおねがいしました。
きょうは、文筆家であり僧侶でもある扉野良人さんです。

とびらの・らびと

1971年、京都生まれ。僧侶。
プライベート・プレス《りいぶる・とふん》を主宰。
『四月と十月』同人。
著書に『ボマルツォのどんぐり』(晶文社)。
現在、子どもの詩を集めたアンソロジー
『ぼくの舌をうごかすもの
─「きりん」と子どもの詩─(仮題)』(港の人)
を準備中。
妻は、子どもの本専門店メリーゴーランド京都店
店主の鈴木潤さん

ぶろぐ・とふん
http://d.hatena.ne.jp/tobiranorabbit/

我が家の風呂場は、狭い庭を降りた軒下に
洗い場があるだけの露天で、
Sちゃんが引越しのとき譲ってくれた、
排水栓のついた金盥を深くしたようなものを、
湯槽に代用している。
三年前、生家の寺に家族(妻と息子二人)で帰り、
ずっと空屋で傷んでいた築百年余りの借家を
住めるように改装した。
シロアリが柱という柱に巣食っていたので、
基礎を直すのに予想外の出費があった。
だから、浴室を設ける予算が尽きてしまったのだ。

余談だが、駆除業者のお兄さんから、
シロアリは家に振動があると
寄りつかないのだと教えられた。
どおりで老父母だけで暮らしていた寺は、
本堂や庫裡にシロアリ被害が見られ、
日常の振動が少なかったと見える。
われわれ家族が、寺へ戻る決意を固めたのは
シロアリのためだった。
一家四人が帰れば、六歳と二歳の兄弟が、
建物の隅々まで振動を与えてくれることは間違いない。
つまり、子どもが走り回れば
シロアリたちも退散するだろう。

金盥のようなものと書いたが、
じつは農家で使うブリキの米櫃で、
Sちゃんがアパート暮らしで、
すでに湯槽として使っていた。
アパートを引き払うとき、
もう不要だというので妻がもらってきた。
露天の洗い場に置いたら、ちょうどいいサイズで、
はじめの頃は、六歳と二歳の兄弟と
わたしが湯槽に浸かることができた。
小さな兄弟が入ったところに、
わたしが浸かるのだから座るのもやっとのこと、
座ると同時に湯が溢れでた。
露天に身体を屈して湯に浸り、
子どもの声と雨の音を聞いたりしていた。

秋が深まると、洗い場で体を洗っているともう肌寒く、
泡を流して少しでも長く湯槽に浸っていたい。
子も同じと見えて、体もろくすっぽ洗わず、
わたしがゆったり座った膝の上に割り込んでくる。
父子三人が湯槽に身を寄せる写真を
妻に撮ってもらったが、
温泉に浸かった下北のニホンザルのような塩梅であった。

最初の冬がやってきたのは、三年前の十二月下旬だったか。
おそらく冬にかけて、この露天風呂は寒くて使えまい、
というのがわれわれ家族の予測であった。
ところが、ある寒い朝、
どうしても早起きをして仕事をしなければならず、
起きてすぐに体を温めたかった。
ふと、風呂に湯を張って浸かろうと考えた。
蛇口をひねって五分もあれば、
体を沈めて溢れないほどに湯は満たされる。
狭い庭にもうもうと湯煙が立つ。
裸電球の下、ひとり湯槽に浸かって、
屋根と板塀に区切られた三角形の空をのぞくと、
次第に紫紺という色に夜が明けはじめていた。
街中に住むというのに、
遠い山里へ湯治にでも来たような気分がして、
体も温まった。

露天風呂も四年目を迎えようとして、
新たに浴室を作る兆しは一向にない。
さすがに三人一緒に浸かることは出来なくなった。
今では、九歳になった長男が、冬の朝など、
眠い目をこすって朝風呂しているときがある。
息子は三角形の寒空を眺めて、
さて何を思っているのだろう。

2019-01-15-TUE