以前「weeksdays」でエッセイを書いてくださった
写真家の中川正子さん。
「ちいさなバッグが似合う人」としてぜひお話を‥‥、
というのはじつはちいさな言い訳で、
「ぜひお目にかかってみたかった!」というのが
「weeksdays」チームの本音でした。
2011年に家族で岡山に移り住んだ中川さん、
この12年の変化や、コロナ禍でのこと、
家族のこと、仕事にたいする姿勢のこと、
ご自身の変化のこと、
そしてこれからのことを、たくさん聞きました。
あっ、もちろん、いつも持っているかばんのことや、
ちっちゃくてかわいいバッグについても、
おしゃべりをしていますよ。
なんと2時間におよんだふたりの話、
たっぷり7回にわけてお届けします。

中川正子さんのプロフィール

中川正子 なかがわ・まさこ

写真家。1973年横浜生まれ。
大学在学中にカルフォルニアに留学、
写真の面白さと出会い、帰国後に写真の道へ。
自然な表情をとらえたポートレート、
光る日々のスライス、
美しいランドスケープを得意とする。
写真展を定期的に行い、
雑誌、広告 、書籍など多ジャンルで活躍。
2011年3月より岡山に拠点に移す。
近著に直木賞作家・桜木紫乃との共著『彼女たち』
135年の伝統を持つ倉敷帆布の日常を収めた
『An Ordinary Day』がある。
ほかの著作に写真集『新世界』『IMMIGRANTS』
『ダレオド』など多数。
文章執筆も手がけ、2024年2月、
初のエッセイ集を発表予定。

■website
■Instagram

04
岡山で気づいたこと

中川
私、もうやめちゃったんですけど、
ヒップホップダンスを習ったんですよ。
伊藤
えーっ。
中川
もうそれこそ超無駄ですよ。
いまだに全然踊れないし(笑)。
伊藤
なぜヒップホップに?
中川
もともとダンスを見るのが好きだし、
音楽のヒップホップも好きなので、
私も踊りたい、と思ったとき、
目の前にダンススクールがあったから
入ってみようって。
ところが先生も若いし、
生徒もそれこそ10代や20代で、
超・踊れる人ばかり。
「あの人誰だろ? なんでいるんだろう」
ってみんなが思っている中、
ちょっと遠巻きにされながら、やってました。
伊藤
それは無駄というより、余裕?
中川
たしかに無駄といっても
ネガティブな意味じゃなく、
ポジティブな意味での無駄なんです。
うまくはならなかったんだけれど、
もしうまくなったとしても、
みんなの前で踊りたいとかでもないし、
コンテストに出たいわけでもない。
もうただ踊れる自分をこっそり鏡の前で見て、
ニヤニヤしたい、ただそれだけなんです。
伊藤
そっかぁ。
中川
やっぱり、映画を見ても
本を読んでも、ステキなものを見ても、
仕事のためなんて思ってないのに、
やっぱり結構役に立っちゃうでしょう、
なんでも。
伊藤
わかります。
中川
そうじゃないことがしたいと思ったとき、
ヒップホップが一番象徴的だったんですよ、
この役に立たなさが、と思って(笑)。
伊藤
それってわたしが帯を一反織ったのと似てるかも。
わたしは無駄というか、
無心になる時間が必要だった気がしたんです。
それこそほんとになんでも仕事になっちゃうというか、
すぐ仕事に結びつけて考えてしまう。
帯を織るのは、とにかく縦糸と横糸をずっと見て、
自分が手を動かしたぶんだけ成果が見える。
それがすごく楽しくて。
中川
結構トランスっぽく集中しそうですね。
伊藤
そう、食べもせず飲みもせず、
気がついたらすっごいお腹を空かせてました。
中川
いつのまにか布がすごく伸びてる。
伊藤
先生に「こんな人いないわよ」って言われました。
織り上げるのが速かったそうです。
中川
ふふ、さすがです。
伊藤
糸を染めるのも、5秒ぐらいで、
きっぱり「全部赤にします!」みたいな。
中川
私、コロナ禍で編み物にはまったんですが、
ちょっと似たところがありました。
小学生以来の編み物だったんだけれども、
やるならちゃんとしたい、と、
編み物のエキスパートの知人に
オンラインで教えてもらいながら
いきなりセーターを編んだんです。
ほんとうに集中してずっと編んで、
4時間とか5時間とか連チャンでやってると、
肩も首もバキバキで。
気づいたら目の前にこんなに伸びた編地があり、
とうとう襟をつけたらセーターになったんですが、
その1カ月は取り憑かれてました。
歩きながら編んだりもして。
伊藤
すごい。その「いい意味の無駄」は、
以前から思っていたことだったんですか。
それともコロナだったり、
お子さんがちょっと大きくなったとか、
そういうきっかけがあって?
中川
たしかに20代後半から30代終わりぐらいまでは、
あまりにも多くの仕事をしていたし、
そこにフォーカスして成長したかった。
だから、いっぱい遊んでいたけれど、
役に立つ遊びをしていた気がします。
それがいったん落ち着いたということでしょうね。
伊藤
岡山に移り住んだことが影響をしていますか。
中川
それは大きいかもしれません。
岡山に行って初めて、
専業主婦そして一般企業勤務の友達が
たくさんできたんです。
東京で写真家の仕事をしている中では
出会えなかった人がおおぜいいて、
そういう人たちが初めてのママ友、
パパ友になっていきました。
彼ら、土日の使い方がすごく上手で。
伊藤
え、どんな?
中川
土日への熱量がすごいんです。
キャンプするとか、イベントに行くとか、
ちゃんと遊ぶの。
月~金、きっちり働いて。
伊藤
メリハリがあるんですね。
中川
そう、メリハリですね。
私、働いてるんだか遊んでるんだか
わからない感じだから、
土日ものんびり何もせず過ごししちゃったり。
でもみんなは無駄なく週末を使うんですよ。
たとえばキャンプギアをそろえて、
その2日間はキャンプに全集中、
みたいな友達が何人かできて、
その様子がカッコいいんです。
それから肩書では専業主婦でも、
アメリカの大学に行って美術を学んで、
世界一周自転車で回ったりした経験があって、
やたらクリエイティブに主婦をやってる友達とか。
東京にいると、
そういう人はつい仕事になってしまうけど、
彼女はそうじゃないんです。
編み物しても縫い物しても料理もなんでも上手だし、
DIYもしちゃうんだけど。
そういう人たちに会ったことで、
「私マジで仕事しかしてこなかったかも?」
って気づかされることになりました。
まるでみんなが北欧の人に見えるんですよ。
ライフをすごく楽しんでる。
私はワークの中にライフがいっぱい入ってるから
ちゃんと充実してるって思っていましたし、
実際そうなんですけど、
みんながライフに重きを置く感じに、
「ここは概念としての北欧だ、
すごくカッコいい!」って思えたんです。
伊藤
土地が東京から岡山に移って環境が変わった、
っていうだけでなく、
付き合う人に「おおーっ」て。
中川
そうですね。
気づいてなかったけれど、
そこからやっぱり影響を受けていますね。
私ももっとちゃんと暮らしたいって思った。
ちゃんと洗濯物を干したいし、
収納もちゃんとしたいし、
“映え”なくていいから
普通のごはんをちゃんと作りたい。
そして、なんの役にも立たないことがしたいなって。
それは趣味とも違うんですよね。
“役に立たない楽しいことがしたい”、
そう言語化してたわけじゃないですけど、
気持ちとしてあったかな。
伊藤
へえー。
中川
それで山も登るようになったし、
サイクリングもめっちゃ行くし、
編み物もするし、ヒップホップも習うしと、
どれも、なんの役にも立たないんですけど、
超、楽しくて。
伊藤
写真というお仕事には
直接結びついていないかもしれないけれども、
正子さんの役には立ってますよね。
中川
そうなんです。
伊藤
わたしは、どうだろう? 
そういえば。
中川
まさこさんはライフをちゃんと楽しんでますよ。
仕事としてじゃなくて。
伊藤
そうかなあ、楽しんでるかなあ。
中川
まさこさんは
5時できっちり仕事を終わらせるでしょう? 
私から見ると北欧の人びとと
同じようなライフスタイルに思えますよ。
伊藤
すっごく集中して仕事をすると、
9時から5時までしか、
気持ちが、続かないんですよ。
中川
そうですよね。
──
伊藤さんは、朝、
9時どころじゃない早さでは。
伊藤
そういえばそうですね、
みんなに連絡をするのは9時から5時ぐらいまでって、
一応、なんとなく決めていて。
朝、日の出とともに起きるので、
9時前に原稿を書いたり校正をしたり、
メールを送ったりしています。
──
以前の「ほぼ日」は24時間態勢みたいに
いつでも連絡を取り合う文化で、
朝起きて読むだろうからと
夜中でも平気でLINEを送ったりしていたんですが、
でも伊藤さんにはしないようにしていますね。
中川
素晴らしいですね。
伊藤
いまは、5年前の
「weeksdays」立ち上げの頃とはちがい、
そんなに緊急なことってないですし、
どこかで腹が据わった感じがしますね。
‥‥いつ腹が据わったんだろう? 
──
伊藤さんは、ひょっとして若い頃から
そういうところがおありだったのでは。
伊藤
そうかも。30代くらいからそうだったのかも。
中川
昔のスタイリストさんっていうと
結構無理して時間外まで働く
イメージがありますよね。
伊藤
わたしの場合は、自然光での撮影が多いので、
夕方には終りになるんですよ。
そういうこともあって、
5時には仕事を終えるというスタイルが
生まれたのかもしれません。
中川
日が暮れたらおしまいみたいな。
伊藤
もうできないんです。
朝から、あれして、これもして‥‥って段取って。
そして、夕方に電池が切れる。
──
ロケで地方に行ってもそうですよ。
ちゃんと夕方に撮影を終えて、
いったん解散して、宿に戻って、
シャワーを浴びて、
小さなバッグだけで再集合して、
さあ飲みに行こう! みたいな。
中川
へえー、ステキ。
いいですねえ。
(つづきます)
2023-11-14-TUE