伊藤まさこさんが「あたらしい場所」をつくりました。
そこは、とある標高の高い森のなか。
築50年というちいさな山荘を
2年かけて改修したのです。

仕事部屋? ‥‥ではないらしい。
でもオフを過ごすためだけの場所でもなさそう。
ワイワイ集うための場所でもないし、
ましてや「もうひとつの暮らす場所」でもありません。
そこは伊藤さんが思い立ったら、
すぐに行くことができる、自分だけの場所なんです。

そんな、できあがったばかりの山の家に、
ある雨の秋の日、糸井重里が訪ねました。
かつて京都に家をもち、
気仙沼にひとりで部屋を借りたいと考えたこともある
糸井重里の目に、
伊藤さんのこの家はどう映ったのでしょう。

「ぼくにしてはめずらしく、
相手に寄り添わない対談になっちゃったかなぁ」
「でも糸井さんと話していると、
どうしてわたしがここを作りたかったか、
わかってきました」
そんなふたりのやりとり、
8回に分けておとどけします。

たくさんの部屋の写真と、
伊藤さん撮影による動画でのルームツアーも、
おたのしみくださいね。

撮影=有賀 傑

伊藤まさこさんの山荘について

総床面積は59平米。
建築士は相崎高志さん、
大工は今泉潔さんです。
玄関側のLDKから、
奥のベッドルームスペースへは、
4段の階段を上ってのスキップフロアに。
窓は一方向で、三方は壁、
室内のドアはトイレのみで、
他は引き込み戸です。

04
近景・中景・遠景

糸井
まさこさんの家って、
アニメーションの絵コンテなんです。
だから生き物がやってきて
変化があるのはイヤなの。
伊藤
あ! それなのかな! 
わたしは、家の中の生きてるものは
娘だけでせいいっぱい。
糸井
娘は娘で変化していったよね。
「うわー、変化する」って、
見ていて思ったでしょ。
伊藤
はい。でもたしかに家に関しては
「こうだといいな」という
絵コンテみたいなものがあったかもしれない。
糸井
アニメーターって、自然を描くにしても、
「こうでありたい木の立ち方」を描く。
頭の中に描いたものを形にするんです。
いまの時代は、すごくそういう人たちが多い。
自然の中を歩く子供たちが、
けだものといっしょにゴロゴロしてても、
それは頭の中にあったものを描いてるわけで。
伊藤
それを考えると、「weeksdays」で
「毎日使うお皿が欲しい」
「これにキャンドルをのせたい」
「こんなものがあったらきれいだろうな」って、
1個ずつ作ってきたものを、
そろそろ「背景が必要だった」となった。
それが、ここ。
小物のデッサンだけをしていたのが、
場所が欲しくなってきた。それですね!
糸井
それだ! それが大きくなったんだよ。
伊藤
この家をつくりながら、
「なぜわたし、こんなことをしてるんだろうな」
っていう疑問が、ずっとあったんです。
糸井
よくぼくは最近いろんなことを
アニメーションに例えて言うんだけど、
アニメーションって3枚の絵でできてるんですよ。
伊藤
3枚の絵?
糸井
近景、中景、遠景。
向こう側まで続く遠景を描き、
中間に電信柱や隣の家、窓枠を描いたりして、
手前に主人公がいるの。
まさこさんはずっと「近い景色」を作ってきたけれど、
真ん中の景色と背景の景色が欲しくなったんだ。
伊藤
アニメーターは最初にどこを描くんですか。
糸井
それは近景。
アニメーターがいちばん描きたいのは、
人間だと思う。
伊藤
ああ! 
わたしもそれだったんだ。
糸井
自分が生きてる世界はそこだから、
まずは「わたしとあなたがここにいる」を描く。
それが近景ですよね。
で、中景があって、遠景があって。
でも、遠景を例えば富士山にしたら、
もうそれが主役になるじゃない? 
もしここから富士山が見えたら、
それは多分、まさこさんは好まないと思う。
伊藤
そんな遠くのことまで考えられないけど。
糸井
きっと邪魔になると思うんだよね。
「いっつも富士山じゃない?」って。
伊藤
なるほど!
糸井
置いてあるキャンドルとかは全部近景だからね。
「どこに置くの?」っていうのが、
まさしく、まさこさんの仕事だったじゃないですか。
それでここをつくりはじめた。
家を建てちゃったほうが、舞台になる。
伊藤
内装ができたら、
「あ、外壁も直さなきゃいけないんだ。屋根も」
ってなって、それもできたと思ったら、
次は外階段をどうするの? となって、
「家ってこんなに考えることがあったんだ」。
おもしろいなと思いました。
で、それが出来上がったら、
ランドスケープに行くんだと思うんです。
糸井
それでね、ぜんぶができちゃったら、
ちょっと飽きますよね。
伊藤
そうなんです。そうしたらこんどは
ゼロから建ててみたいなって思っているんです。
糸井
そうだね。多分、まさこさん、
ずっとここにいる必要は、ないんじゃない?
伊藤
そうなんです。
ここを作ったことで取材依頼が来るんですが、
テーマが「二拠点の生活」と言われると、
ポカーンとしちゃう。
そういう意図があって作った場所ではないし、
どちらかというと衝動的に
「いいな!」って思ってのことで‥‥。
もちろん東京の夏の暑さから逃れて
ここで仕事をするのは快適だろうなとは思いますけれど、
「二拠点」「暮らす」とは違うんですよね。
糸井
そういうつもりじゃないんですよね。
「温泉があるからバスタブは要らないじゃない」
と考えるところは、いかにも生活のようだけれど。
本当にそれをし続けるつもりはないでしょう。
伊藤
そうなんですよね。
実際、狭くてもバスタブは
あったほうがよかったのかな、
とも思ってます。
‥‥こうして糸井さんとお話ししていると、
すごくおもしろいです。
わたしの周りの人たちは、
「ああ、伊藤さんがなんかやってる」みたいな感じで、
そこまでの分析をしないから。
糸井
ぼくも、ものすごく、
こういうやりとりをしたいんだ。
まさこさんにはいくらでも
分解して言えるし、訊ける。
それでね、前庭にあたるところだって、
「あれ、どうするつもりなんだろう」って思うわけ。
もし映画だったら、
どういう向きに車を置くとか決めるんですよ。
映画製作の人たちは
そうしたほうが物語の展開がわかるから。
でもまさこさんの家は、まだ、
車を置く場所は特に定めてなくて、
自由に停めてください、って感じですよね。
それはまだ考えてないってことですよね。
伊藤
内側だけで精いっぱいでした。
糸井
そうですよね。
作品だから。
伊藤
ここ軽井沢町では夏は静かに過ごす時期なので
工事をしちゃいけないんです。
そして冬は雪が多いと工事車両が入れない。
そんなふうに時間がかかったのが、
逆にわたしはよかったです。
急いで全部決めなきゃいけなかったら、
けっこう辛かったと思います。
建築士の相崎さんも大工の今泉さんも、
「ゆっくり考えましょう」みたいな感じだったので、
それもよかったなあと。
糸井
そうかもね。
ここは「まさこランド」なんだよね。
そして不思議の国のアリスの部屋みたいに
この家があるんだよ。
伊藤
え、でも、気持ち悪くないですか? 
「まさこランド」って。
糸井
いい、いい。
だって女の子はそういう遊びをするんじゃない?
伊藤
「リカちゃんハウス」的な。
糸井
男の子だったら、
家を作る的なことって、なんなんだろう。
理に適うかみたいなことをものすごく考えると思う。
たとえば丸太小屋の人は、
丸太小屋である理由が物語だから、
そこのところが好きなんじゃないかな。
伊藤
秘密基地とか、ツリーハウス。
糸井
ツリーハウスは典型的にそうだよね。
まさこさんのまわりの男子たちは
何か言っているの?
伊藤
「よかったね、おもちゃができて」って言いますね。
糸井
そうだと思う!
でも、男の場合はさ‥‥、
たとえばぼくが今やたらにご飯炊くんだけど、
水がどうだとか、鍋がどうだとか言ってるわけ。
それ、もっと簡単にできることだったんだよ、
って言われても、趣味だからやってんだ! って思うの。
鉄砲のおもちゃでバーンと撃ってるみたいなことと
同じようなもんなんだよ、きっと。
(つづきます)
2025-01-04-SAT