「weeksdays」がひさしぶりに
アート作品の販売をします。
今回は、画家・湯浅景子さんの版画
装画やパッケージ、包装紙など
プロダクト系で使われる絵の評価が高く、
一点ものの原画作品も人気の湯浅さんですが、
じつは「版画」という技法は初挑戦でした。
けれども今回の伊藤まさこさんからの依頼は、
湯浅さんにとって最高のタイミングで、
ある悩みを払拭するほどの出来事だったんですって。
版画の手法選びから版画技法の試行錯誤、
たいへんな時間をかけて行なった創作活動のようすを
伊藤さんが湯浅さんにききました。
「上手になってはいけない」という視点と覚悟と挑戦の話、
ユーモラスに、熱く語ります。

湯浅景子さんのプロフィール

湯浅景子 ゆあさ・けいこ

画家、1973年生まれ。
名古屋を拠点に絵を描いている。
大学生の時、舞台美術の手伝いをきっかけに
絵を描き始める。
2000~2010年、
アートブックのセレクト書店「コロンブックス」を運営。
2011年頃より本格的に絵画制作に取り組み、
ここ数年は精力的に各地で展覧会を開催。
今は、(ずっと目標だった)海の近くに
アトリエ兼小屋を建てる計画が進行中。
好きなものは、昭和30年代の日本映画(成瀬巳喜男、
川島雄三、小津安二郎、増村保造監督作品、
森繁久弥の社長シリーズなど)、
海と古い建築物。
夫はグラフィックデザイナーの湯浅哲也さん。
「weeksdays」では
「キューブスツール、あのひとの使いかた」
「t.yamai parisの春の服、あの人に着てもらいました」
に登場。

●website

04
試行錯誤も創作のうち

伊藤
なぜ哲也さんは「紙凹版画」をご存知だったんでしょう?
湯浅
ひそかに版画について
調べてくれていたらしいんです。
「エッチングじゃないしね」と言ってました。
伊藤
哲也さんは、いつも景子さんのこと考えてる。
もしかしたら、牛乳パックが使えるということで、
手軽だと思われたのかな?
湯浅
でも牛乳パックだと、
使える面積が小さいんですよ。
折れ線もありますし。
伊藤
なるほど。
湯浅
外国の人が牛乳パックで、
すごく細かい版画をつくっている
動画を見せてもらったりして。
湯浅
「なんだかよくわからないもの」の依頼を受けてからは、
夫もいろいろ調べてくれて、
ご飯を食べながら、
「紙凹版画とは」の特性や作り方を
説明してくれるんだけれど、どうにも分からない。
「どうしてそれがそうしてそうなるの?」
っていうとこからスタートでした。
伊藤
そんな家族の時間にまで!
湯浅
最初は牛乳パックや、
プラ塩ビシートを削って試してみたのですが、駄目で。
しかもプレス機のハンドルが重くて、
回せど回せど、色がつかない。
インクも油性か水性か、
アクリル絵の具なのかですごく迷って、いろいろ試して。
伊藤
その試す作業は楽しいこと?
湯浅
楽しい、つらい、というよりは、
「自分で知りたい」時間ですね。
版画をされている人に聞けば早いんですけど。
まずは自分で試そうと思って。
伊藤
結局紙はどうなったんですか?
湯浅
何百種類もある紙から
自分の好みのものを買ってきて試したんですが、
プレス機を1回まわすのに
頭の血管が切れそうなぐらい力が要る。
伊藤
重いんですね。
湯浅
「たぶんこれ間違ってるな」って思ったけど、
でもそのくらいの重さで回してようやく
線が出ることに気付いたんです。
それまで100枚以上刷ってみたものの、
全然線が出なくて、
どうしよう、まさこさんに
「できない」とは言えないし、
「とりあえず線が出るまでやる」と決めて
試行錯誤を繰り返すうちに、
インクは版画用の油性の黒がいいな、とか
そのインクをどの程度塗り込むと
写るのかっていうことも分かってきて。
ただ、その塗り込む作業も
かなり力がいるんですよ。
1枚のシートにたっぷりと塗り込んで、
余分な絵の具をウエスで拭き取る。
その作業が大変ってことに
1か月ぐらいしてようやく分かって。
でもここを丁寧にやっておくと、
線がきれいに出ることが分かったので、
いらない服をウエスにして、
インクまみれになりながら何度も繰り返しました。
伊藤
版画って、刷り師さんがいらして、
専業でやってくださいますよね。
それを全部1人で。
湯浅
版画家に聞きに行かないから分からないんです。
聞くにしても、まず絶対自分で試さなきゃと思って。
で、100枚以上刷ったところで
ようやく線が出ました。
伊藤
刷るほうの紙は?
湯浅
分厚いのから、薄いのから、いろいろ試しました。
1回目薄めの紙に吸わせて、
2回目ちょっと厚めの紙にのせるといいってことも
気付いて。さらに、2回目はハケで濡らすと、
インクがよく乗るってことも気付いて。
伊藤
その2回目からが本番ですよね、
きついんですか? 体力的に。
湯浅
1回目は軽くていいいんですよ。
2回目はもう全体重をのっけて回します。
そしたら今度、紙の版だから
原版が崩れちゃって。
伊藤
ああ、線が潰れちゃうんですね。
湯浅
はい。だから原版も何度も描き直して。
ようやく色の出し方と
紙とインクの全ての相性が分かった時、
「よし、もう本番」と思って刷ってみたら、
版画は反転することを忘れてて! 
当たり前だけど、
原版は左右反転で彫らなきゃいけない。
「仕上がりが何か変だな」とずっと思っていたら、
「あ、反転か」って。もう、ほんとに。
それで反転した絵で原版を彫って、
ようやく本刷りになりました。
伊藤
試行錯誤の連続‥‥。
最初に刷ったのは、
完成した3つの版画のなかの、どれだったんですか。
湯浅
はじめは沖縄のクバ(ヤシ科の植物)の
うちわを選びました。
「なんだかわからないもの」ということで、
ぱっと理解できないものにしようと。
それで「うちわ」シリーズがいいかなと思い。
パキスタンのうちわと、
インドのうちわにしようと考えましたが、
インドは難しくて、壺にしました。
パキスタンのうちわは、
線をたくさん削れる絵だったから。
普段から線を引っ掻いて描くことが多いので楽しくて、
刷り方の要領も分かったから
仕上げることができました。
版画とはいえ、1点1点、全て違う仕上がりになったので、
結局のところ「原画」に近い版画っていう
説明をしないといけないかなって。
伊藤
一点もの、ですね。
湯浅
仕上げる時は1枚1枚に
コラージュをしています。
色が違う紙を貼ってあるものもあるし、
とにかく全部違うものになりました。
伊藤
うんうん。でもそれ、うれしいです。
「weeksdays」のみんなで拝見したとき、
「これがいい」「わたしはこれ」って、
全員、欲しいものが違ったんです。
たぶんみんなその時に飾る場所を想像してたんでしょうね。
「あ、これはよかった」って。
湯浅
色の入り方がいちばん違うのはインドの壺なんですけど、
これ、わたしは割と気に入っています。
本当に、粗いし下手ですが、それだけに、
「これは駄目」とおっしゃってくださったあの方に
見ていただきたいです。
伊藤
ほんとですね。
湯浅
技術的には下手でも、処女作ってたぶん
いちばんいいと思うんですよ。
版画も、こなれて上手くなってしまったら、
きっとわたしらしくなくなってしまう。
自分では「わあ、すごくいいのができた」って
思っています。
伊藤
夫の哲也さんはなんとおっしゃってました? 
プロのデザイナーの目から。
湯浅
「ちょっと壊れた感じがしていい」と言われました。
伊藤
壊れた感じ。なるほど。
湯浅
刷りとった中から10枚ずつを厳選しました。
今回の失敗作は
自分の作品へのコラージュに
再利用しています。
伊藤
そうなんですね。
湯浅
結局のところ、プレス機はやはり
わたしの使い方が間違ってたみたいで。
伊藤
ええーっ? そんなあ。
湯浅
先日、知人のギャラリーに行った時に、
偶然、美術家の方と居合わせて。
伊藤
あの大御所の! 
湯浅
思い切って、
「つかぬことをお聞きしますけど、
版画のプレス機って、血管切れそうになりますか」
って言ったら、
「ならないし、たぶん間違ってる」って言われて。
伊藤
あはは!
湯浅
「そんなことしちゃいけない」とまで言われました。
ある意味、力の要る作業だけれどそこまでじゃない、
その機械がたぶん古すぎたんでしょうと。
伊藤
使い方もあるかもしれないけれど、
機械のメンテナンスの問題もあるかも?
湯浅
夫が「もう刷るのは僕が」って言ってくれたけれど、
最後まで自分でやらないと気が済まなくて。
機械のクセがようやくつかめてきた気がしたけど、
分解しそうな音がしてましたし、
もしまた版画で作品を作るのなら、
新しくプレス機を導入するのもいいかなって思います。
(つづきます)
2024-08-06-TUE