目の前は大きな公園。
大きな窓からその緑が
飛び込んでくるように目に入ります。
車の音はほとんどなく、
聞こえてくるのは風の音、鳥の声。
東京都心の集合住宅での暮らしから、
郊外のうんと緑の多い場所へ移った小林マナさんのお宅を、
伊藤まさこさんが訪ねました。
ここは、マナさんが、夫であるインテリアデザイナー
小林恭(たかし)さんと共同経営する設計事務所
「ima」の社屋を兼ねた一軒家。
1階が事務所と、プライベートでも使うキッチン、
そしてダイニング兼ミーティングルーム。
2階に夫婦それぞれの居室と、リビングルーム、
バスルームをもうけています。
間取りだけでなく、動線や照明、
つくりつけの家具など、
「こうだったらいいな」が詰まった、
いわば、ここはふたりの「作品」。
仕事と暮らしがシームレスにつながり、
夫婦それぞれの個性と暮らしを尊重した住まい方、
伊藤さんといっしょに訪ねましょう。
ただひとつ残念なことに、この日は土砂降り。
でもそれだけに、窓外の緑が色濃く見えました。
小林マナ
インテリアデザイナー。
東京都生まれ。
1989年武蔵野美術大学工芸デザイン科卒業後
ディスプレイデザイン会社に入社。
1997年退社後、建築、デザイン、アートの勉強のため
夫・小林恭(たかし)さんとともに
半年間のヨーロッパ旅行で17カ国70都市を巡る。
1998年帰国後、設計事務所ima(イマ)を設立。
2006年よりmarimekko(マリメッコ)の国内店舗、
ILBISONTEの国内店舗担当。
2010年よりmarimekkoの海外主要都市の
フラッグシップストアの設計を担当。
2015年よりフィンランドのテキスタイルブランド LAPUANKANKURIT(ラプアンカンクリ)ラプア店設計。
現在は、物販、飲食のインテリアデザインを主軸に
プロダクトデザイン、住宅建築、住宅リノベ、幼稚園、
ホテルや展示会の会場構成なども手掛けている。
03旅と地続きの暮らし
- 伊藤
- お忙しく過ごされる中で、
旅もお好きだとお聞きしました。
- 小林
- はい、そうなんですが、
独立して仕事を始めてからは、
旅というより出張のほうが多いんです。
仕事で旅をしているという感じ。
あるいは仕事で行った先で時間をつくって、
近くにある建築を見に行ったりとか、
美術展を見に行ったりとか。
- 伊藤
- 旅も、仕事とプライベートが地続きなんですね。
そこで見たものからインスピレーションを受けて、
また仕事の形になったりもするでしょうし。
じゃあ、「ちょっとのんびりしていこう」というよりは、
「ついでに、あそこにも行ってみよう」という
行動的な感じ?
- 小林
- はい、夫が好きなんですよ、旅のこまかい計画が。
だから私たち、プライベートの旅でも移動が多くて、
たとえばリゾート地で3日間、
のんびりしたことなんてないんです(笑)。
- 伊藤
- そうなんですね!
マナさんもそれにお付き合いして?
- 小林
- そうですね。
「さすがに詰め込みすぎじゃない?」
とか言いながら、一緒に行動してます。
私もまあまあそういうのが好きなんですね。
でも、忙しいのが好きだなんて、
あんまり北欧的じゃないですね(笑)。
- 伊藤
- そういえば、おふたりで
何カ月も海外を旅されたことがあるとか。
- 小林
- はい、独立して仕事を始める前のことです。
私たち、同い年で、
新卒でそれぞれ7年くらい会社員をしていました。
結婚してから2人とも会社を辞め、
いっしょに事務所を立ち上げようと。
その時じゃないと長い旅には行けないと思ったので、
半年間、17カ国、70都市に行きました。
- 伊藤
- えっ! ヨーロッパ方面だけで?
- 小林
- はい、ヨーロッパです。
トルコから入って、ギリシャに行って、
北欧からヨーロッパ全土を回りました。
1日で3カ所、電車を降りて
回ったりもしたんですよ。
- 伊藤
- すごい!
そういった計画を立てるのは
やっぱりご主人?
- 小林
- そうなんですよ。
スマホがなかったから、時刻表を持って。
- 伊藤
- なんでしたっけ、トーマス‥‥。
- 小林
- トーマス・クック!(*)
伊藤さん、よくご存知。
(*)トーマス・クックは英国の旅行会社。その出版部門が出していた時刻表『Thomas Cook European Timetable』は、1873年から2013年まで発行された。現在は『European Rail Timetable』に引き継がれている。
- 伊藤
- なぜ知っているかというと、
義理の兄が前職を辞めて、
独立開業をする間の数ヶ月間、
同じようにヨーロッパを旅したんです。
そのとき姉夫婦が頼りにしたのが
トーマス・クックの時刻表だったと、
聞いたことがあったんですよ。
- 小林
- うんうん。一緒です。
- 伊藤
- 当時はデジタルカメラもなかったですよね。
- 小林
- そう! 36枚撮りフィルムを100本、
持って行きました。
でもだんだん残り枚数がなくなるので、
「いや、ここは撮らなくていいだろう」とか。
- 伊藤
- 今みたいにとりあえず撮っておいて、
あとで削除とかできないですもんね。
でも逆に決めて撮ることが、
よかったのかもしれないですね。
その時の膨大な写真は、今は?
- 小林
- 選んでプリントアウトしたんですけど、
それも膨大な数になったので、
さらに選んでアルバムにしました。
- 伊藤
- いまでも、旅は多いですか?
- 小林
- そうですね。
国内では出張に行くついでに、2~3日とか。
仕事は全国的にやっているので。
- 伊藤
- 店舗、住宅、展覧会の会場構成まで
なさっているんですよね。
ずいぶん違うお仕事だと思うんですが、
どうやって気持ちを切り替えるんですか。
- 小林
- 気持ちは‥‥、切り替えないんです。
どんな仕事も同じで、
物件がきたときに、まずすごく調べます。
そして新しいアイデアが出るまで、みんなで話す。
昨日もそんなことがありました、
クライアントの方と3人でご飯を食べながら、
おもしろいアイデアが決まって、
それに発展させて、さらにずーっとしゃべって。
どの仕事も、そういう感じですね。
- 伊藤
- それはとってもおもしろそうですね。
でも切り替えをしないって、
住宅と展覧会と店舗では、
わたしからすると、
全然違うように思えるんです。
- 小林
- そうなのかもしれないんですが、
2人で独立した32歳の時から、
少なくても同時に5案件、
普通に10、15ぐらいが同時に動いているので、
切り替えていると逆に大変っていうか(笑)。
- 伊藤
- きっと、頭の中に、
いろんな引きだしがあるんですね。
たとえば住宅で使うテクニックや物が、
会場構成や店舗のヒントになることも?
- 小林
- そうですね。
たとえば、ですけど、
お店だったら居心地のいい、
家のようなお店を考えますし、
住宅の仕事だったら、
ちょっと非日常が出るように、
店舗の技術をちょっとだけ使ったりもします。
お客さまの目から隠すこととか、
バックヤードにストックの場所をつくるとか、
店舗から住宅にも応用できることってあるんですよ。
間接照明を住宅のキッチンの後ろに入れると、
キッチンとダイニングが温かな感じになる、
というのもそうですね。
ちなみにこの部屋(ダイニング)も、
今は全体的に明るい照明ですが、
夜、落ち着きたい時はスポット照明にして、
一瞬、暗いと感じるくらいまで光量を落とすんです。
‥‥スイッチを切り替えてみますね。
友人と集まるような時は、
夜ごはんはこういう感じで。
- 伊藤
- わぁ!
たしかに、落ち着きます。
住宅の設計っていうと、
まず「形」や「間取り」だけれど、
窓からの光の当たり方や、
照明ってすごく重要だと思うんです。
- 小林
- そうです。すごく重要です。
- 伊藤
- ところが、わりとみなさん、
照明のこと、後回しにされますよね。
- 小林
- そうなんですよ。
というのも「明るい」ことに慣れているんですよね。
昭和時代、私たちの親世代は、
もう隅々まで明るいのが正しかったんです。
- 伊藤
- そうですね。実家もそうでした。
でも、改めて思うんです、
「明るすぎない」って、居心地がいいですよね。
- 小林
- そう、すごく居心地がいい。
最近、夜、家々やマンションの
窓からこぼれる光を見ると、
だいぶ白く煌々とした照明のおうちが減りましたよ。
温かくて、明るすぎない光になってきました。
私、いつも見てるんです。
- 伊藤
- わかります。そうですね。
みんな、だんだんと、
それが気持ちいいっていうことがわかって。
マナさんたちは、施主さんにも、
照明の提案をされるんですか?
- 小林
- そうですね。
「リビングはそんなに明るくしなくてもいいけれど、
キッチンはこまかい作業をするから
明るくしましょう」とか、
そういう提案は常にしています。
- 伊藤
- 「やっぱりそうしてよかったです」と
おっしゃられるんじゃないですか。
- 小林
- はい、嬉しかったのは、
「キッチンで働く感じが、すごく美しく見えます」
と旦那様がおっしゃってくださったんです。
奥様を見た時に、すごく美しいと感じたんですって。
- 伊藤
- なんと! うれしいですね~。
- 小林
- そして、インテリアといっても、
表面的なものだけではないんです。
動線もそうですしね。
- 伊藤
- つい、テーブルをどうしようとか、
ソファは、とか、
家具のことばかりに目がいくけれども、
動線ってすごく大事です。
- 小林
- この家はキッチンが真ん中にあって
まわりをグルグル回れるっていうのが、
すごくいいんです。
- 伊藤
- そうですよね。