COLUMN

あたためたい。

瀬戸更紗

今週の「weeksdays」は、ウールのハラマキにあわせて、
3人のかたに書いていただいた
「あたためる」がテーマのエッセイをお届けします。
きょうは、「KAFE工船」店主の、瀬戸更紗さんです。

せと・さらさ

1980年生まれ。コーヒー焙煎家。
オオヤコーヒ焙煎所のファクトリーワークスとして、
京都に自家焙煎コーヒー専門店KAFE工船を開業。

■KAFE工船
https://ooyacoffeeassociees.com/navi/kafekosen/

からだをあたためる。
そう、私も断固あたためたい。
と常日頃思っている、冷え性の女だ。
そんでもって、女だてらにコーヒーの焙煎家である。
コーヒーの専門家である以上、
コーヒーがあたためる方向で書きたいのだが、
残念ながらコーヒーはからだをあたためたりしない。

30歳を過ぎるまでの自分は不死身だと思っていた。
会社役員という立場にありながら、
仕事はチャランポラン、部屋は廃墟、
宵越しの銭は持たない。
そう株式会社オオカミのスチャラカ社員の名を
欲しいままにしてきたにもかかわらず、
今日まで会社に置いてもらえているのは、
弊社社長の慈悲と、
案外、身体が丈夫だったことに尽きる。
それが、厄年を終えた頃から、まったく頑張れない。
いつもと変わらない毎日が辛くて仕方ない。
お客さんに笑顔で接することができない。
年中風邪をひき、鎮痛剤を毎日飲んでいた。
埃だらけの部屋でその埃とよろしく、
いつの間にか死んでいる自分を、想像してぞっとした。

何よりも健康が欲しい。
そういえば、体が冷たい。
あたためたい。
と願って、私財をなげうってきた。
もうぜーんぶ今話題のなんとか健康法は
すべてやってきたけれど、私の体温は低いままだ。
なんて不幸なんだ。
何もかも上手くいかないのは全部体が冷えてるせいだ。
そんな時、お客さんから薦められた本で、
「毎日、朝、運動をし、
ご飯1たんぱく質1野菜2を食べて12時までに寝る」
とあった。
なんだか普通過ぎるけど、
どんな健康法より効果的だった。
まず、わけのわからない情緒不安定がなくなり、
快活になった。
遅刻もあんまりしなくなった。

フランス映画に代表されるような、
ミステリアスなぶっ飛んだ女
(主にジュリエット・ビノシュの演じるような)は、
絶対、野菜食ってないし、寝ていない。
実際、映画のどこを観ても、
彼女は規則正しい生活なんか送っていない。
突然泣きながら夜中のパリを走り出すという奇怪な行動は、
慢性的な野菜不足、不眠、
運動不足によるヒステリーである。
彼女はミステリアスな女じゃない。
ただの冷え性の女である。

思春期の頃「女子は、冷やしてはならぬ。畑なんだから。」
という、スーパー差別的な田舎の言い伝えを、
「L.A.M.F.‥‥」(注▶意味はお調べください)
と書かれたTシャツを着て、
中指を立てながら聞き流していた。
無論、ヘソも出していた。
時代錯誤な性差別に抗うように冷やしまくった。
私の身体及び子宮は私だけのものだ。
誰かに用途を指図される覚えはない。
くだらない時代錯誤を一蹴し、
充実した毎日を送り、自分の人生を獲得したかった。
そうか、わたしは要するにしあわせになりたい。
ということなんだな。
ロックンロールに、うつつを抜かしていたころから
ずっとしあわせになりたかった。
他の誰のものでもないしあわせ。
というやつは、驚くほど素朴で
地道なものによって支えられている。

そして、今日も毎日激しく
自分の身体をあたためまくっている、
日本のたくさんの女性たちもまた、
そのために冷えと闘っているのかもしれない。

2019-01-16-WED