伊藤まさこさんが「あたらしい場所」をつくりました。
そこは、とある標高の高い森のなか。
築50年というちいさな山荘を
2年かけて改修したのです。
仕事部屋? ‥‥ではないらしい。
でもオフを過ごすためだけの場所でもなさそう。
ワイワイ集うための場所でもないし、
ましてや「もうひとつの暮らす場所」でもありません。
そこは伊藤さんが思い立ったら、
すぐに行くことができる、自分だけの場所なんです。
そんな、できあがったばかりの山の家に、
ある雨の秋の日、糸井重里が訪ねました。
かつて京都に家をもち、
気仙沼にひとりで部屋を借りたいと考えたこともある
糸井重里の目に、
伊藤さんのこの家はどう映ったのでしょう。
「ぼくにしてはめずらしく、
相手に寄り添わない対談になっちゃったかなぁ」
「でも糸井さんと話していると、
どうしてわたしがここを作りたかったか、
わかってきました」
そんなふたりのやりとり、
8回に分けておとどけします。
たくさんの部屋の写真と、
伊藤さん撮影による動画でのルームツアーも、
おたのしみくださいね。
撮影=有賀 傑
伊藤まさこさんの山荘について
総床面積は59平米。
建築士は相崎高志さん、
大工は今泉潔さんです。
玄関側のLDKから、
奥のベッドルームスペースへは、
4段の階段を上ってのスキップフロアに。
窓は一方向で、三方は壁、
室内のドアはトイレのみで、
他は引き込み戸です。
05イラストレーションを描く
- 糸井
- ちょっと日が暮れてきたんだね。
何時になったら光がどうなる、
みたいなことはだいたいわかっているの?
- 伊藤
- そうですね。
もうちょっとしたら、
夏の間は日が入ってきてました。
今日は雨ですけれど。
- 糸井
- でも、こういう日もいいよね、緑がきれいだ。
- 伊藤
- この家、ゴロゴロする場所がいっぱいあるので。
窓からの明かりを追って椅子を移動させて、
本を読むんです。
「こっちの方が、今は明るいな」って。
- 糸井
- 自分が動けばいいんだね。
- 伊藤
- はい。照明を点けるのではなく、自分が動く。
寝室にしたこちらの部屋、
階段を4段上がっての
スキップフロアになっているんですが、
以前はそこに和室が二間続いていたんです。
- 糸井
- それを一部屋にしたんだ。
- 伊藤
- 突き当たりの壁には窓がありましたが
隣のおうちが見えるので、壁にしたんです。
- 糸井
- ベッドが縦にふたつ、その間に細い目隠しの壁。
- 伊藤
- シングルベッド+20センチほどの幅で
天井までの壁を作りました。
最初はふつうにベッドを
並びで置くつもりだったんですが、
この壁を境にして縦にベッドを置けば、
同じ空間の中でも、
個人のスペースができるかなって。
- 糸井
- これはいい考えだったね。
この空間にベッドが2つあることは全然構わないけど、
2段ベッドにする必要もないしね。
- 伊藤
- さあ寝ようというとき、
姿が見えないだけで‥‥
- 糸井
- それぞれが自由でいられる。
- 伊藤
- はい。夜起きちゃったら照明を点けて
本を読んでもいいですし。
- 糸井
- これはいい考え。
- 伊藤
- ここで目覚めて、朝一番に見る景色が美しいことが、
こんなに自分にとってストレスがない、
素晴らしい一日の始まりなんだってことを、
ここへ来て思います。泊まるたびに。
- 糸井
- よかった! よかったよ。
冷暖房は、ややこしいことはしてないんですか。
- 伊藤
- ややこしいことはしてないです。
このあたりは、以前は夏でも
冷房が要らない地域だったんですけれど、
近年やっぱり必要だってことになって、
これからもっと暑くなるかもしれないから、
最初からエアコンはつけようっていうことになり、
目立たないように埋め込み型にしました。
それからこの壁の奥は、
クローゼットがわりの小さな部屋です。
- 糸井
- あ、ここ。
- 伊藤
- 着てきた服をここに掛けて、
かごに着替えを入れて、
おもに、宿泊する間のものを
置いておくためのスペースです。
- 糸井
- はいはい。
- 伊藤
- これは、わたしが初めて
両親に買ってもらった椅子で、
ちょっと思い出のあるものなんです。
多分1970年ぐらいのもので、
この家が建てられたのも1970年、
つまりわたしと同い年なんです。
- 糸井
- へぇ~、なるほど、なるほど。
「椅子が入った途端に、何もない家が楽になる」って、
家人が申しておりました。
とにかく椅子をポンと入れると、変わるんだって。
それはわかる気がしました。
- 伊藤
- あと、居室にはダウンライトがないんです。
- 糸井
- あ、ほんとだ、ないですね。夜の灯りは?
- 伊藤
- 夜の灯りは、寝室には壁掛けの照明、
ハーフラウンドテーブルにキャンドル、
キッチンには小さなガラスのペンダントライト、
リビングにはソファのところにフロアランプ、
そして床置きでキャンドルを使っています。
- 糸井
- それなら不便はないですね。
- 伊藤
- はい、わたしは夜型じゃないので、
暗くなったら寝ればいいって思っちゃうから、
全然大丈夫なんです。
- 糸井
- ハーフラウンドテーブルの上のいろんなものは、
まさこさんの「あってもいいもの」?
- 伊藤
- これはあってもいいものです。
お気に入りのものなんですよ。
こういうのはまめに変えるんですが、
わたしじゃない誰かが置くのは、
違和感があるんです。
- 糸井
- ここにぼくがこっそり
アーモンドチョコレートなんか置いたら‥‥。
- 伊藤
- 無言で外しちゃう!
- 糸井
- そっか、じゃあこの器も、
用途としてあるんじゃないんだ。
- 伊藤
- そうなんですよ。形としてここにある。
- 糸井
- そうですよね。
やっぱりイラストレーションを描いてるんだね。
- 伊藤
- そうですね。しかも描くと決めて描いていますね。
ぜんぶ「わたしの目」で構成をしている。
だから、誰かが写真を撮って、
それがいつもの「わたしの目」ではないアングルだと、
こういう見方があるんだ、って、新鮮に思います。
- 糸井
- うん、全体にそのコンセプトだよね。
ここには畳める椅子がある。
- 伊藤
- ニーチェアっていうんです。
これは昔、実家にあったものと同じものを
あたらしく入れました。
「weeksdays」でも紹介したんですよ。
座ってみてください。
足をのせるオットマンもありますよ。
- 糸井
- (座って)おお、
背中のどこにも負担が掛からないな。
ちょうどいいね。
この角度はソファーでは作れないね。
- 伊藤
- これも1970年からある製品なんですよ。
それから、このヘッドボードなしのベッドも
「weeksdays」で開発中のものなんです。
- 糸井
- へぇ~!
- 伊藤
- なぜかというと、わたしが、
ベッドのヘッドボードのデザインが
あまり好きじゃなくて、
なくてもいいんじゃないかなって。
- 糸井
- ぼくも「なんであるんだろうな」って、
昔からよく思ってたんだ。
あそこに彫刻をしたり、
逆に何もないふりをしたり、
つくる人が苦労してますよね。
家具としての価値が必要なのかな。
- 伊藤
- そうかも。
格式のあるホテルなんかだと、
ベッドは家具としての要素が必要になってくるので、
ヘッドボードはマストらしいです。
あとは目印。
壁にそれらしき板がついているだけで、
「頭はこっちですよ」的な。
- 糸井
- でもどっちを頭にして寝ても自由じゃない? ほんとは。
でも、目印をなくしちゃうと、
ぼくは不安定な気持ちになるかも。
こんなふうに仕切り壁がその役割をしていれば、
壁を頭にして寝ようかなって考える。
- 伊藤
- そうなんですよね、
だからわたしはいつも
マットレスの頭のほうを
壁につけちゃうんです。
- 糸井
- うん、マットレスだけの人は、
たいてい、そうしてるだろうね。
- 伊藤
- わたしはこのベッド、
よく、クッションを持ち込んで、
ゴロゴロしてます。
- 糸井
- いいね!
- 伊藤
- ここだけじゃなく、ここでゴロゴロ、
あっちでゴロゴロ、
一日の中でいろんなところでゴロゴロして、
本を読んだり、ときに原稿を書いたり。
- 糸井
- まさこさんがここでの時間を語るとき、
「本を読んだり」がすごく多いんだね。
「ここで本が読める」ってキーワード、
すごく出てきてたもの。
- 伊藤
- そうですね。
ここに来ると、本がやっと読めるんです。
- 糸井
- 東京にいるときに本を読むのは、
違うこともしなきゃいけない生活の中で、だけど、
ここだったら本を読むことに集中できるよね。
- 伊藤
- たしかに。だからいつも
「どの本を持って行こうかな」って
たのしみに考えるんです。
- 糸井
- 俺が、気仙沼に部屋がほしいなって考えたとき、
実現したら漫画を山ほど送ろうと思ったの。
行ったらそればっかりしてようと思って。
- 伊藤
- いいですねぇ。
憧れです。
- 糸井
- つまり「別世界」ってことでしょ、本って。
でも普段の暮らしの中に別世界を作っても、
呼び出しを喰らうじゃないですか、生活の側から。
- 伊藤
- そうですね。長編小説だったりしたら、
それで物語を忘れちゃったりして、
「何だっけ」って10ページ遡ったりする。
ここなら、それがないことに気付きました、いま。
- 糸井
- だから、ここは本小屋?
- 伊藤
- 本小屋だ!
- 糸井
- 本棚はないから、読み小屋?
別荘に本は置いておく必要はないし、
持って帰ればいいからね。
入れ替えればいいんだ。
(つづきます)
2025-01-05-SUN