伊藤まさこさんが「あたらしい場所」をつくりました。
そこは、とある標高の高い森のなか。
築50年というちいさな山荘を
2年かけて改修したのです。

仕事部屋? ‥‥ではないらしい。
でもオフを過ごすためだけの場所でもなさそう。
ワイワイ集うための場所でもないし、
ましてや「もうひとつの暮らす場所」でもありません。
そこは伊藤さんが思い立ったら、
すぐに行くことができる、自分だけの場所なんです。

そんな、できあがったばかりの山の家に、
ある雨の秋の日、糸井重里が訪ねました。
かつて京都に家をもち、
気仙沼にひとりで部屋を借りたいと考えたこともある
糸井重里の目に、
伊藤さんのこの家はどう映ったのでしょう。

「ぼくにしてはめずらしく、
相手に寄り添わない対談になっちゃったかなぁ」
「でも糸井さんと話していると、
どうしてわたしがここを作りたかったか、
わかってきました」
そんなふたりのやりとり、
8回に分けておとどけします。

たくさんの部屋の写真と、
伊藤さん撮影による動画でのルームツアーも、
おたのしみくださいね。

撮影=有賀 傑

伊藤まさこさんの山荘について

総床面積は59平米。
建築士は相崎高志さん、
大工は今泉潔さんです。
玄関側のLDKから、
奥のベッドルームスペースへは、
4段の階段を上ってのスキップフロアに。
窓は一方向で、三方は壁、
室内のドアはトイレのみで、
他は引き込み戸です。

03
要る・要らないリスト

糸井
この家をどう改修しようか考えるなかで
「ここ、要らないよね」ということを
相談する相手はいたの?
伊藤
建築士の相崎さんですね。
相崎さんは
「自分の作品を!」っていう方じゃなくて、
ストーブの方とおなじで、
わたしの言うことをおもしろがってくれたんです。
「この掃き出し窓、要らなくない?」とか、
30項目くらいある
「要る・要らないリスト」を見てもらって。
糸井
うん、うん。たとえばそれでこの窓ができたんだね。
ここの借景、特に今の季節はいいですね。
伊藤
はい。でも、夏もよかったですよ。
糸井
そういえば電信柱が窓から見える位置にあるけど、
見えないように心で調節してるの?
伊藤
そうなんですよ。特殊な目で。
ベッドから見える窓は、
朝起きたときに森の風景だけが見えるように、
電信柱が見えないような位置にしましたけれど。
糸井
客として来たぼくらにも、
電信柱、見えないですよ。
無意識で消そうとしてる。
電信柱ってありがたいものですけどね、
あれのおかげで電気が通っているわけで。
伊藤
そうですよね。そればかりは避けられなかった。
この窓枠もいろいろ見に行ったんですけど、
気に入ったものがなくて、
作ってもらいました。
レールも、レールを押さえている釘も真鍮なんですが、
これはわたしのアイデアではなく、
建築士の相崎さんと大工の今泉さんが
「せっかくだから美しいものを!!」と
骨をおって作ってくださいました。
今泉さんもこの家をつくることを
おもしろがってくださって。
糸井
そうなんだ。
伊藤
キッチンの天板ですが、
最初は黒の人造大理石にする予定でしたが、
予算をかなりオーバーしてしまったんです。

「モールテックス(樹脂を加えて防水性と
強度を高めた左官仕上げ材)にしようか」

という案も出たんですが、
食卓にもなる場所だから、
モールテックスだと
冷たい感じになりすぎてしまわないかなと思って。

そこで提案してくれたのが、
木に錆を塗って化学変化で黒くする加工。
結果、木でよかったなと思います。
あたたかみが出て。
こういうことも途中立ち止まって考えたり、
相談しながら進めました。
糸井
床は?
伊藤
床は東京の家でできないことをしたくて、
黒いタイルにしました。
この貼り方も、大工さんの提案で、
ほんのすこし隙間をあけているんです。
タイル張りの熟練の職人さんが、
ひとりで張ってくださいました。
そうすることによって立体感が出ますよって。
そんな、普通だったらできないことを、
スペシャルな人たちが周りにいて、
おもしろがってくれたから、
形になったっていう感じです。
糸井
すごいことだよ。信じられないよね。
この椅子だってオリジナルでしょう。
伊藤
はい、これは、須長檀(すなが・だん)さんっていう
軽井沢にお住まいの家具デザイナーの方に
作ってもらいました。
スツールの座面は
最初、黒にしようかって言ってたんです。
でも、床もキッチンも黒なので
かっこよくなりすぎるかなと、
楢にしてもらいました。
脚は金属なんですが、
床をこすってキィキィ言わないよう、先端を木に。
足をかける部分も金属のままだと冷たいので、
革を巻いてくれたんです。
糸井
あ、柔らかい。
いい触感ですね。
伊藤
スツールは座面の裏側の始末もきれいなんです。
それはソファに座って本を読んだりしていて、
ふと顔をあげたときに座面の裏側に目がいく。
だからその部分を
きれいにしてほしいってお願いして。
糸井
これ、きれいだね。
伊藤
椅子やスツールの座面の裏って、
意外と気を遣っていないことが多いんです。
糸井
そういうの、多いよね、うん。へーえ。
‥‥今日さ、ぼく、
どこかに批判めいたというか、
受け答えに「ああ、そう?」みたいな
冷たさがあるでしょ。
伊藤
ええ、ある程度の距離があるなぁ、って、
ちょっとだけ思ってました。ふふふ。
糸井
ぼくは、いつもなら
対談の相手と寄り添うように
一緒に歩くんだけど。
今日はもう、何十年に一遍ですよ、
「そうですか?」のトーン。
ものすごく珍しいケースです。
伊藤
ちょっとさみしい感じがする!
糸井
でもね、寄り添っちゃったらもう、
おしまいだなぁと思って。
自分はどうやら
ここから掃き出される側の立場だから。
伊藤
それで先ほどあえて
「自分をまさこさん側に置いた」って。
糸井
そうなんです。
掃き出される側として話を聞いてるの。
だから、道路に面した庭っぽいスペースが、
まだ手付かずでいるのを見ると、
すごく安心するんだよ。
まだ完璧にできてはいないんだなって。
あそこは、これから考えるんでしょ?
伊藤
はい、これからです。
ちょっと先になりますけれど。
いろんなことを計画していて。
糸井
そうでしょうね。それは楽しみです。
だって、外に繋がる庭って、
エッジが立てられない世界だから、
そこをまさこさんがどうするんだろうというのは、
ものすごく興味があるんです。
まさこさんは園芸とかするんですか。
伊藤
いや、全然しないんですよね。
糸井
そっか。
今日、よくわかったよ、
家人とまさこさんが話が合う理由が。
伊藤
えっ、そうなんですか。
糸井
ふたりとも“近代の人”なんだ。
だいたいのことに理屈が通ってるんだよ。
伊藤
そうかなぁ。
それは糸井さんが
プリミティブな人っていうこと?
糸井
多分そうだね。
伊藤
でもこの家自体は
すごいプリミティブじゃないですか? 
ここに薪の火があり‥‥。
糸井
ううん、全然ちがうよ。
その「火があり」というのはね、
まさこさんが入れたんだよ、造花のように。
伊藤
はっ。
ほんと、そうなんですよ! そうだ。
糸井
“はじめに火があり”っていうプリミティブとは
違うと思うな。いや、おもしろいなぁ。
来てよかった!
伊藤
ああ、よかったです。
糸井
最初に、まさこさんは、
薪がオブジェになると言ったじゃない? 
それ、かつてのぼくのような(広告の)仕事の人が
アイデアとして出す話なんです。
「薪、そこに置いたほうがアクセサリーになるよね。
それはそれでいいんじゃない? 
自然を取り入れた感じで」って。
それをまさこさんはほんとにやってる。
伊藤
そうなんです。ここに薪があるとないとで、全然違う。
ないと、ちょっと冷たい印象になる。
糸井
もうぜんぜん違うよね。
そういうところが「いま」で、
まさこさんのおもしろさなの。
伊藤
そっかぁ、プリミティブとは違うんですね‥‥。
わたし昨日、薪ストーブで
ほうろうの洗面器にお湯を沸かして、
足湯をしてたんですよ。
「すっごいなんかわたしって、自然派? 
ふんふん♪」とか言って。
糸井
ぜーんぜん! あはは。
それ、サプリみたいなものだよ。
伊藤
そうかなぁ。でも自然なサプリですよ~。
糸井
この話はね、勝ち負けじゃなくって、
それが交じり合ってのいま、ってことなんです。
伊藤
そうですよね、わかりあえなくてもいいんですよ。
「わたしはあなたじゃないし、
あなたはわたしじゃない」ってことですから。
それが理解できなかったから、
今まで友だちと喧嘩になったりしたんだ、
って、ようやく、最近、わかってきたんです。
糸井
おもしろいよね。
ぼくもべつにいいんだ、わかりあえなくても。
だってここはまさこさんの家だから。
でも、どっかでそれは自分に影響があるわけで。
たとえばの話、“中に鳥が出入りするような家”を、
ビジョンとして考えたとするじゃない。
「窓を開けておくと、鳥が入ってくる。
チュンチュンって言って帰るんだよ」って言ったら、
このオブジェの薪みたいにかわいいじゃない? 
でも絶対に鳥はフンをするよね、
‥‥みたいなことがとても興味深いの。
伊藤
鳥かぁ。わたし、
生きているものは家のなかにはちょっと‥‥。
糸井
うん。きっと、興味がないですよね。
伊藤
嫌いってことじゃないんですよ。
でも、家の中には、って思う。
だから花を飾るのもあんまり好きじゃないんです
糸井
あ、花、そうだね。
生きている花は飾らないけど、
何も言わない枯れ枝はあってもいい?
伊藤
そうなんですよ。それは大丈夫。
(つづきます)
2025-01-03-FRI